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獅子の系譜  作者: 谷下 希
第3章 館の住人
27/58

9 夜の茶会(3)

 あんぐりと口を開けたのは、今度はこちらの番だった。


「まじか」

 左隣でぼそっとつぶやくのは良司。右隣に座る柊一でさえも、ハッと息を呑んで固まっている。

 塔子といえば、驚きでしばらく言葉を失っていた。ただただ呆然として、ぐるりと周囲を見回す。



 柊一の隣にいる瀬戸(せと)史信(しのぶ)は、眼鏡の奥の瞳をほそめ、薄く笑みを刷いている。

 隣の佐伯(さえき)千歳(ちとせ)は、警戒するように肩を縮めて、じっとこちらを窺う。

 荒巻(あらまき)志津香(しづか)は、優雅に首をかしげて美しい笑みを浮かべ、仁科(にしな)壮平(そうへい)は、面映ゆそうに頭を掻く。

 今井(いまい)彼方(かなた)は興味がなさそうに紅茶をすする。対照的に高橋(たかはし)一樹(かずき)は、興味津々とこちらの表情を観察していた。



 そして榊葉(さかきば)直哉(なおや)は、もっとも楽しげに、機嫌良くニヤリとわらう。


 ――つまり。

 塔子は唇をかんだ。

 つまり、ここにいる人たちが。塔子・良司・柊一の一年生をのぞく、上級生のうちのだれかが――。



 獅子、なのか。



 震えた。

 自分で推理したこととはいえ、獅子と疑わしき人たちが目前に顔をそろえているのは、なんだかひどく空恐ろしいことだった。


「――まあ、そのための茶会だったわけです」


 榊葉のうたうような声音。ジトッと一年生組が彼をにらむ。

「……ほんっと会長って性格わるいよな」

「そう?」

 良司が思わずこぼせば、榊葉は鷹揚にわらう。

「そんなこわい顔しないでよ。むしろお膳立てしたんだから、感謝してもらいたいくらいだ」

 こちらを見やるので、塔子はまたびくっと身を縮めた。

 篠崎さん――。榊葉はにこりとわらう。


「ご覧のとおり、ここには七人の容疑者がいる」


「容疑者ってひどいな」

 壮平が苦笑する。

「罪は犯してませんね」

 史信も口の端をあげる。

 まあまあ、と榊葉は簡単にとりなした。

 座にわらいが起こる。けれど、塔子はとてもそれに合わせる気分になれなかった。

 それどころか、談笑がとてもわざとらしく聞こえた。なにも知らないとばかりに、平然とした態度を見せつけあっているような。そこにあるのに、見て見ぬふりをしているような――。そんな不自然さを感じてしまう。


