政略結婚の副産物
政略結婚シリーズ4作目。1作目より読んでいただけた方が楽しめます。
今回は、逃げ出した王子のアレックス視点。評判悪い王子は、悪いままで!という方は読まない方がいいかもしれません。
ちょっと格好良く書きすぎたかも・・・? と思いましたが、そうでもないみたいです。アレックスは、相変わらず評判悪いままですね!
「もうイヤ!!」
聞き飽きたセリーヌのかん高い叫び声が上がり、アレックスはうんざりとため息をついた。
「毎日毎日古臭いドレスばかり。なんで新しいドレスを仕立てちゃいけないの?! 食べるものだって粗末だし、屋敷から出るなって言うのよ」
「それはそうだよ」
「なんで? あなたは王子なのにっ」
違う、もう反逆者のようなものだ。こうやって匿ってもらえるだけありがたい。
アレックスが何度説明しても、理解しようとしない。いつしか真面目に諭すことも止めてしまった。
醜く喚き散らすセリーヌを見て、自分の中に何の感情も残っていないことを、アレックスは自嘲と共に受け入れる。
結婚式をぶち壊しながら高々と宣言した『愛』の、なんと薄っぺらいことか。
※ ※ ※
リュシールとの結婚式にセリーヌが飛び込んできたとき、アレックスはその手を取ってしまった。
その結婚が和平のためのものだということも、自分が背負っている責任も義務も、全部頭の中から消えていた。
ただその手だけが、その苦境から連れ出してくれると思ってしまった。
そう、アレックスにとってその結婚は正に『苦境』だった。
威圧感半端ない、完璧な花嫁姿のリュシール。
その横に並ぶには、アレックスは力不足だった。
元々愚かな王子だったわけではない。勉強もそこそこ剣術もそこそこ、ごく一般的な青年だった。庶民として生まれれば、平凡な幸せを手に入れることができただろう。
けれど、アレックスは王族だった。
王族として恥じないよう、将来王の右腕となれるよう、幼いころから厳しく育てられた。
同時に、隣国のファストロ国との和平の証となる、ファストロ国のリュシール姫との婚約者として、負けないようにと言われてきた。
一方、婚約者であるリュシールは、幼い時から王族だった。
先を見据え、王族としての義務と責任をわきまえていた。
『リュシール姫を見習いなさい』
『リュシール姫はできるのに、なんであなたは…』
3歳下の女の子と比べられ、劣っていると叱られる。
何をしても認められない、褒められないアレックスは、やがて努力することも止めてしまった。
寄ってくるのは無能な貴族や野心家の貴族ばかり。わかっていたが、それに甘んじているうちに彼らを怪しいと思う心さえなくなっていた。
そして、セリーヌと付き合うようになる。
可憐な容姿と自分を頼りにしてくれるその姿に、アレックスは自尊心が満たされた。
それから4年。
いよいよ結婚を、という話になり、本当はセリーヌとの関係も清算するつもりだった。しかし、その決意も『結婚』が現実感を伴って近づいてくると揺らいでいった。
取り巻きから囁かれるリュシールの高慢さ。
王城内で噂されるアレックスの評価の低さ。
すべてから逃げ出してくてたまらなかった。
そんな中、差しのべられたセリーヌの手を掴み、その勢いのままリュシールの制止も振り切り、「たとえすべてを敵に回しても、この愛を貫いて見せる!」と、アレックスは堂々と宣言した。
その言葉で本当にすべてを敵に回したのだ。
家族も友人も、なにもかも。
冷たく自分を見据えるリュシールの視線で、ようやく自分が何をしたのかを思い知らされた。
エジェンスの者からは驚愕と軽蔑の視線。ファストロの者からは憤怒の視線。他国の招待客からは好奇心に満ちた視線。
血の気と共に盛り上がっていた気分も下がっていった。
「アレックス様?」
背中に添えられたセリーヌの手が、とてつもなく重い物のように感じた。
よくて幽閉。悪くて処刑。
じりじりと這い上がるように、恐怖に支配される。
『逃げればいいでしょう』
リュシールの、その言葉にすがりついた。
その後、セリーヌの侍女であるマリアの手引きで神殿を抜け出し、王都からも逃げ出した。
逃げるような旅路は、けして楽なものではなかった。『駆け落ち』という状況に酔っていたセリーヌも、わずか数日で現実の厳しさに音を上げた。
