竜の血脈
ズズッ……。
細く流れる滝のせせらぎ、草木の擦れる自然の音。そんな中聞こえた音は、先に展開されたテーブルに二人が腰掛け、一緒にお茶をすする音だった。
「はぁー美味し」
白いローブの女性、ドラグナーのティアは受け皿ごとティーカップをテーブルに置き一息ついた。
そして、目の前のドラグーンの男ラグナへと問いかける。
「ところで、ずっと疑問に思ってたんだけど、質問いいかしら?」
「ん、なんだ」
ラグナもカップをテーブルに戻すと、問いの先を促した。
「どうしてドラグーンは竜言語が理解できるの? それは私たちドラグナーの専売特許だと思ってたんだけど」
「ああ、そんなことか」
「そんなことって……。それで、どうなの」
真剣な眼差しを向けるティアを見返しつつ、ラグナは階段下でおとなしく座っている愛竜ロンドを見やりながら口を開いた。
「大昔、とある一人の子供がいたらしい。その子は好奇心が旺盛で、ある日、どこからか身の丈の半分ほどもある大きな卵を、重そうに抱えて持って帰ってきたそうだ」
「卵?」
「そう。その子の話によると、突然空から降ってきたらしい。その子の両親は、空から落ちてきたのに割れない硬度、そして卵の大きさから凡その中りをつけたんだろう。子供に竜族の卵かもしれないから、元あった場所に戻してこいと諭したそうだ。けれどその子は聞かなかった。自分だけの秘密の場所で大事に温め、そして幾日が経ったある日――」
「卵が、孵っちゃった?」
「そう。案の定、両親の推測は正しかった。それはレッドドラゴンの子供だった」
『ボーーーー』
退屈なのか、ロンドは火炎を空へと向かって噴き出して遊び始めた。
その様子を柔らかな笑みで見つめるラグナ。
「それで?」
「子供だからといって竜族は甘く見てはいけない、仮にも竜なのだからなにが起こるか分からない。そうその子の両親は危惧していたに違いないだろうな。けれど現実は違った。親と離れて孵化したドラゴンは、その小さな子を、小さいにもかかわらず自分の親だと認識した。親に甘えるようにコロコロと喉を鳴らし、食べ物を催促し、そして寄り添うように一緒に寝た。そうして二人は友達から、やがて親友と呼べるような存在になった時、竜は青年となったその子供に契約を持ち出したそうだ」
「契約?」
「死すべき時まで一緒だ、そう言って心臓の交換をしたらしい。それ以降、青年は竜言語を巧みに操れるようになった。その初めて竜と心通わせた青年の教えが、ドラグーンを育てた、らしい。それがドラグーンに伝わる伝説っていうか、昔話だな」
火を噴くことにも飽きたロンドは、終いには仰向けに横になりながら手足をバタつかせる。
まだまだ子供だなと、子を見守る親のような心持ちでラグナは微笑むと、テーブルに向かいティーカップを手にする。そして紅茶を一口すするとティーカップをテーブルに戻しながら訊ねた。
「なら逆に聞くけど、ドラグナーはどうなんだ。竜に変身したりも出来るって話だけど、物語みたいなのってあるのか?」
「あなたはドラグナーについてどの程度知ってるのかしら?」
「その程度だよ。あとさっき戦ってみて気づいたことって言えば、四元素の魔法がすべて使えるってことくらいか」
「そう。まあ信じられない話かもしれないけど、話してあげるわ」
もったいぶる様に前置きし言葉を区切る。そして、静かに語りだした。
「ドラグナーは、太古に存在していた竜人と人間の混血なの」
「竜人? あの絵本とかに出てくる御伽噺か?」
竜人伝説といえば、子供でも知っている有名な話だ。
とある詩人が、学者が発見した碑文の一部の解読文を分かりやすいようにまとめ、そして誰でも読めるように噛み砕いて説明した伝承。今では童話になったりもしている。
一般的には、それは空想の中の話だと思われている。
太古の昔、人との友好な関係を築こうと竜がもっとも人に歩み寄っていた時代。
そのままの姿ではどうあっても人を脅かしてしまう。そこで竜族が取った方法は、新しい魔法を編み出し、自身の姿を限りなく人に近づけるというものだった。
そしてそれは成功し、人との対話が実現した。
やがて人が竜を知るにつれ、竜が人を知るにつれ、互いに互いを認め合い、そしてついには人と竜人との子孫が誕生した。
