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獅子の系譜  作者: 谷下 希
第4章 誰かの王国
37/58

1 獅子を探して(1)


 野鳥が歌う。


 林のなかを、枝から枝へ飛び交いながら、山の春を(うた)っている。高く低く、歌声は林の(すみ)ずみまでこだまして、彼らの深い(よろこ)びをつたえる。


 塔子(とうこ)は木漏れ日へそろりと足を踏みだした。

 ひかる石畳の林道。

 ――(したた)るような、緑の世界。


「つまり」

 左隣にいる良司(りょうじ)が、長い両腕でうんと伸びをした。深緑の香りを大きく吸い込んで、猫のように目を細める。

「たぶん獅子は、あのふたりのどちらかってことなんだよな」

「……ふたり?」

「そう」。首を傾ける塔子を見て、こっくりとうなずく。


瀬戸(せと)先輩か、今井(いまい)先輩か――。きっとそのどっちかでしょ」


「そうとは言えない」

 冷静に声をあげたのは、塔子の右隣にいる柊一(しゅういち)だ。

「まだわからないだろう。アリバイの裏を取らないと」

「そうだけど……。でも、仁科(にしな)先輩と高橋(たかはし)先輩は、証人も明らかだし、確実にシロって感じなんだけどなあ」

 良司が唇を尖らす。


「――もう五時半か」


 良司の反論もそのままに、柊一は左手首を見やった。黒いレザー革の腕時計。文字盤も黒一色だが、その(ふち)や針は銀色。シンプルで洒落ている。

 クラスメイトの男子の多くは、時計を身に着けないか、カジュアルな時計を選んでいるので、塔子は柊一がずいぶんと大人びてみえる。佇まいや仕草も端正なので、よけいにそう思うのだろう。

 柊一は右手に持ったバインダー――そこには大量の書類が挟まれている――をちらと見やり、そしてまた前を向いた。


 三人は学園西の林道を、連れ立って歩いている。いまは塔子ら以外に、往来する人はいなかった。野鳥のさえずりが響きわたり、ずいぶんとのどかだ。

 四月はもう終盤。

 先日の、緑の館での茶会があったのが金曜日。週末を挟んで二日が経ち、月曜日になっていた。


「それでも……」。塔子は軽くうつむき、つま先を見つめる。

「あと四人、なんだね」

 ――獅子の候補者が。

 良司と柊一がうなずく。


「とーこさんの実力だよ」

 からりと良司がわらう。

「全校生徒四百人のなかから、七人まで容疑者を絞り込んで、さらにそこから四人まで絞ったんだから。すごいとしか言いようがない」

 塔子はあいまいに首をふった。

「それは、坂本(さかもと)くんと鷹宮(たかみや)くんがいてくれたから……」



 ――次代獅子は、現獅子を探さねばならない。探しだして、王の位と”獅子の系譜”と呼ばれる()を受けつがなくてはならない。



 図らずも、次代獅子(ししのむすめ)に選ばれてしまった塔子は、その伝統に(のっと)り、“獅子探し”をはじめることになった。

 けれど全校生徒のなかから獅子を探すのは骨が折れる。

 だから緑風会執行部(しんぱん)が、“獅子探しの”補佐をするのが通例で、塔子もそのように助けを得ながらすすめることとなった。


 とくに、執行部所属で同年の、坂本(さかもと)良司(りょうじ)鷹宮(たかみや)柊一(しゅういち)は、塔子に全面的に協力するよういわれている。

 だから塔子にとって彼らは、心強い味方なのだった。


「おれ、なにもしてないよ」

 良司が苦笑する。

「でもあの茶会は、すごかったね」


 先日の夜の、野外茶会。

 執行部(しんぱん)筆頭の榊葉(さかきば)直哉なおやの采配によって、催された会。

 これはつまるところ、 “獅子探し”のための会だった。

 全校生徒のなかから、獅子候補を絞りこむ。そのための機会――。


 銀杏の木の下。ランタンの光。紅茶とクッキーの甘い香りのなかで、塔子は訊かれた。これまでに“獅子探し”で推理できたこと、その進捗を教えてほしいと。


『つまり――ここ二年間のあいだに、執行部に在籍している、あるいはしていた人。もしくは緑の館に毎日でも行き来できるほど、深く関わる立場にある人。そのうちのだれかが獅子なのではないでしょうか――』


 塔子の推理はみごと的中。榊葉の期待以上の成果をあげた。

 そして榊葉はその推理を踏まえ、驚くべき一言を放ったのだ。


『きみが推理した“疑わしき”人。ここ二年間で、執行部(しんぱん)に深く関わった在学生――。

 それが、ここにいる七人というわけなのです』



 七人。



 執行部会長・三年、榊葉(さかきば)直哉(なおや)

 副会長・三年、荒巻(あらまき)志津香(しづか)

 準役員・三年、今井(いまい)彼方(かなた)

