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蒼碧の聖剣ファミュール

「黒い……竜……」


 黒いローブの男が生み出した召喚魔法。

 その竜の色を目の当たりにしたティアが慄きながら呟いた。


「あんた、聖域を捨てたの……」


 怒りに声を震わせながら放った言葉に、男は嘲笑しながら返答する。


「くく、ああそうさ。中央聖域の守護の強化のために、周囲の結界の強化に勤しまねばならん。そんな退屈な人生は飽き飽きしてたんだ。外の世界で面白おかしく生きた方がずっと有意義だろう? だから黒き意思に魂を売ったんだよ。

 それにだ、中央の守護者がこんなガキだったなんてな、もっと早く知ってれば、無駄な時を過ごさずに済んだってのに。まったく、今までの無為な時間を返して欲しいもんだぜ」


 やれやれと呆れたように肩を竦める男。

 自身の存在意義を否定されたも同然なその言葉に、ティアは強く拳を握る。

 戦慄く身体を抑えようとしても、心底から湧き上がる怒りの炎はなかなか鎮火されない。

 それどころか、そんな自分の行為ですら火に油を注いだように憤怒の焔が猛り燃え盛る。


「ほぉ……さっき感じた波動と同じ……。古の守護竜を召喚するのか」

「ふふっ、もう泣いて謝っても、許して……あげないから」


 額に玉のような汗を滲ませながら、殺気のこもった視線を男へ向ける。


「謝る? 冗談もほどほどにしろよ。泣いて命乞いをするのは女、お前の方だろ?」


 先ほどラグナへと向けられた力よりも数倍強力な魔力を練っていくティア。

 しかしそれにまるで臆した風もなく、余裕の笑みを浮かべながら男は続けた。


「最高位に位置する召喚を日に二度も、しかもほぼ続けざまに放とうなんざ常軌を逸してる。命を削る度胸は認めてやるが……それでも俺は殺せないなぁ」


 渦巻く黄金のオーラに、ティアの金髪が舞い踊る。

 不定形な金色の魔力はなかなか安定せず、ティアはなかなか竜の形態を形成することが出来ずにいた。

 くくく、と小馬鹿にしたような乾いた笑い声が響く。


「なにが可笑しい!」


 自身のキャパを超えているのか、それとも根っからの負けず嫌いなのか。そう声を張り上げるティアの瞳には、悔しさが涙となって滲んでいた。


「そりゃあおかしいさ……。何故ならお前の死が確実なのに、それでも気張って向かってくるんだからな。その無駄な一生懸命さ、嗤わずにはいられないだろう?」

「ふん、まだ勝ってもいないのに、ずいぶんと余裕ね……」

「当たり前だ、お前に勝ちは無いと言ってる。これに根拠がないと思ってるのか?」


 にやりと一瞬厭らしい笑みを口の端に浮かべる。そしてそれは、言い終えると同時だった。

 男の魔力が一気に膨張し、周囲に黒い霧状となって発散される。男の姿が見えなくなり、黒い霧はやがて質量を伴いだす。

 それは目に見えて形を変化させ、霧状だったものは男を取り込むと、ごつごつとした岩のような黒い骨格を作り出していく。

 その変化していく様の一部始終を目の当たりにしていたラグナがごくりと息を飲む。


「ブラック、ドラゴン……」


 同時に呼び起こされる記憶――。

 愛する家族へと向けられた愛情に満ちた優しげな男の笑顔。別れ際に髪をわしゃわしゃと乱暴にかき混ぜられた感覚。力強くて逞しい声……。

『じゃあ、行って来る。母さんを頼んだぞ、ラグナ』

 ――十二歳の頃に死に別れた父、ジークの背中だ。


 ジークはブラックドラゴンの生態を研究するため、仲間と共に竜の巣へと旅立った。

 卵を見つけて持ち帰る、それが目的だ。

 人間と一度も共生したことのないレッドドラゴンの亜種。色の違いだけでなにが異なっているのか。いまだ未知のその事実を突き止めるのが、彼の竜騎士とは別にある仕事だった。

