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獅子の系譜  作者: 谷下 希
第4章 誰かの王国
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5 アリバイ(3)

 


 テニス部でも、柊一と良司は黄色い歓声で出迎えられた。


 みじかいスコートを履いた女子が鈴なりに、部室前で爛々(らんらん)と待機している。含羞(がんしゅう)を帯びた目でふたりを見やり、頬を寄せてささやきあう。

 塔子はなんとかして良司・柊一のうしろに隠れようとした。すでに逃げ出したい気分だ。


 彼女らの視線をとくに集めたのは、やはり柊一だった。


鷹宮(たかみや)くん」

 女子が意味もなく呼ばわり、柊一がふり向くたびにきゃあきゃあと騒ぐ。

 バスケットボール部女子に比べ、柊一への熱狂ぶりが高い。柊一のファンが多いのだろう。

 すでに彼のファンクラブができているとは、荒巻(あらまき)志津香(しづか)の言だが、そのメンバーがテニス部に複数在籍しているのかもしれなかった。


 意味もなく何度も呼ばれれば、だれだってよい気分はしない。柊一の表情がいよいよ冴え冴えと険しくなる。

「――あいつが氷の王子になる理由、ちょっとわかったかも」

 笑いまじりに、良司がこっそりと塔子に耳打ちする。


 アリバイの聞き込みは不調だった。

 テニス部員にそれとなく、入寮式での瀬戸(せと)史信(しのぶ)と、今井(いまい)彼方(かなた)のゆくえを尋ねてみるも、やはり目撃情報は上がらない。

 そして、出会うのがたのしみだった織部(おりべ)紗也加(さやか)の姿もなく、塔子は残念に思いながら部室点検をはじめることとなった。


 バスケットボール部のときと同様に、塔子は女子部を、良司と柊一は男子部の点検をする。


 女子テニス部の部室は、花の香りがした。デオドラント用品や化粧品、香水がまじりあったような女子の香り。髪を束ねたり制服を着替えたりしながら、部員たちが高い声で談笑している。机の上にはお菓子やジュース、かわいい小物であふれている。

 同じ女子でも、バスケットボール部の部室はこざっぱりとしており、部員たちも同様の雰囲気をまとっていた。部によってこんなにも個性がちがうのかと、塔子は驚いてしまう。


 部室の奥に、クラスメイトの姿を見つけた。池田(いけだ)あゆみと、坂井(さかい)葉月(はづき)。テニス部で、ふたりとも紗也加の仲の良い友達だ。一緒にいるところをよく見かける。

 彼女ら三人があつまって談笑しているときには、たとえ紗也加に呼ばれても、塔子はなんだか気おくれを感じて混ざることができないでいた。あゆみと葉月の視線にとげ(・・)があるような気がするのも一因だった。

 だからクラスメイトとはいえ、たいして親交を深めているわけではなかった。


 塔子は彼女らに簡単に会釈だけ済ませて、点検にかかった。提出してもらった出納帳を検分し、ロッカールームを確認する。良司のことや柊一のことで色めきたつ部室の空気は、居心地がわるい。早めに点検して外に出ようと思った。


 ふたつめの備品ロッカーを開けると、中からテニスボールがひとつ、コロコロと落ちてきた。あわてて、かがんで拾おうとする。手をのばしたその先に、ふいにピンクのテニスシューズが行く手を阻んだ。

 びっくりして顔を持ち上げると、そこにあゆみの姿があった。


「ねえ、ふしぎなんだけど」

 唐突に話しかけられる。


「……え?」

 ユニホームを着たあゆみは、腕を組んで右手を頬にあてた。爪に薄桃色のマニキュアをしている。首をかしげると、ハーフアップにした薄茶の後ろ髪が、さらさらと肩にかかる。

 彼女のとなりには葉月が控えていた。薄紅色のリップを塗った、ぷっくりとした唇。ふたつ結びの髪の先を、くるくると巻いている。

 どちらもかわいらしいいで立ちだが、しかしあまり良い表情ではなかった。


「どうしてかなあって、ずっとふしぎに思っているの。なんで紗也加じゃなくて、あなたが執行部に選ばれたのか」

 塔子は目を見開いた。


「――何かコネでもあるの?」

 率直な質問。ほとんど批難めいた口調だった。塔子が執行部に加入しているなんて信じられないと、その声ににじんでいる。


「え、と」

 胸が急速に冷えている。言葉にならないので、塔子はただ首を振った。それが(かん)に障ったのか、あゆみが眉をはねあげる。

「じゃあ、なんで篠崎さんなの。わたし達、すごくふしぎなんだけど。それなら紗也加の方がよっぽど優秀じゃない。美人だし、人望もあるし」

 塔子ののどがひくと鳴る。 


 ――まさしくそのとおりだ。


 ぐうの音もでない。思わずうつむくと、あゆみの盛大なため息が落ちる。

「こういうとこ見ると、ほんとなんでかなあって思うわ。――ねえ?」

「ねー」

 葉月がくすくすとわらう。

 明らかな悪意。


「ねえ、何やってるの?」

 息苦しい空気のあいまに、とつぜん清涼な声が割って入った。ふり向けば、織部(おりべ)紗也加(さやか)の姿がある。ユニホームを着こみ、うっすらと汗をかいた彼女は、すばやく塔子のそばに歩み寄った。