 わらいはやがて波のように消え失せる。

 ぴんと張りつめた糸が、座にのこる。


 榊葉がこちらにまた向いたときには、その表情は真顔だった。

 ――いいかい。じっと塔子を見る。


「このなかのだれかが、獅子だ」


 ひくっ、と塔子ののどが鳴った。

 いまや全員の視線が、塔子に集中している。


「きみは見事に、全校生徒からこの七名にしぼりこむことができた。素晴らしい推理だったよ。そしていよいよ、ここからが本番だ」

 不安で、ぎゅ、とひざの上のブランケットをにぎる。

 榊葉はにこっとわらい、一同を手で示した。

「こうして顔の見える相手を前にして――きみは本格的に獅子を見出さなければならない」

 塔子はわずかにうなずいた。

 皆押し黙っている。

「そこで」

 彼は少し身をのりだす。


「ここからはしきたりに(のっと)って、獅子探しをしてもらいたいんだ」


「……しきたり?」

 塔子はか細い声をあげた。彼をみあげる。

「そう。つまり、ルールだ。獅子探しのルール。王の交代には作法がいろいろあってね。これも代々続く伝統なんだ」

「……本当にこの学校は」

 柊一がぼやくので、良司が思わずといったようにくすりとわらう。

 榊葉は彼らの態度にちらと笑み、そして塔子に向いた。

「さて、篠崎さん。ルールとはこんなものだ――」

 榊葉が人さし指を立てて息を吸う。



 一、獅子は一回嘘をつく。



「はあ?」

 良司が声をあげた。

「獅子の子は獅子を探す。けれど、当の獅子は一回嘘をついてその捜索から逃げる。逃げなければならない」

「なんで」

「そういう決まりなの」

 榊葉が言い含める。塔子の戸惑いを見て取ると、安心させるように微笑んだ。

「逆に言えば、一回しか嘘をつかない、ということになる。これは大きなヒントになるよ」

「でも――」

「話はまだだよ」

 良司をさえぎり、彼は二本指を立てる。



 二、獅子は、みずからが獅子である証拠を、かならず獅子の子に提示する。



 これには一年生三人が口をつぐんだ。

「嘘をつく代わりに、証拠をのこす、というわけだ。これでフェアになるだろう?」

 ふうん、と柊一がつぶやく。興が乗ったのがつたわってくる。

 塔子はすこしほっとしてうなずいた。

「そして」

 榊葉は三本指を立てた。



 三、獅子の子が獅子を名指すのは、一度きりとする。



「獅子の子もフェアでなくてはいけない。つまり“あなたは獅子ですか”と問いただすことができるのは、一度だけ。これと決めた人を、名指さなければならない」

 塔子は唇を湿した。

「一度きり……」

「ああ。だからどうか、確信をもったときにそれをしてほしい。二度目はない」

「もし……間違えてしまったら?」

「間違えてはいけない」

「え?」

 榊葉の目が据わった。


「王の交代は、かならず成功させなければいけない」


「なんだ、それ」。良司がぽかんと声をだす。

「この学園でいうところの王は、いにしえの王でね。絶対王政を敷いた頃の王じゃないわけさ」

「と、いうと?」

 柊一が問う。

 榊葉はゆっくりと首をふった。


「縁起が悪いどころじゃ済まない――ということかな」

 ――そういう()の王なんだ。


 どきり、として塔子は思わず腕を抱えた。

「……どんな類なんだよ、もう」

 良司があきれたように言う。

 榊葉は薄く笑んだ。しかしそれ以上言及するつもりがないようだった。

 良司がふとこちらを向く。目を見交わす。反応のない塔子の顔つきを見てとると、彼は何も言わずクシャッと頭を撫でた。


 銀杏の葉擦れの音が大きく響く。

 ランタンの明かりが揺れている。

 横髪を風にあおられながら、塔子は目をすがめた。

 自分の見える世界も、明かりに合わせて揺れているみたいだった。


「――以上、みっつの決まりだ」

 榊葉は意識してにっこりと笑んだ。

「このルールに則って、獅子探しを進めてほしい」

 塔子、良司、柊一が、理解に苦しんでむっつりと押し黙る。

 彼はおかしそうにわらった。

「まったく同じ顔をしてるよ、三人とも」

「だって……」

「まあまあ、わからないことがある方が、人生たのしいものだよ」

「ええ」

 榊葉は良司の批難をかるく受け流した。

 ――篠崎さん。こちらを向く。


「決まりのとおり、獅子は一度しか嘘をつかない。きちんと証拠をのこす。そしておれたち審判が全面的にサポートする。だからそんなに心配しなくていい。大丈夫、真実にちゃんとたどりつける。

 ――かならずきみを獅子にしてみせる」


 思いきり複雑な顔をした塔子に、榊葉はひらめくように笑んだ。




「……ねえ、紅茶のおかわりはいかが。すっかり冷めているでしょう」



 塔子の正面にいる志津香が、ふと口をひらいた。

 話の継ぎ目を見て取ったらしい。彼女が話を変えたので、一同の空気がいくぶんかやわらいだ。

 みな思いだしたように、紅茶や菓子を口にふくみだす。


「ほんっと、榊葉ってもったいつけるよな」

 湯気の立つマグを手にして、一樹が渋面をつくる。榊葉が眉をあげた。

「そ? でも楽しいでしょ」

「まあねえ。だけどこんな話をしてると、現実じゃないみたいだ」

 壮平がのんびりとわらうので、場がさらに明るくなった。

 不満げに眉をひそめる一年生組も、あたたかい紅茶がふるまわれると、すこし顔つきをやわらげた。



「ねえ、”不思議の国のアリス”を知ってる?」

 志津香が楽しげに声をあげる。


 ――またアリス。


 塔子はぎくりとした。

 読んだことがあると手を挙げたのは、志津香、榊葉、千歳、彼方だった。

「物語のなかで、茶会のシーンがあるんだけどね」

「“いかれ帽子屋”が登場するんですよね」

 千歳が表情をなごませる。志津香がうなずいた。

「帽子屋は昔、ハートの女王にとある詩を披露した。それが女王の不興を買って”時間の無駄”と言われてしまって――」

「――それ以来、彼らは時が止まったまま茶会を続けるようになった」

 彼方が平然とあとを引き取る。志津香は首肯した。

「そう。終わらないお茶会を、ね。なんだかこの話を思いだしたわ。こんな綺麗なところでふしぎなお茶会をしているから」

「永遠に終わらないのはいやだけどね」

 一樹が茶々をいれ、それに志津香はくすくすとわらう。


「……そうだねえ、こっちの茶会は終わらせないとねえ」

 榊葉が笑んでうなずき、マグカップをラグに置いた。

「じゃあ、最後の趣向へうつろうかね」

「趣向? なんですか」

 史信が問い、榊葉がにこりとわらった。

「ゲームをしようと思うんだ」

 柊一、良司、そして塔子を見回す。


「獅子探しのゲームをしよう」




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― 新着の感想 ―
[一言] 獅子探しのゲーム…それにしても、塔子の推理は見事ですね…ここまで絞ってしまうとは思いませんでした…
2022/07/26 22:25 退会済み
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