 竜族研究機関でも特に熱いハートの持ち主だ。暇さえあれば「全ての竜と人との共生の可能性」やら「竜と人の主従と隷属」やらをテーマに熱弁をふるうほどだった。

 しかし竜の巣で彼ら研究グループはブラックドラゴンに囲まれて全滅した。

 どういう状況で死んだのか、残された遺族は知る由もない。遺体も骨も、遺族の元へは帰ってこなかったのだから。

 あの無駄に暑苦しい、竜への愛情なら誰にも負けないと豪語していた父が死んだ。

 悲報を聞かされた時、初めはなにも実感が湧かなかった。

 それから一週間。母が父の遺品を整理していた時に手紙が見つかる。酸化した紙の状態から、ずいぶん前にしたためた物のようだった。

 そこにはいつ死ぬかも分からない研究に手をつけようとしていること、まだ幼いラグナを心配する言葉、幸せな時間を共有できて嬉しかったということ。そして、付け足されるように、強調するように書かれた言葉があった――――


「竜を……憎むな……」


 けれど目の前にいるのは竜ではない、竜の姿をした人だ。

 だからというわけではない。竜ではないから、怒りに震えているんじゃない。

 父の仇を模したモノが、目の前にいる。竜を愛してやまなかった父を侮辱するような行い。ただその事実だけが、ラグナの怒りの炎に油を注ぐ。

 そして今、まさに目の前で、死闘を繰り広げようとしているのだ。もしかしたら死ぬかもしれない、ティアが死ぬかも……。

 ドラゴンにかかわり命を落とす、そんなことはさせたくないし見てなんていられない。

 しかしそれでもラグナの身体が石化したように硬直して動かない。さっきまで飄々としていた相手の、底知れない力の前に畏怖しているようだ。

 目の前でパチパチと火花が散る。喉は砂漠を歩いているようにカラカラだ。

 なにも出来ない情けなさ、遣る瀬無い怒りだけが頭の中で爆発的に増殖していく。

 そんな時だった――――


『(落ち着いて)』


 突然頭の中で響いた清流のような綺麗な声。それはさっきまで聴くことの出来なくなっていたファムの声だった。


「ファム……」


 声に振り返ったラグナの元へ、のしんのしんとゆっくり近づいていくファム。

 その瞳は今までの臆病なものでは決してなく、確かな決意を感じさせる真剣そのものだった。


「なにを、するつもりなんだ」


 短い時間だけだが一緒にいて、この竜がなにかをしようとしていることくらいならラグナにだって理解できる。それだけ表情が本気を物語っていた。


『(もちろん、ティアを護るつもり)』

「ティアを護るって、お前、死ぬつもりなのか?」

『(そんなつもりはもちろんないわ)』

「だってあんなの、勝てるわけ……。魔力のデカさが半端じゃない、気質のヤバさが俺にも分かる。あれはダメだ、逃げた方がいい。囮にくらいなら俺にもなれる、だからティアをつれて逃げ――」


 そこまで口にした時だった。

 銀色の竜がふるふると小さく首を横に振った。


「なにか、策があるのか」


 そして頭を下げるように一度頷くと、ファムは口を開いた。


『(あなたの力を貸して欲しい)』

「俺の……、でもなんで。俺は魔力だってない、まともにやりあえばティアにだって負けるかもしれないんだ。そんな俺に出来ることがあるのか……」

『(あなたは竜の意思に選ばれた、聖竜の預言書に記されたドラグーン。だからこの中央聖域に導かれた)』

「その竜の意思に選ばれると、どうなるんだ」

『(聖剣の所有者に相応しい者……だから、あなたに托そうと思うの。蒼碧のファミュールを)』

「ファミュール……」


 ラグナが聖剣の名を口にした、まさにその時だった。

 ファムの銀色の体が青白く発光し、広場を眩い閃光が迸る。ブラックドラゴンと化した男の魔力を打ち消しそうなほど、それは温かくて優しくも荘厳な、聖なる気に満ち溢れた光だった。