 同じく準役員・三年、仁科(にしな)壮平(そうへい)

 役員書記・二年、佐伯(さえき)千歳(ちとせ)

 役員会計・二年、瀬戸(せと)史信(しのぶ)


 クラブ連合会総長・三年、高橋(たかはし)一樹(かずき)



 この七人が、獅子候補だというのだ。



 そして突然に、他己紹介(たこしょうかい)のゲームがはじまった。

 ――他己紹介とは、ある他人のことを大勢の人に対して紹介するゲームである。今回は、円座するメンバーを反時計回りに巡り、右にいる隣人について、各人が紹介することになった。

 獅子を探るには、まずそのひとを知らなくてはいけない。自己紹介でなく、あえて他人に紹介してもらうことで、その人柄を浮き彫りにしよう。――というねらいだった。


 それに加え、榊葉は塔子に“三つの質問”を考えてほしいと告げた。

 ひとりひとりの他己紹介が終わるたび、あらかじめ用意したその“三つの質問”を、各人に尋ねてほしいと言ったのだ。


『これは獅子探しのチャンスだから。獅子のしっぽを捕まえられるような質問がいいかもね』


 つまりこのゲームに乗じて、容疑者をあぶりだせと、榊葉は暗に示したのだ。

 そこで柊一の知恵を借りて、塔子が考えたのは、この三つの質問だった。



 ――入寮式の日、女子のトンネル通過儀式の間、どこにいましたか。


 ――そこで何をしていましたか。


 ――あなたがそうしていたことを証明できるひとはいますか。



 入寮式の夜。塔子はトンネルで獅子と遭遇(・・)した。ならば、この時刻のアリバイを七人に問えば、獅子候補は絞れるのではないかと思ったのだ。

 そしてそれは、功を奏した。


「荒巻副会長、佐伯先輩、それから――榊葉会長。その場で、一気に三人を獅子候補から外すことができた」

 良司があごに手をあてる。


 そもそもこの三人はその時間、執行部役員として入寮式の運営をおこなっていた。

 荒巻志津香と佐伯千歳は、一年女子をトンネルに送りだす係をしており、塔子自身も彼女らにうながされてトンネルに入った。

 榊葉直哉はその出口で待ちかまえており、出てくる一年生に『緑の王国』の誓約を結ばせていた。塔子が出てくるときにも彼はいて、他の生徒と同じように誓約をさせ、塔子を迎え入れたのだ。


 つまりこの三人は、トンネルに潜み塔子を待ちかまえることが、物理的に不可能だった。

 ――彼らは獅子ではない。 



 すると残る獅子の候補者は、今井彼方、仁科壮平、瀬戸史信、高橋一樹、ということになる。

 塔子がつぶやいた「あと四人」とは、このメンバーのことだった。



「ほんとうに、あと四人だ――」

 薄茶の瞳が塔子にわらいかける。

「今日で仁科先輩と高橋先輩のアリバイ確認をしてしまおう。ゴールはもうすぐだ」

 清々しい良司に、塔子はあいまいにうなずき、わずかに顔を曇らせた。――つま先に目をもどす。

 柊一がちらりとこちらを見やったことには、気づかなかった。



 ――仁科壮平と高橋一樹のアリバイが確定していることは、疑いがないように思われる。

 入寮式の夜。塔子がトンネルをくぐっていた、その時間。彼らはまったく別の場所にいたのだ。


 仁科は、トンネルの出口にいたという。

 そこで誓約を終えた一年生を出迎えていた。花道をつくり、彼らの健闘をねぎらっていたのだ。

 その場にいたことを証明する証人は、彼の所属する柔道部の部員たち。一緒に花道にいて、部活勧誘もおこなっていたらしい。

 ――だから仁科のアリバイは、柔道部部員にたずねれば、真偽がはっきりとわかる。


 一樹も同じくアリバイが明白だ。

 彼は同じころ、校内の池――鷺沢池(さぎさわいけ)にいた。そこで恋人の三年、相沢(あいざわ)菜保(なほ)と一緒にいたという。

 だから菜保に確認をとれば、その真偽もすぐにわかる。



「あわせて、瀬戸先輩や今井先輩の目撃情報も調べる必要があるな……」

「ああ、そうだった」

 ぽつりと言った柊一に、良司がおおきくうなずく。


「どうせ今日はいろんな人に出会うんだし、ちょうどいいな。訊いて回ろう」


 とたん、柊一と塔子はそろって沈黙した。気まずい空気。

 良司はこちらを向き、左手でぼりぼりと頭を掻いた。

「えーと、うん。まあ……わかった、おれがやります。だいたいは任せてくれればいいけど、すこしは努力してくれる?」

 塔子はこくこくとうなずいた。柊一と言えば、むっつりと押し黙ったままだ。

「ま、適材適所か……」

 良司は大きく肩をすくめた。


 見知らぬ他人とやりとりをすることは、ふたりにはまだずいぶんハードルが高いのであった。




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