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獅子の系譜  作者: 谷下 希
第4章 誰かの王国
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11 誰かの王国(5)

 



 榊葉は塔子をじっと見据えた。口をひらく。


 ――戦後の学徒たちが“獅子の伝言”をつくりあげ、百年王国をあえて危険にさらした理由。


「それは――それこそが、王国にとっていちばん必要なことだったからだ」

「……必要?」 

 知らずか細い声が出る。

 榊葉は塔子にゆっくりうなずいてみせた。

「“獅子の伝言”の目的。学徒たちが王国の存続を賭けてまで、めざしたかったこと。……それは」




 ――緑の王国を守ること。




「そのためだった」


 すとん、と沈黙が下りる。

 榊葉の力強い言葉の余韻があとをひいている。けれど塔子は反応できなかった。――意味が取れない。いっそう煙にまかれたように感じる。

 柊一も同じらしかった。あっけに取られてものも言えない顔をしている。

 ふたりが絶句していると、榊葉は思わずといったようにわらった。

「きみたちって……意外と表情豊かだよね」

「会長」

「まあまあ、最後まで聞いてくれ」

 柊一を簡単にいなす。


「これだけじゃさっぱりわからないよね。まったく矛盾しているもの。王国を崩壊させる危険性のあるゲームなのに、その目的は、王国を守ることだなんて……。でもそう(・・)なんだ。よくよく考えれば理解はできる。影と光、破壊と建設。ものごとは表裏一体なのだから」

 榊葉は人差し指を立てた。


「その答えとなるのは――そもそも、王国の危機とは(・・・・・・・)何なのか(・・・・)? ということ。王国を崩壊させる危険性があるのは、“獅子の伝言”だけなのだろうか? ということだ」

 低くおだやかな声。

 塔子を見つめ、榊葉は眉をあげてみせる。何も言えないでいると、小さく笑みをつくった。

「――ちがうんだ。真の危機は、別にある」


「……というと?」

 柊一がこらえながら口をだす。榊葉は首肯した。

「真の危機――王国が滅ぶ危険性は、じつはたくさんある。ありていに言えば、この王国はそもそも(もろ)いということだ。――ここは架空の国だからね」

 塔子は榊葉を見た。


「ここは生徒たちの心のなかで形作られる、夢の国。……実体がないだろう? 生徒ひとりひとりが王国をイメージし、みなで共有しなければ、すぐに消え失せてしまう国だ。“ここは緑の王国である。わたしたちは、緑の民である”――そう心に描いて、信じること、絶えず夢を見続けること。そうすることで、王国は成り立っている。逆に言えば」



 夢から()めたら、王国は終わる。



 どきりとした。胸に手をあてる。

「……じつは、これこそが王国の真の危機。戦後の学徒たちがこれだけ執念深く構築した王国も、そもそも信じなくては(かた)なしなんだ。そうしなくては、みずからの手で王国を手放してしまう。そしてその可能性がいちばん高い。……ここは吹けば飛ぶような王国なんだ。とても(もろ)い」

 目をあげてこちらを見る。

「だから……王国は常に危機と隣り合わせといってもいいんだ」



 ――では、王国を崩壊させないためにはどうしたらよいのか? 



「戦後の学徒たちは当然それを考えた。精魂こめてつくりあげた王国だ。学徒たちの心に芽生えたこの王国を、崩壊させないために。王国の夢を見続けるためには、どのようにすればよいのか。それは必死で考えたことだろう。王国の危機はいつ到来するかわからない。絶え間ない努力で王国を維持することが必要だった。そして」

 塔子をひたと見る。


「考えに考えたすえに編みだしたのが――このしきたり、“獅子の伝言”だった」


「絶え間ない努力が、“獅子の伝言”……?」

 つぶやいた柊一にゆっくりとうなずいてみせる。真摯な瞳。

「学生運動の出来事を、彼らは巧みに利用してしきたりにした。――この獅子の伝言(ゲーム)の真骨頂はね」



 “外“の脅威から王国を守る。それを疑似的に繰り返す”。



「その反復(はんぷく)なんだ」

「反復……」

 とたん、塔子は自身の発言を思い出した。榊葉にうながされ発した言葉。 



 ――獅子の伝言も、内容でなく、その仕組みが重要ということですか。

 つまり……伝言を流して、実行する。その行為自体(・・・・)が目的だと?