「な、なんだこの光は!?」


 あまりの光量に目を細め、光の出所に振り向いた男が吃驚する。

 ティアも自身の魔力の質に似て異なる存在感に、何事かと振り返った。


「ファム……?」


 そこで見たものは、今にも消えそうなほど向こうの景色が透き通る、限りなく透明に近い青碧の体をしたファムの姿だった。

 言い知れぬ不安に駆られたティアは召喚の詠唱を解いて、ファムの元へと駆け出した。

 心配そうに駆けてくる彼女に、ファムは愛しむように優しげに目を細める。


『(ティア……)』

「ど、どうしたのその体、なにをされたの。まさかこいつが――」


 そう言ってラグナを睨むティアの言葉を遮るようにファムは首を振る。


『(あなたに、伝えたいことがあるの)』

「っ!? 聞こ、える? ファムの声が聴こえるわ……なんで……」


 今までただの一度だって聴いたことのないファムの声。それに戸惑いを隠せない。


『(今まで、ありがとう。そしてごめんなさい。あなたが私と会話が出来ないことに傷ついてたのを知っていた。幼い時から一緒にいたんだもの。イライラしたよね、辛かったよね)』

「ね、ねえ、なにを言って――」

『(いいから聞いて、これで、お別れだから……)』

「お別れって……どういうこと?」

『(私は中央聖域の守護竜として、聖竜の書に記された竜の意思に導かれし者をずっと待ってた。そして、彼が来た)』


 ファムはラグナを見つめた。つられてティアも目線を移す。


『(彼は信用に足る男だわ、私には解る。ティアも護ってくれるって……)』

「わたしを……護る、こいつが? 冗談でしょ、逃げ回ることしか脳がなかったこの男に、私が護られる?」


 信じられないといった様子でティアは反論する。

 その言葉がもっともだと何も言い返せないラグナは、ファムの言葉を待った。


『(彼がここへ導かれたのは竜の意思。それでも、信じられない?)』

「…………」


 問いかけに、ティアは何も答えない。

 ドラグナーの間では、聖竜の意思とされているものは神の言葉にも等しい。

 信じたい、けれど信じきれない心の葛藤が、彼女を沈黙させた。

 そんな彼女を宥め諭すように、ファムは静かに言葉を紡ぐ。


『(大丈夫、彼なら……ラグナならきっと使いこなせるわ。聖剣ファミュールを……)』

「ファミュール……それが聖剣の名前なの……あれ、ファミュール? ってもしかして――」

『(そう、あなたも気づいたようね。ファミュールは私の本当の名前。そして、聖剣の名。あなたが命を賭して、削ってまで護ろうとしてくれた、護ってきてくれたもの。

 だから、これからは私があなたを護る剣になるわ、聖竜が打ち鍛えし蒼碧の剣ファミュールとして……)』

「待ってよ、それじゃああなたはどうなるの、お別れって……もう、会えないの……?」


 ティアの言葉に、ファムは静かに頷いた。けれど同時に首を横に振る。


『(もう会えないわけじゃない。彼があなたの傍にいるのなら、私はいつだってあなたの傍に……)』

「ダメ、そんなの許さない! わたし、あなたに……いっぱい酷いことした、言った……。まだ……謝ってもいないんだから……」


 ティアの声が震える。見れば薄っすらと涙を滲ませていた。


『(知ってる。知ってたよ……本心じゃないってことくらい。ティアが小さな時から、ずっと一緒だったよね……。

 両親が大戦に駆り出されて戦死された時も、あなたは泣かなかった、私の前で。でも、ずっと寂しかったんだよね、辛かったんだよね。泣きたいくらい辛かった、でも気丈に振舞った。だから遣る瀬無い思いのやり場として私に当たっちゃったんだ。

 身近にいながら、竜の姿をしている私と会話ができなかったことに、ドラグナーとしての資質がないんじゃないか、ずっと不安にも思ってた。相応しくないんじゃないかって。それでもあなたはここを護り続けた。自分にはそれしかないんだって言い聞かせて……)』