「紗也加ちゃん」

「どうしたの、みんなして」

 険悪な空気を察してあわてたらしい。紗也加の頬が紅潮している。黒髪のポニーテールの毛先が一度跳ねた。


 とたん、あゆみはすねたような顔つきになった。

「ねえ、紗也加も思わない? 篠崎さんよりも、紗也加が執行部に入るほうがよっぽど適任だって」

「何を言っているのよ」

 目をみはる紗也加に、あゆみが言い募る。

「あたしたち、紗也加ならみとめられるの。紗也加なら、応援できるの。だから――」

「ちょっと待ってよ。何が悪いの。塔子は頭だっていいし、いい子でしょう。塔子が選ばれたことに、何もふしぎはないと思うわ」

「あたしたちはふしぎなの」

 あゆみは断言した。葉月と目を見交わす。


「……だってそうでしょう? このひと、なんだか嫌そうなんだもの。執行部に入っていることが」


 塔子はたじろいだ。知らずうしろに下がってしまう。

 あゆみはそれを目ざとく見やった。

「……ほらね? こんなひとが緑の館の住人になるなんて、信じられないの。素敵なメンバーに囲まれるなんて、許せないの。――これが紗也加だったら、あたしたちだって仕方がないと思うわ。でもこのひとじゃ、だめ。いやなのよ」


「あゆみ」


 紗也加の声がきびしく響く。あゆみは少しひるんだように見えたが、しかし強気に言葉を重ねた。

「――とにかく。あたしたちはみとめられないって話。こんな消極的なひとをどうして選んだのか、さっぱり理解できない」


 ずばりと告げられた一言。塔子はふるえた。ナイフで抉られたように胸が苦しい。

 あゆみの言うことはたしかに正しかった。正しく、そして容赦がなかった。こみ上げるものがあり、それを必死で押しとどめる。


 ――わたしだって。

 暗い気持ちが浮き上がる。


 ――わたしだって、なぜ選ばれたのかわからない。好きでこんな立場にいるわけじゃない。


 口をついて出かかったが、なんとかして抑えこんだ。それは彼女たちの思いに対して、失礼極まりなく、火に油を注ぐような発言と思われた。

 紗也加が肩をすくめる。

「だからって、塔子を責める必要はないでしょう。ねえふたりとも、変だよ。なんでそんなに突っかからないといけないの。落ち着いて」

「だって、紗也加……」

 あゆみがぶすくれた顔をする。


 気まずい沈黙が降りた。周りにいる部員たちの、笑いさざめく声がおおきく聞こえる。

 四人が何も言い出せずにいると、部室の外からのん気な声がかかった。


「とーこさん、まだかかりそう?」


 良司だ。

 あゆみをはじめ、部室にいる女子の間に、しらっとした空気が流れた。

 どきりと心臓が鳴る。

「……とーこ、さん……」

 となりから、ほつりと声があがった。紗也加が小さく口を開けている。そのうつくしいアーモンド型の瞳がみはられて、やがてこちらをまじまじと見やる。


 すう、と胸の底につめたい風が吹いた。


「…………とーこさん……」

「あの、ちがうの」

 あせって口をひらく。

 とたん、紗也加の顔が明らかに曇った。

「…………なにが?」


 塔子は青ざめた。

 ――しくじった。

 なにが『ちがう』んだ。訊かれてもいないのに、わたしはなにを言っているんだ。


「……ごめん、なんでもない」

 うろたえれば、ますます紗也加の表情が曇る。

 塔子は眉根をさげた。両手をもみしぼる。あせって考えをめぐらすも、しかし上手い取りつくろい方は、まるで思い浮かばなかった。

「ご、ごめん。――じゃあね」

 とうとうあきらめて、塔子は目を逸らした。

 なかったことにしたい。この場を一刻も早く離れたい。その一心で不自然に言い置き、急いでロッカーの扉を閉める。紗也加の視線から遠ざかろうと(きびす)を返し、気付けば逃げるように部室を出ていた。


 あまりにも露骨で、誤解をまねく態度。それでももう、何もできなかった。




 外の廊下では、良司と柊一が壁に背を預けて、塔子を待っていた。

「おつかれ。終わった?」

 おだやかな声。

 微笑む良司の顔があまりにも優しくて、苦しくて塔子は思いきり目をそらした。

「……どうしたの。なにかあった?」

 みとめて良司がいぶかしむ。

「……う、ううん」

 ぶんぶんと首をふれば、彼はまた怪訝な表情をする。

 柊一が、塔子を一瞥してすっと身を起こした。

「――ひとまず、ここからはやく出たい」

 冷淡に言う。

 まだ女子テニス部員たちが、鈴なりになってこちらを見ているのだ。もう辟易(へきえき)とばかりに柊一は眉根を寄せた。

 塔子も一も二もなく賛成だった。良司の案じるまなざしをよそに、歩きだす柊一の背を足早に追う。


 歩きながら、紗也加の表情を思いだし、思わずぎゅっと目をつむった。

 胸がしめつけられる。


 ――不快なことをしてしまった。紗也加を傷つけたかもしれない。



 大切な友達にさえ、どうして自分の状況や気持ちを、半分もつたえられないんだろう。

 ただただ、情けなくてならなかった。





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[良い点] 刻々……と、表現すればいいのか。ロールプレイングをしているような気分になる細かな描写だなと印象持ちました。シナリオの派手さやインパクトではなく読者にその世界を疑似体験をさせるよう書き方が自…
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