満足に手入れができず、艶を失う髪に荒れる肌。蝶よ花よと贅沢に育てられたセリーヌには耐えられるのものではなかった。
「もう嫌です。帰りましょう、アレックス様」
そう言って縋るセリーヌだったが、すべては遅すぎた。
二人はすでに、どこへ行っても身を隠さねばならなくなっていた。
最初は追っ手から。そして、結婚の破談の話が広がると、民にさえ見つからないようにしなければならなかった。
『民を見捨てた王子』
アレックスは、いつしかそう呼ばれるようになっていた。
リュシールとの結婚の破談により、ファストロ国へ多大な賠償金が払われることになったという。そしていくつものファストロ優位の条約が結ばれた。
エジェンスの財政はひっ迫し、それにより来年から税が上がることが決定された。
「アレックス王子のせいで」
すべてはアレックスとセリーヌのせいだった。民に恨まれるのも当然だ。
「民に見つかれば、袋叩きですよ?」
「街を見たい」といったセリーヌに、アリスが冷たい視線で忠告した。
まさかそんな、と信じていなかったアレックスとセリーヌは、ふらふら街を歩いていたところを見つかり、危うく捕まるところだった。
殺気立ち追いかけてくる民の姿に、アレックスはようやくアリスの言葉を受け入れた。そして、自分がもう『王子』と呼ばれ、敬われていた存在ではないことも。
命からがら逃げ延びたアレックスとセリーヌを、アリスは「おかえりなさいませ」と何事もなかったかのように迎えた。
主人が命の危機だったというのに、心配するでもなく慌てることものない、平然とした態度。
王都を脱出するときからあった一つの疑念が、アレックスの中でようやく確信へと変わった。
アリスは味方ではない。誰かの手先だ。
それでなければ、自分たちを助けるわけがない、と自嘲とともに心の中で噛みしめる。
けれど、アリスしか頼れる人がいないのが現状だった。
旅の常識も、食糧の買い方も、箱入りだったアレックスとセリーヌにはわからないことばかりだ。
だから、アレックスは少しずつそれを覚えていくことにした。セリーヌは相変わらず自分の立場も周囲の状況もわかっていないようだったが、いつか必ずアリスが消える日がくるだろうから。
そんな、定住できず旅の日々。
必要な旅の知識を覚えようとしていたアレックスは、セリーヌへの気遣いもできなくなっていた。
そしてついに、セリーヌの我慢の限界がきた。
「帝国のデボラ様を頼りましょうよ」
アレックスの叔母であるデボラは、帝国の公爵家へ嫁いでいた。嫁ぐ前にはアレックスを溺愛と言っていいほど甘やかしていた人物だった。
「帝国に行けば、こんな不当な扱いはされませんわっ」
叔母への迷惑を考え躊躇したアレックスだったが、血走った眼で詰め寄るセリーヌとその後ろで薄く笑うアリスを見て、その提案を受け入れた。
逃亡生活3か月目にして、ようやく目的地が決まった。
※ ※ ※
アリスに導かれてきた目的地は、幽閉先だったのかもしれない。
帝国の叔母の屋敷を訪ねると、面会することもできず別の屋敷へと連れて行かれた。それから1ヶ月。叔母に会うこともできず、屋敷を出ていくこともできない。
けれど、最低限の身の回りの世話をしてくれる分、旅の日々よりはずっとマシだった。
しかし、慣れてしまえば旅の苦行も忘れてしまうものらしい。セリーヌは退屈で不自由な生活に日々不満を募らせていた。
「こんな不当な扱いを受けるなんて! デボラ様にあわせてちょうだい!!」
「やめろ、セリーヌ」
「なによっ、こんな生活を受け入れろっていうの?! もう嫌。出て行くわ!」
「ここから逃げて、どこへ行く? どこか田舎へ行って暮らすのか? それを耐えれるのか、あなたに。畑の仕事で爪が割れ、冬には水仕事で手が切れる。毎日毎日、自分で働いて自分で掃除をして食事を作って。そんな生活ができるのか?」
「イヤよ!!」
彼女の薄い緑色した瞳には、うっすらと涙の膜が見えた。睨みつけていた。
以前はふんわりと笑っていたはずなのに、そんな表情はずっと見ていなかった。
「もう嫌っ、うちに帰るわ!」
子供の癇癪のようにそう言って立ち上がると、部屋を飛び出して行ってしまった。追いかける数人の使用人の足音と共に、セリーヌが遠ざかっていく。
家に帰れるわけがないのに。受け入れてくれるはずがないだろう。