 辛かった日々を思い出し、ティアの瞳は溢れんばかりの涙で溺れていく。それは同時に懺悔であるかもしれない。

 今にも零れ落ちそうな涙を必死で堪え、そしてティアは言葉を紡ぎだした。


「ごめん……ごめんね、ファム。いっぱい怒って、酷いこといって……。でもわたし、独りじゃなかったよ……あなたがいたから……がんばれた……なのに――」

『(もう、いいんだよ。そんなに自分を責めないで。竜である私が消えても、ずっとあなたの傍にいるからね。ずっと傍で、見守ってるから)』

「ファム……」


 二人は寄り添い、ファムはティアの繊細な身体を大きな両翼で包み込む。

 無限の包容力を感じさせる温かさ。それはいつだって傍で感じていた。

 懐かしい日々の想い出を、ずっと忘れていた幼い頃の情景を、瞬時にティアは思い出す。

 最期の別れを惜しむように、互いに抱きしめ合う力を強めた時だった――


「おーおー、泣かせる話じゃねえか。にしてもそのドラゴンがまさか聖剣だったなんてな! やはり聖剣はこの聖域にあったってわけだ」


 眩しさに目が慣れてきたのか、ドラグナーの男は嬉々とした眼差しを向けながら、純粋な雰囲気を無粋な一言でブチ壊す。

 覆っていた翼を開くと、ファムは優しく添えていた腕も解いた。そしてティアからそっと離れる。


「ファム……?」


 泣き腫らしたように充血した瞳をファムへと向けたティア。

 ファムの目つきが真剣さを取り戻したことに思わず息を呑む。それは畏怖したのではなく、これほどまでに美しいドラゴンを見たことがない、そんな驚きからだった。

 黒い竜と化した男へ向き直ると、ファムは敵と見なした者へ鋭い目つきで睨みを利かす。


「ふん、気に入らない眼だ……だが、俺は手に入れるぞ。聖剣を」


 いまだ発光の止むことのない、むしろ輝きを増していくファムへ改めて物欲を口にする男。

 自身の体に起こっている変化に、まだ気づいていない様子。

 しかしラグナはそれに気づいた。黒い竜の体から、尻尾の先の方から微かに昇華されていく真っ黒な魔力の煙。

 ファムの神気に中てられたことで、黒き意思に魂を売った男の邪悪な魔力が浄化しているようだ。


 ――――いける。

 ラグナは素直にそう直感した。


『(ラグナ、私の想いとともに、あなたへファミュールを託すわ)』


 ラグナの気持ちに同調するように一言、そういい残したファムの体が爆発せんばかりの勢いで一瞬光輝を放つと、その輝きは収縮しながら竜の姿を変えていく。

 徐々に小さくなっていく光。やがてその形状は幅広の両刃の長剣へと変化した。

 刃を下にしたまま地に落ち、そのまま地面に突き刺さる。

 まるで磨き上げられた青水晶のように透き通る刀身は、純水を、空を、閉じ込めたかのように美しい。


「「これが、ファミュール……」」


 二人の声が重なった。

 互いに顔を見合わせると、どちらからともなく視線をそらす。

 けれどラグナは、聖剣へと目線を落とし、その柄に手を添えると静かに呟いた。


「ファム、お前の想い、確かに受け取ったよ」


 触れたことで改めて感じたファムの願い。

 それは純粋にティアの幸せを願うものだった。

 傍にいながら何も出来なかった、してあげられなかった。

 むしろお荷物となっていたことに、束縛していたことに、そして心の支えになれなかったことをずっと後悔していた。

 けれど身を切り苛むような遣る瀬無さと切なさを押し込めて、それでもティアの幸せを願い続けた。いつか開放される時が来ることを信じて、待ち続けた。

 自身の願いを叶えてくれるであろう語られる者の存在を……。ティアを守ってくれるかもしれないドラグーンの存在を……。


 ラグナの言葉に反応を返すように、透き通る水色の刀身は淡く柔らかな発光を、胎動するように繰り返す。

 聖剣を大地という名の台座から引き抜くと、ラグナはおもむろにそれを構えた。

 振れば空さえも切り裂けそうなほど、鋭い切っ先を男へ向けて。


「はっ、やる気満々だな。ガキが粋がりやがって」

「余裕かましてられるのも今のうちだぞ、おっさん」

「なんだと?」

「気づいてないのか……自分の体、見てみろよ」


 ラグナの指摘に対し、自身の体へ目を向けた男。ようやくその変化に気づいたようだ。


「な、変身が解ける、だと」


 尾の先から消えていた黒い竜の体は、もう既に足の付け根辺りまで消えかけていた。

 驚愕に顔を歪めながら、男は慌てた様子でブレスの準備をし始める。

 大口を開けて大きく息を吸い込むと、いったんそこで静止した。瞬間、喉奥でバチッと弾けた火花のような光。

 そして男は魔力を練りつつ、心の中で詠唱を開始する。


 ――――勝機!!