一般的に御伽噺だとされる話だ。
「御伽噺や与太話じゃない、これは歴とした史実。遥か昔はドラゴンも人へと変身することが出来たらしいの。今はもうその能力は退化してしまっているけど。なぜそうなったかは分からない。たぶん、必要がなくなったからでしょうね」
「どういうことだ?」
「そのまんまよ、人と関わることをやめなければならない何かが起きた。私はそう勝手に解釈してる。何が目的で人間と交わったのかも理解が出来ないけど……」
そこまで話を聞くと、なにか頭を過ぎったのか、ラグナは口を開いていた。
「それはもしかしたら、ファフニールに対抗出来うる人間を生み出すため……じゃないのか? 大昔から黒竜と人との争いは続いてるわけだろ」
彼の言葉に、あごに手をやり思考する。
「……まあ、一理あるかもしれないわね」
「けど疑問だな。聖剣なんてものがありながら、昔の人間には退治出来なかったのか?」
その問いに、小さくため息をついたティアが答えた。
「退治は出来たんでしょうね。現に残存する碑文には人間の勝利が刻まれたものがあるし」
「……いや、退治出来たんならなんでまだ存在してるんだよ」
ラグナのもっともな物言いに、ティアは思い出すように腕組し瞳を閉じながら説明を始めた。
「これは聖域の碑文に書かれていたことよ。黒竜はその命が危機に瀕した時、卵を生成するらしいの。そしてその卵は何人たりとも触れることすら出来ない結界に守られている。そして、いずこかへと消えるらしいわ」
「なんだそれ、じゃあ黒竜を完全に滅ぼすことなんて出来ないんじゃないのか」
「……でしょうね。これはあまり知られていない事実だけど。黒竜は卵を生成した時点で、その時のステータスをすべてその卵が引き継いでいるというの。せいぜい封印が関の山だろうけど、それが出来るのなんて四元素の意思に選ばれた巫女たちだけだろうし。きっと人々も半ば諦めてるんじゃない? 黒竜は完全には倒せないって」
黒竜は倒せない、オウムのように同じ事を繰り返すラグナの表情は、先ほどよりも真剣味を増していた。
黒竜の名が出る度に様子がおかしいことにティアも気づいていたのか、訝しむように眉尻を上げると彼に問う。
「どうしたの、さっきから様子が変だけど」
彼女の言葉に、いや、そう言って拍を置き、決意を改めたような真面目な顔をしてラグナは言った。
「黒竜ってさ、本当に敵なのかなって思って……」
「はぁ?」
彼の言葉に、寝転がって遊んでいたロンドもその動きを止めた。ゆっくりと起き上がり座り直すと、翼をばさりと大きく広げてからもう一度畳みなおす。
「あんたなに言ってるの? 黒竜が敵じゃないとでも思ってるの? あんなに大勢の人間が餌食になってるのに?」
「いや、それはそうだけど。そんなことは分かってるけどさ。でも、ファフニールも竜なんだ。俺は、出来るなら、会話が通じるのなら、ファフニールを説得したい。あいつだって好きで戦ってるわけじゃないはずだ」
訴えるかのような真剣なその言い草に、心底呆れたような顔をしながらティアはため息をついた。
「呆れた、こんな所に馬鹿がいたなんて。あんたそんなことでよく竜の意思に選ばれて聖剣の所有者になれたわね」
「…………」
彼女の辛辣な物言いに、ラグナは返す言葉もなく押し黙る。親に叱られる子供のように。
しかし次に発せられた言葉が、そんなヒリヒリとした二人の間の不調和な空間に調和をもたらした。
『だからだと思うよ』
ロンドの言葉に、二人はそろって振り返った。
『ご主人は、僕も時折思うほどには馬鹿だけど、きっとその竜を思う心が正しいからなんだと思う。きっと聖竜も、なにも黒竜を滅ぼしたいわけじゃないと思うんだ。そうファム……ファミュールも言ってる』
「ファムが……?」
見やった大地に突き刺さる聖剣ファミュールは、微かに青白く発光を繰り返していた。優しく語り掛けるように、何かを訴えるかのように。けれどその言葉は、ティアには届かない。所有者であるラグナにも、声は聞こえてこなかった。
「ロンド、言葉が分かるのか……」