あんな風に、馬鹿馬鹿しい茶番で王家に泥を塗った二人を。
目を閉じれば、凛とした雰囲気をまとうかつての婚約者の姿が浮かぶ。誰よりも努力して、王族であろうとしたリュシール。
かつて、それがうっとおしかった。
常に比べられて、常に見習えと言われ、アレックスはそれが嫌だった。
けれど、あれからずっと考えていた。本当にそうだったのか、と。
何もすることができない、帝国での軟禁生活で、アレックスはようやく答えを見つけたような気がした。
―――好きだったんだ。
自分を頼るでもなく、ただ一人凛として立つリュシール。
結婚する意味はどこにあるのか、と思ってしまった。僕がいなくてもいいんじゃないか、と。
思えば子供のように拗ねていたんだ。
好きな子の関心を引きたくて、わざと離れてみせた。けれど、それは間違いだったのだろう。離れた分だけ距離は広がり、やがて修復できない関係へと変わってしまった。
『あなたが必要なの』とリュシールに縋って言って欲しかっただけなのに―――彼女のように。
もう何もかもが遅い。
もう一度大きくため息をついて、思い出の中のリュシールを見つめるために目を閉じようとしたとき、部屋の扉がノックされた。
「失礼します」
返事をする前にそれは開かれ、アリスが現れた。
そのことに、ここで自分はアリスより下なのだと改めて思い知らされる。
「お別れのあいさつに参りました」
「そうか」
「―――何も言わないのですか」
「あぁ、予感はしていたからね」
本来は密偵ではないのだろう。度々綻びが見えて、アレックスは苦笑する場面もあった。
気付かれているとアリスもわかっていたのだろう、特に驚くこともなく受け入れていた。
「あんまり向いていないよ、密偵に」
「っ。それはっ臨時だったから! 俺だって―――」
ハッとアリスが口を閉じた。
これには、アレックスも驚いてしまう。
「男、だったのか」
「そこは気付いとけよ!」
思わず、といった調子でアリスにツッコまれ、「それはすまなかった」と素直に謝った。
今までにないほど緩んだ空気が二人の間に流れていた。
「セリーヌはどうなった?」
「家に帰りたいっていうから、エジェンスに強制送還する。そこから戒律の厳しい修道院にでも送られるだろ」
最悪、消されることも考えていたアレックスは、「そうか」とわずかに安堵した。
「それより、あんたはこの先どうすんだよ。いずれは強制送還予定だけど」
本来お人好しの気質なのだろう。アレックスの末路を隠すことなく教えてくれる。そのことに苦笑しながらも、アレックスはとりあえず自分の希望を言ってみた。
「そうだな、逃げれるなら逃げようかな。旅の仕方も教えてもらったし」
「あぁ、ちゃんと仕込んだんだから、しっかり活用してくれよ」
最初うっとうしげにアレックスの質問をあしらっていたアリスが、いつの頃からか真面目にいろいろ教えてくれるようになっていた。やはり、気のせいではなかったらしい。
「ありがとう。ついでに一つ聞いてもいいだろうか」
「なんだよ」
「リュシールは…幸せかな?」
「―――1週間前にエリック様と結婚された。幸せかどうかはわかんねーけど、エリック様は不幸にするつもりはないだろう。そもそも、あんたが心配することじゃねーよ」
噂で聞いていたリュシールの結婚を肯定され、アレックスは口を閉じた。
いつも隣にいたリュシール。
自分から離れたくせに、アレックスは未練がましく彼女を想う。
「夜中、裏口を開けておく」
黙り込んでしまったアレックスに、それだけを告げてアリスは部屋を出ていった。
『逃げればいいでしょう』
「あぁ、逃げるよ。君が最後にくれた思いやりの言葉だろうから」
拙作を読んでいただき、ありがとうございました。
・・・格好良すぎ? もしくは、マトモすぎる?
当初、アレックスは落ちぶれて浮浪者のようにまでするつもりだったのですが、書いているうちに意外とマトモな人になりました。
あ、王族としてはダメダメですが。
離れて気を引こうとしたアレックスと、外堀を埋めつくしたエリック。
どちらがマシって、実はアレックスだったり?(笑)
恋愛脳のないリュシールに、離れて気を引こうとしたのが間違いですが。
次回はリュシールとエリックのお話。のんびり行く予定です。
よろしくお願いします。