11 三つの質問(2)
どんなことでもいい、と榊葉は言った。
「篠崎さんには、質問をあらかじめ三つ考えてもらいたい。そして紹介が終わるたびに、各人にそれを質問してほしいんだ」
おどおどとする塔子を、彼の瞳がとらえる。
「本当になんでもいいんだよ。好きな食べ物は何か、誕生日はいつか、好きな人はだれか、でもいいんだ。きみが訊きたいのなら。――ただ、これは獅子探しのチャンスだから。獅子のしっぽを捕まえられるような質問がいいかもね」
「獅子の、しっぽ……」
つまり容疑者をあぶりだせるような質問をと、榊葉は言っているわけだ。
「質問できるのは今日きりってわけじゃない。これからの生活のなかで、みんなにいくらでも質問できる。だから思い詰めないでほしい。ただ……いまは全員がそろっているから、なにかと手っ取り早いし、質問の回答を比較検討、検証できるという利点はあるね。ぜひ有効活用していただきたい」
塔子はごくりとつばを呑んだ。
比較検討、検証――。
榊葉は大きな笑みを浮かべる。
「ゲームなんだ、深刻に考えなくてもいいよ。どちらにしろ、きみはこれから獅子を見つけ出すため、この面子に質問し続けていかなくてはいけない。だからこれは練習と考えてくれればいい」
場が静まっている。
塔子はどぎまぎとしながら面々を見回した。
志津香と壮平は笑んで、史信と千歳と彼方は素知らぬ顔で、一樹はじつに興味深げに榊葉の話に耳を傾けている。
「――じゃあ、すこし時間をとるから、質問を考えてみて。アシスタント諸君も協力してね」
彼があかるく良司と柊一を見やる。
良司は戸惑ったように塔子を見た。小さく肩をすくめる。
「いきなり考えろって言われても、なあ……」
「会長」
塔子の右隣にいる柊一が、静かに声を発した。
「やっぱりおれにも教えてもらえないんですか、獅子がだれなのか」
「まだそんなこと言ってるの」
榊葉が眉をあげる。
「篠崎さんを手伝ってって、つたえたはずだけど?」
じつは柊一も、塔子の“獅子探し”の助っ人として選ばれていた。だから彼も良司と同様に、審判でありながら獅子の正体を知らないのだ。
むっつりとした沈黙が流れる。
「鷹宮」
「……はい」
「――仕える王は、ただひとりでいいんだよ」
榊葉がわらう。
「か、会長」
塔子は縮み上がって思わず声をだした。
絶句して柊一がこちらにふり向く。ほとほとあきれたような顔つき。目が合い、塔子はさらに委縮した。
「ほんとに、この学校は……」
小さなぼやきが落ちる。苦々しい表情を顔に浮かべ、柊一はこちらをじっと見つめた。塔子が身をすくめると、やがて大きなため息をこぼした。
「――わかりました」
「え?」。良司が大仰に彼にふりむく。塔子も目を瞠った。
まったく予期しない返答だった。
「よろしい」
榊葉が満足そうに口の端をあげる。
「素直でじつによろしい。そうこなくちゃね」
柊一はまたため息をつき、そしてこちらに顔をむけた。そのまま唐突に顔を寄せてくる。整った造作が間近に迫り、塔子はぎょっとして固まった。
「単純なことだ」
低いささやきが塔子の耳朶を打つ。
「獅子と遭遇したのは一度きりなんだ。そのときを思い出せばいい」
「え……」
「どういうこと」
塔子と良司の声が重なった。
良司がずいとふたりの間に割って入る。柊一にかけた声には、いつにない険があったが、塔子は気づかなかった。
柊一がしずかに首を傾ける。
――獅子との遭遇。
あっ、と塔子は声をあげた。
「質問は三つ。わかるか」
「――たぶん」
塔子は柊一にうなずく。
「とーこさん?」
「坂本くん……やってみる」
塔子はほんのわずかに微笑んだ。
「決めたようだね?」