『うん、僕には聞こえるよ。もともとこの剣は聖竜が鍛えたものだ。その魂が、意思が宿ってる。聖竜はすべての竜の母なる存在。竜としての属性は皆違えど、みんな聖竜から生まれ、長い年月をかけて派生していった種族だよ。そしてその意思の代弁者、化身と呼ばれる存在がファムだったんだ』
「聖竜の意思の、化身」
「ならファムは聖竜の意思そのものだったってこと?」
『そうだよティア。だからご主人をここに導いたのも彼女だ。きっとご主人の夢をファムが覗いたんだろうね。人間と竜族、また手に手を取り合える関係を取り戻す、その無謀で無茶苦茶な、一見馬鹿馬鹿しく思えるような壮大な夢をね』
「人間と、竜の共生……」
ロンドの話を聞き、ティアは視線を下げて物思いにふける。
本当にそんなことが可能なのだろうか。確かに自分たちには竜の言葉を理解することが出来る、その能力がある。けれど今まで自分は、竜をただ敵だと思って対処してきた。ただ従わせるものだとずっと思ってきた。それをこの男は友達だと叱る。竜を友達、そんなことを言う人間を一度も見たことも、出会ったことがない。ましてや歴史に名を刻む魔竜、悪竜……人々から畏怖され対峙し、時に退治し返り討ちにされ、そうして連綿と続いてきた激闘。その渦中に存在し続ける黒竜ファフニール、そのドラゴンまでをも、この男は説得したいと言う、そう願う。こんな馬鹿は見たことがない、出会ったことがない。
けれどそんな彼をファムは、聖剣ファミュールは、聖竜の意思は、所有者と認めその身を捧げた。だからなんだというわけでもない、信じているわけでもない。でも、彼には不思議な魅力がある、それは感じていた。自分にはない何かを持っている。それは『心』かもしれない。自分には芽生えることのなかった竜への愛情。それを彼は持っている。
信じてみてもいいかもしれない、ファムが選んだのなら、聖竜の意思がそう願うのなら……。
「はっ、本当に馬鹿。そんなことが可能だとでも思ってる? あの黒竜よ。人間を憎みはすれど、決して友好を結ぼうなんて考え、ファフニールにはないでしょ。それでも、あんたはあいつに立ち向かうの? 説得するの、出来るの?」
「出来るか出来ないか、そんなのはやってみないと分からないだろ」
「そりゃ当然。でも……死ぬわよ」
言葉に、ラグナはすっと椅子から立ち上がる。そしてバルコニーの手すりまで歩いた。ティアに背を向けながら、彼は場にいるすべてに聞かせるように、決意を口にする。
「そんなの、いつも死を覚悟してるさ。なんせ相手は竜族だからな、一人じゃどうがんばっても難しい。親父も竜に殺された。でも、それでも親父は竜を憎むなと言ったんだ。信じてたんだ、いや、信じてるんだ。いつかきっと、伝説のように、人と竜はきっと分かり合える、共生出来るんだってことを。親父の意思を継ごうなんて殊勝な考えは俺にはない。でも、俺もずっとそう信じてきた、子供の頃から。ずっと友達でいられる、ロンドがいたから」
主の言葉に呼応するように、真っ赤な火竜は翼を大きく広げた。ばさりばさりと羽ばたき、一度空中に浮遊した後、再び地上に腰を下ろす。
そよぐラグナの赤い髪。一度目を閉じ、再び開けると、同時に振り返った。
「だから、力を貸してくれ」
「え……?」
突然の申し出に、ティアは目を丸くする。いきなりなんのお願いか、まるで理解が出来なかった。
「なんだよ、そのキョトン顔は」
「いや、いきなりなに言い出すのかと思って」
「お願いだよ」
「だから、なんの?」
「俺は確かに竜の意思に導かれてここに来た。そして聖剣ファミュールの所有者だと認められはした。でもそれ以前に、ファムはお前の家族みたいなものだろ? だから勝手に聖剣を持ち出すわけにはいかない。そして、ティアは聖剣にしか効果のないエンチャント魔法が使える。だからそのお願いだ、俺に聖剣を、そしてティアの力を貸してほしい。ファフニールの目を覚まさせてやるくらいのこと、俺たちなら出来ると思うんだ」
肩をすくめると、ティアは静かな口調で、冷静な表情で訊ねた。
「何を根拠にそんなことを言えるの」
「根拠なんてない、あるわけないだろ」
「ないのにそんな危ないことに手を貸せって? 聖剣を危険に晒せ、と。もしドラグナーの秘法である聖剣になにかあったらどうするつもり?」
