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獅子の系譜  作者: 谷下 希
第4章 誰かの王国
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4 アリバイ(2)

 


 緑風会執行部三年・仁科(にしな)壮平(そうへい)の入寮式でのアリバイの証言は、あっけないほど簡単に取ることができた。


「式のとき、おれたち柔道部はずっと一緒にいたよ。もちろん壮平(せんぱい)も。花道にならんで、新入生に紙ふぶきをまいたり、部の勧誘もしていた」

 頭を丸刈りにした柔道部二年生が、そう答える。

 良司のとなりに控える塔子をちらちらと見やりながら、恥ずかしげに頭をさする。

「そうですか」

 さっぱりと良司がうなずいた。


 柔道部の部室前で、良司と塔子は彼に聞き込みをおこなっていた。部屋では柊一が、そばにいる柔道部員に確認を取りながら、部室点検をしている。


「――ちなみに」。良司があかるい瞳を向ける。

「式の時、瀬戸先輩と今井先輩を見かけませんでした?」

「え、執行部のあのふたり?」

「はい」

 二年生はうーんと考え込んだ。

「……おれは見てないな……ずっとあの場にいたけど、見ていない。ほかの奴ならわかるかもだけど。聞いてみる?」

「ぜひ」

 うしろの部室を見やって、二年生がほかの部員に声をかける。質問には、みな一様に首を横にふった。

「そうですか……」

 唇をつきだす良司を、二年生がうろんげに見やる。

「そもそもさ、なんでこんなこと知りたいの?同じ執行部なんだから、自分らのほうがわかるんじゃないの?」

 良司と塔子はすばやく目を見交わした。

「そうなんですけど、えーと」

 何と返せばよいのだろう。

 良司が言葉を濁すので、塔子はとにかく援護しようと、あせって口をひらいた。


「…………その」。蚊の鳴くような声。


 二年生が目をまるくする。

「その、ちょっと……知りたかったので……」

 勇気をだして、なんとかつぶやく。あせるあまり、考えなしに声をあげたので説得力はまるでない。自覚してたちまちに顔が赤くなる。

 にも関わらず、二年生は露骨にあわてた。

「わ、あの、ごめんごめん!」

 首すじまで塔子よりも赤くして、彼は両手をあわせる。

「言い方きつかったよね。そういうこともあるよね。力になれなくてごめんね!」

 あからさまに態度が急変する。


「終わった」

 二年生の背後からすっと顔をだしたのは、柊一だった。ぶっきらぼうにそう言い、部室から出てくる。

「りょうかい」

 良司が苦笑する。二年生に向き直り、ぺこりと頭を下げた。

「へんなこと聞いてすみません。ありがとうございました」

 にこりとわらう。そして塔子の背にそっと触れた。

「行こ」


「――なんのさわぎだ?」

 塔子のとなりを歩きながら、柊一が小さくたずねる。聞き取った良司は大きく肩をすくめた。

「とーこさんは人気者ってこと」

 ぎょっとして振り仰げば、良司はただ苦笑いを顔に浮かべた。


 続いては女子バスケットボール部に向かう。

 クラブ連合会総長・高橋(たかはし)一樹(かずき)のアリバイの証言を取るためだ。


 一樹は入寮式のときには、恋人の相沢(あいざわ)菜保(なほ)とともに、鷺沢池(さぎさわいけ)にいたという。

 相沢菜保はバスケットボール部所属の三年生だ。彼女に、一樹と本当に一緒にいたのか、質問すれば簡単にアリバイの裏は取れる。


 アリバイが成立することは確実に思われる。だから早めに確認をしてしまいたかった。


 柊一が声をかければ、部室にいたバスケットボール部女子から黄色い声があがる。それに柊一が露骨に渋面をつくり、良司が思いきり吹き出し、塔子は思わず良司のうしろに隠れた。

 大歓迎を受けたものの、しかし相沢菜保はそこにいなかった。

「菜保? まだ練習中だけど」

「……そうですか。第一体育館でしたよね」

 そうそう。と柊一をうっとり見つめてキャプテンが答える。

「菜保がどうかしたの?」

「いえ、なんでも」

 涼しい顔をして柊一が受けながす。隙がないので、それ以上詮索されることはなかった。


 女子の部室であるので、点検は塔子がすることになった。

 提出された出納帳に不備はなさそうだ。

 あとは手元のバインダーに挟んだ、女子バスケットボール部の予算申請書をもとに、備品など確認していく。


 コールドスプレーや、救急箱の包帯・薬品類の買い足し。ユニホームの追加発注。バスケットボール、カラーコーンなど用具の購入……。

 部室内で点検できるものから確認し、あとは活動場所の第一体育館を訪ねてあらためる。


「あーあ、うらやましい」

 備品ロッカーを点検していた塔子の背後に、大きな声がかけられた。ふり向けば、こちらをにこやかに見つめる上級生たちの顔がある。

「篠崎さん、だよね? いいなあ、あんなかっこいい子たちに囲まれて」

「執行部に選ばれたってことは、やっぱり頭がいいんだよね? うらやましいなあ」

「そんなことは」。塔子が小さく否定するも、上級生は首をふる。

謙遜(けんそん)はやめなよお」

「あーいいなあ」

 塔子の頬が赤らんだ。



 ――謙遜なんかしていない。

 ただただ、()の問題だと思っている。



「あ、もういいの?」

 部室の扉前で待ちかまえていた良司が、明朗な瞳を塔子に向けた。

「う、うん」

 すこし息をはずませて塔子は答えた。

 とても居心地がわるかったので、点検を急いで終わらせて、逃げるように外へ出てきたのだ。


「おれたちもちょうど終わったとこだよ」

 良司が笑む。

 良司と柊一は、男子バスケットボール部の部室点検をしていたのだ。

 近くにたたずみ、バインダーをめくっていた柊一が目をあげた。細く長い前髪が、物憂げな瞳にかかる。それだけで周囲の女子が色めくものだから、まるで一種の病のようでらちが明かない。


「――体育館はあとにする。部室を点検してしまいたい」

「そうだね」

 そっけない柊一の言葉に、良司が素直にうなずく。

 相沢菜保の聞き取りは後回しにしよう、との意だった。これには塔子も異論はなかった。

「つぎはじゃあ、となりのテニス部かな」

 良司がこちらを見やる。

「あ、織部(おりべ)いるんじゃない?」

 たのしげに眉をあげてみせる。


 織部(おりべ)紗也加(さやか)

 塔子と良司のクラスメイトであり、そして、塔子の大切な友達。


「――うん」


 塔子はこっくりとうなずいた。紗也加を思えば、うれしくて口角があがる。


 良司と柊一がまじまじとこちらを見つめたことに、塔子は気が付きもしなかった。



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