「……はい」
硬い表情の塔子に、榊葉が笑む。
「じゃあ、坂本に質問して。三つの質問を――」
風が鳴る。横髪がふわりと浮き、また沈む。
塔子は良司を向いて息を吸いこんだ。
「……ひとつめの質問です」
――入寮式の日、女子のトンネル通過儀式の間、どこにいましたか。
良司の目が見開かれる。
「……儀式に、参加していた。その頃は――トンネル通過が終わって外にいた。トンネルの出口に」
塔子はうなずいた。
「では、ふたつめの質問」
――そこで何をしていましたか。
「上級生と一緒になって、トンネルから出てくる女子を迎えてた。紙ふぶきをまいたり、ハイタッチしたり、にぎやかだった」
言いながら、良司の顔があかるくなる。塔子の質問の意図がつたわったのだ。
柊一も然りとばかりに、黙って聞いている。
周囲の面々も、耳をそばだてている。
塔子は自信を得て、声をすこし大きくした。
「じゃあ、最後の質問です」
――あなたがそうしていたことを証明できるひとはいますか。
「いる」
良司がはっきりと笑んだ。
「三組男子全員が証人だ。とーこさんがトンネルにいる頃には、織部が隣にいて、ふたりでとーこさんが出てくるのを待っていた。覚えているだろ?」
「うん」
塔子は微笑んだ。
「坂本くん、ありがとう……。――これが」
榊葉を向く。
「これが、三つの質問です」
しん、と座が静まり、そして一瞬の後に榊葉が小さくわらった。
「上出来」
【2】坂本良司 → 篠崎塔子
「彼女は、篠崎塔子。一年三組。おれと同じクラス」
良司はすこしぎこちなく塔子を紹介しはじめた。
「ご覧のとおり、頭がいい。課題をいつも教えてもらってる。得意科目は古文。おれが一番苦手なやつ」
一同がわらう。
塔子はかあっとなって、思わずうつむいた。褒められることにはまったく慣れていない。
「部活はしてなくて、体育は苦手だよな。いつもうんざりした顔してるもん。とくに球技」
「う、うん……」
またみんながわらう。
良司の調子が戻ってきた。いつもの人懐こい目で塔子を見つめる。
一同がとてもにこやかに、彼の声に耳を傾ける。
「実家は東京」
「へえ、わざわざこんな山奥によく来たね」
一樹が大きく目を見開く。
「いったいどうして」
「それはひみつ」
「は?」
良司が塔子を向いてくすりとわらう。
「なんだよあやしいな」
「まあまあ、それ以上の詮索は野暮ってものだよ」
一樹を止めながら、榊葉はニヤニヤわらう。
塔子はさらに顔を赤くした。良司は塔子を気遣ってくれているだけなのに、なんだか誤解を受けてしまって、とても申し訳ない。
良司が笑む。
「とーこさんの最初の印象は、臆病で、暗い人かと思ってた。
でもいまはわかる。臆病ってのは慎重ってこと。それに、一生懸命に変わろうとしているってことがわかって、いまはただ応援したいと思ってる。
……すごく誠実で、努力家だ。すごいなと思ってる」
「そ、そんな……」
良司は優しく笑んだ。
「これが、おれから見たとーこさん、です」
おおーっ、と歓声が上がった。
「え、それだけ?」
一樹が目を丸くした。
「大事なことがまだあるだろ」
「え?」
「篠崎さんが美人ってこと」
一樹が朗らかに良司に告げた。
塔子はそれをあんぐりと口を開けて聞いた。あまりにも自分に不似合いな言葉だった。
「自覚ないの?」
一樹が言う。言ってやってよ、と良司に言い、彼は思い切り渋面をつくった。
「いま言わずしていつ言うの」
追い討ちをかける。
しばしの間のあと、良司はためらいがちに、やっと口を開いた。
「……篠崎さんは、きれいだ」
苦々しい顔つき。
目を見開く塔子に向けて、言葉を継ぐ。
「一部の男子に人気がある」