責め立てるような物言いに物怖じしながらも、ラグナは逡巡の後、答えを出した。実に、潔い答えだ。
ティアはその答えがなんなのか、内心で楽しみにしていた。口元が、少々緩んでいる。
「その時は、死んで詫びる」
「死ぬ? そしたら黒竜の説得なんて出来ないじゃない。どうするの?」
この答えでいいと思っていた彼にとって、それは思わぬ切り返しだった。
次の答えも楽しみなのだろう、もはや彼女は笑うのを堪えるので精一杯のようだ。えーっと、と目の前で焦り悩むラグナの姿を、ちらりちらりと横目で見やっては咳払いをしていた。
「その時は、黒竜を説得した後で、死ぬ?」
「ぷっ、あははは!」
「な、なんだよ」
とうとう我慢できずに噴出してしまったティア。何事かと吃驚してラグナは仰け反った。
「あんたって面白くって本当に馬鹿ね。黒竜を説得出来たんなら聖剣だって無事じゃない」
「言われてみれば……ん? でもそんなの分かんないだろ。折れてるかもしれないじゃないか」
「私には分かるわ。あんたは分かんないの?」
「わか――」
「らないなんて言ったら、その口の中に巨大な氷柱を即発で叩き込むわよ」
視線だけで人を射殺せるくらいの圧倒的な圧力、プレッシャー。彼女の手の形は、もう今すぐにでも氷の柱が発射できるようスタンバっていた。
背筋が凍る。自然、ラグナの口は硬直せざるをえなかった。
「あんた言ったじゃない。私の力を借りたいって。私の竜言語魔法を舐めてんの? たかが黒竜程度の鱗、私のエンチャントで強化した聖剣なら容易いでしょ? そう聞いてんのよ」
「すげぇ自信だな」
「当然。私、ドラグナーですから」
大きく胸を張り、ドラグナーであることを誇らしげに語る。
「てことは、力を貸してくれるのか?」
「しょうがないから貸してあげる。あんた面白いし、頭悪そうだから、知恵を出してあげるわよ。その代わり……」
いったん言葉を区切ったティア。その頬は少しだけ赤みを帯びていた。
なにを思ったのか、そんな彼女を覗き込むようにして、ラグナは信じられないことを口にした。
「なんだ? トイレにでも行きたくなったのか?」
「デリカシーなさすぎ! 馬鹿にもほどがある! 代わりに私のことをしっかり守れって言ってるのよ!」
あまりの心配りの出来なさにイラつき、半ばヤケクソ気味に思いを伝えたティア。その顔は怒りからか羞恥からか、真っ赤になっていた。
『ご主人ご主人』
今まで傍観していた赤い火竜が、どこか楽しそうに言葉を発しながら主人の下へと歩み寄る。
「どうしたんだロンド、やけに嬉しそうだな」
『これが巷でうわさのツンデレってやつじゃないのかな、ボク初めて見たよ』
「ツンデレ? なにそれ」
いまだ顔の熱が下がらないティアは、自分のことを言われていることに気づくと、その言葉の意味を竜に訊ねた。するとロンドは得意気に胸を張り、勝ち誇ったような態度で意味を口にする。
『普段はツンケンしてるのに、たまにデレる人のことを言うんだってさ』
「って、誰がデレてんのよ!」
「へー、だからツンデレねー、よく知ってるなロンド。……ていうか、お前はどこでそんな言葉を拾ってくるんだ。お父さんはそんな子に育てた覚えはありません!」
「って、私を無視すんな!」
「悪い悪い。でも大丈夫だ、ファムにもティアのことをよろしく頼むって言われてるしな。ドラゴンと交わした約束を、俺は絶対に反故にしたりはしない。そう言う意味でも、命をかけるさ」
途端に真剣な顔をして、ティアの青い瞳を見つめながら言うラグナ。
まるで後ろに薔薇でも咲いてるのかと一瞬目を疑ったティアは、気恥ずかしそうに視線を逸らした。先ほどよりも顔が余計に熱くなる。少しでもクールダウンしようと、ローブの胸元をパタパタと引っ張り風をおこす。
「あ、ありが、とう?」
「なんで礼なんだよ、おかしな奴だな。ティアはいつもの調子がらしいんだろ。俺も、その、嫌いじゃないからさ」
「……え」
「あーいや、別に深い意味はな――」
「あんた今、私のことが好きだって言ったの?」
「いや、そんなディープな物言いはしてな――」
「これはプロポーズね、そうに決まってる。そうじゃなかったら口に氷柱を――」
「即発だけはやめてくれ!」