「確実に言えるのは」

 榊葉がふたりを見る。

「“外”の脅威は、王国にとって必要不可欠だということだ」

 目を見開く塔子にうなずく。

「“外”があるから、“内”があるんだ」



 人は区別する。区別してはじめて互いの実存をたしかめる。

 “わたし”と“あなた”

 “味方”と“敵”

 ――“緑の民”と“そうでない人”



「ゲームをすることで、生徒たち(みどりのたみ)は毎回、“外”と“内”をはっきりと区別し、意識する。外を意識するということは、内を意識することでもある。“王国の外”があるからこそ、“王国の内”――緑の王国は意識される。存在する」


 塔子は戸惑いながらあいづちを打った。

 榊葉が続ける。――そして。


「おれたちはこのゲームで、獅子の伝言(めいれい)に従う。命令に従うことで、“外”の人間を挑発している。緑の王国の存在を露見させる危険に、あえて身を投じているんだ。なぜか? 生徒たち(みどりのたみ)の危機感を高めるためだ。危機感があると、人は“外”と“内”――つまり“敵”と“味方”の区別をよりつよく意識する」



 危機を感じることで、生徒たち(みどりのたみ)の心に、王国がよりいっそうつよく意識される。



「――“外”の脅威によって、王国は立ちあらわれるんだ。ひとつずつゲームをやり(おお)せるたびに、脅威から王国を守り抜くたびに。生徒たち(みどりのたみ)は王国をつよく意識する。そして結束を強める。“わたしたちの王国”がよりたしかなものになる。

 王国をあえて危機にさらすことで、王国の存在感を強めるんだ。それを何度も何度も繰り返す」



 塔子はくちびるを結んだ。柊一からもかたい気配が感じられる。

 空白のような間が空いた。

「むずかしいかな」

 榊葉はやわらかく微笑んだ。「つまりこうだ」。



「――“獅子の伝言(ゲーム)”をしているとき、わたしたち(・・・・・)は外部の人間に見破られないようあやぶんで、王国を守るため細心の注意をはらったね? 同時に、学園中にいるわたしたち(・・・・・)緑の民の存在をつよく感じた。

 そして伝言を完遂し、王国を守り抜くと、ふしぎな感覚を得られた。みずからの手で、王国を守ることができたのだと、なんだかそう思えた。それを何度もくり返すうちに、気づけば、ある自覚がたしかに心に芽生えていた」




 “ここは緑の王国。わたしたちは、緑の民”




 塔子は小さく身震いした。柊一が息を吐きだす。

「きみたちは“獅子の伝言”に参加したのは一回だけだから、まだこの実感が薄いだろうけどね。それでも、すこしは伝わるだろうか?」

 榊葉は目じりの(しわ)を深めてわらった。


「……王国を心に描いて、信じること、絶えず夢を見続けること。ここに、わたしたち(・・・・・)の王国を存在させること――。戦後の学徒たちは、これらをねらいにして、“獅子の伝言”をつくったんだ」

 ――逆に言えば。

「王国の真の危機(・・・・)は、生徒たちが、緑の王国を信じなくなること、王国の夢から醒めることだからね。それを回避するためのしきたりだ。あえて“外”の脅威をつくり、王国を危機にさらすことで、“内”を意識させる。そういうゲームだ」



 これが、緑の王国を百年守り続ける、絶え間ない努力なんだ。



 部屋が静まる。

 榊葉はティーカップを手に取った。ソーサーにわずかに触れて鳴る、陶器の音。

 塔子は手をもみしぼった。手のひらがすこし汗ばんでいる。空恐ろしくなった。


 執念、としか言いようがない。

 戦後の学徒たちの執拗(しつよう)なまでの執念が、こんなにも詰まっている。


「そうして……この学校は百年間、王国の夢を見ている」

 塔子のつぶやきに、榊葉はこっくりとうなずいた。

「そう。“獅子の伝言”というしきたり――システムは成功しているわけだ」

「どうしてそうまでして、王国を存続させたいんでしょうか」

 返答は予想できていたが、言わずにはいられなかった。


「それを見つけ出すのが、きみの仕事だよ」

 榊葉が目元をやわらげる。


「妙な話だ」

 柊一だ。

「王国を存続させるためのしきたりですが……生徒たちは、そもそもこのしきたりへの参加を放棄することもできたでしょう。なぜ百年間も、こんなゲームに自主的に参加しているのか」

「そうだね。それも、最大の謎だね」

 にこにこして、それ以上は言わない。

 塔子も柊一も榊葉の反応はわかりきっていたので、ふたりしてため息をついた。

 それまで黙っていた志津香がくすくすとわらう。



「――まぶしいな」

 ふと榊葉が目をすがめて窓を見やった。ソファから腰をあげる。いつのまにか西日がさらに傾いている。とろけるような金色の陽射しが部屋に満ちている。窓枠に絡むつたの影。

 彼はゆっくりと窓辺に寄った。静かにカーテンのタッセルをつかむと、ふと手をとめる。

「……学生運動の頃」

 ほつりと言う。

「学徒たちには“国家”という、本当の“外”の脅威があったけれど」


 ――現代にのこる“外”の脅威とは、いったい何なのだろうね。


 小さなつぶやき。

 塔子はきょとんとした。

 榊葉は返答を求めていなかった。窓の外を見つめると、こちらにふり向き、にこりとわらう。





「もうこんな時間か。――お仲間が来たよ」



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