「祝言ね、祝言を挙げましょう、いつか」
「いつかっていつだ! てかその前に“しゅうげん”ってなんだ。終焉のことか!?」
「祝言も分かんないの? 本当に仕方がないわね」
二人のやり取りをくすくす笑いながら見ていたロンドが、ラグナの耳元に顔を近づけながらその意味を教える。
『ご主人、祝言って言うのは縁組のことだよ』
「縁組? ってことはつまりはあれか……?」
『婚姻、結婚することだよ』
「結婚!? いつからそんな話になってる! 俺はただ普段通りのティアも悪くないって話をしただけだぞ」
「なに照れてんの? 男らしくないわね、ドンと構えられないの」
「すいません、って違う。祝言なんて挙げないから、それこそ終焉だから」
「失礼ね、天国かもしれないじゃない。それに、命をかけてまで私を守るって約束したのはどこのどいつ?」
「あれは失言だったなぁ」
遠い目をするラグナ。その先に、いったい彼は何を見ているのだろうか。
「むかっ。それに何の理由もなくこんなことを言い出すとでも思ってるわけ?」
「……理由があるのか?」
「か、勘違いしないでもらいたいのは、別にあなたが救ってくれたから、とか、ファムに選ばれたから、とか、そんなことじゃないから」
「んー?」
本気で分からない、といった険しくも苦々しい表情で唸り声を上げるラグナ。
見かねたのか、呆れたようなため息を吐いた赤い竜は、勢い余ってちょろっと火炎を吐き出した。次の瞬間、ラグナの耳先が少し焦げ付く。
「あちーよ!」
『あ、ごめんごめん。でもご主人、いいお灸になったと思わない?』
「どういうことだ?」
『鈍すぎるのも考え物だって事だよ。ボクも開いた口が塞がらないって言うか、呆れ果ててため息しかでないよ』
「鈍いって、敏捷値ならけっこう高いんだぜ?」
『ステータスの話じゃないんだよ。ごめんねティア。ご主人は竜ばかり追いかけていたから、こういうことにはとんと疎くて』
本人ではなく、その僕の火竜からの謝罪に、ティアも落胆の息をはいた。
「ま、疎そうだって事はなんとなく分かってたけどね、ていうか愚鈍ね。まあいいわ、なら言葉にしてあげる」
呼吸を整えるように軽く深呼吸。そして、出来うる限り平生に、平常に、平静に努めながら言葉を紡いだ。
「あなたが好きになりました、あなたといると疲れるけど楽しいの、まずはお友達でいいから付き合ってください、やがては結婚しましょうそうしましょう」
「いやまだ俺は納得してな――――ていうかキャラ崩壊も甚だしいぞ、こんなキャラだったのかお前!?」
「いちいち煩いわね。私の初恋受け取るの、受け取らないの?」
もう恥ずかしがるのも馬鹿らしくなったのか、強気なティアはガンガン攻め立てる。
その迫力に気圧されて、狼狽えるラグナはついつい返事をしてしまった。
「え、あ、はい……よろしく」
安易に返事してから気付いたが、もう遅い。見れば可愛らしく小さなガッツポーズを決めるティア。その表情は心の底から嬉しそうな、キラキラとした笑顔だった。
ドラグナーというのは、さすが伝説と謳われるだけのことはあると、内心で尊敬しつつラグナは恐れ戦いた。
そのすぐ脇で見ていたロンドも、口には出さないが心の中で思う。『(これはお尻に敷かれるな)』と――――。
それからこの数年後。
反抗する心をへし折られたラグナと、旨いこと彼を飼いならすティアの間に、一人の女の子が生まれる。少女の名前はレティ。ドラグーンの父と、ドラグナーの母を親に持つ、ドラグナーの少女。
一子相伝であるドラグナーの血を色濃く受け継ぐレティ。少女が活躍するお話は、また別の話だ――――。
~Fin~
『ドラゴニック・ラヴァー』をお読みくださり、ありがとうございました!
ジョブ・ストーリー七作目は、第一作である『小さな魔女とファフニール』その主人公レティの両親の馴れ初めのお話でした。
馴れ初めとか謳っておきながら大した話が書けなくてすみません。
執筆期間が空いてしまい、本来書こうと思ってたことが書けなかったり忘れてたりで、自分の未熟さを痛感しました。
長々と書くのもあれなのでここら辺で切り上げますね。
読んでくださった皆さま、本当にありがとうございました!