 硬直した男の様子に、今しか好機はないと判断したラグナ。ググッと姿勢を屈め、ドラグーン持ち前の瞬発力を発揮し男へ向かって突進しようと意気込んだその時だ――


「ちょっと……」


 脇から急に声をかけられた。


「うわっ、と」


 あまりにびっくりしたもので、勢いあまって前方へ転んでしまった。

 咄嗟に立ち上がり戦闘姿勢を整え直すと、ラグナはティアへと振り返る。


「なんだ、どうしたんだ急に、ビックリするじゃないか」

「なんだじゃない」


 見ればその顔は紅潮しているようにも見て取れなくはない、くらい仄かに頬を染めているティア。

 視線はラグナへ合わすことはなく、そっぽを向いていた。


「いま絶好の機会だぞ。逃すとブレスの餌食になりかねないんだ、だから止めてくれるなよ。なに考えてるんだまったく」


 なるべく刺激をしないように、やんわりと行為を咎めたラグナ。それに対してティアは気まずそうな顔をしながらラグナの傍へと歩み寄る。


「どうしたんだティア?」

「エンチャント……」

「え?」

「だから、エンチャントよ!」

「いや、だからそれがどうしたんだよ」

「なんの為にあるのか解らなかった魔法。ドラグナーは基本的に武器を持たないから、自分の武器にエンチャントするんじゃないってことは解ってた。

 だからナイフで試しに使ってもみた。でもそのナイフは蒸発しちゃって……普通の装備に使うものじゃないってこともよく理解できた。

 そして今、ようやくその用途が解ったの」


 おもむろに聖剣へと手をかざす。そしてティアはよく解らない言語を唱え始めた。

 するとファミュールの透明の刀身から、青白いオーラが立ち上る。刃全体を覆いつくすその光は熱く、そして神気に満ち溢れていた。


「これがエンチャント……よくわかんねえけど、凄いな!」

「不本意だけど、この場はあんたに頼らないと乗り切れないみたい。わたしにはもうMPが残ってない。召喚も、元素魔法を放つことすらも出来ない。

 だから、お願い。わたしの……“わたしたち”の思い出のこの場所を、どうか護って」


 初めて人に頭を下げた。

 いままで見下していた他の人間。

 でも、この男――ラグナなら、信じてもいいと思った。

 竜の意思が、聖剣が……いいえ、ファムが認めた男だから。


 ティアの懇願に頷きを返したラグナ。その瞳には力強い意志が感じられる。

 真剣な眼差しで彼女の瞳を見つめ返し、そして口にした。


「俺にしか出来ないのなら、やるだけだ」


 ティアに背を向け、いまだブレスのチャージが完了しない男へ向き直ると、ラグナは背中越しに愛竜ロンドへ声をかけた。


「ロンド、特攻をかける。いつものやつを頼むぞ」


 すると久しぶりに声をかけられて嬉しいのか、ロンドは尻尾をぶんぶん振り回して喜びを大いに表すと、主人の背中へ返事をした。


『(ご主人、任せてよ!)』


 再び腰を沈め、突進の準備をするラグナ。

 それに合わせてロンドも強く息を吸った。

 ドラグーンの瞬発力および強靭な脚力をフルに発揮し、上空に飛び上がる≪ジャンプ≫ではなく、相手へ向かって突っ込む地上スキル≪ハイダッシュ≫

 何度か息を吸って吐いて。

 気息を整えたラグナは気を引き締める。

 ロンドも息を止め、ブレスの準備は整った。

 そして、――――ザッ。

 大地を強く蹴り、ラグナは常人とは並外れたスピードで跳躍し、敵へ向かって突っ込んでいく。

 彼が剣を脇へ構えたのを合図に、ロンドは翼を広げてブレスを思いっきり解き放った。

 猛然と飛んでいく火球はラグナの跳躍スピード以上の速さをもって、彼を追尾していく。

 ラグナとの距離が最短になった頃、火球は地面を大きく抉り、そこで爆発を起こした。

 地面のピースが舞い上がり、パラパラと音をたてて大地に散乱する。

 爆風によりさらなる加速を得たラグナは、一直線に男へ向かって飛んでいく。


 ブレスの準備に忙しかった男は爆音に気づき、意識をラグナへと戻した。


「くっ、クソが! こうなりゃヤケだ、未完だがこれだけあれば屠れるだろう」


 と焦り声を出しながら詠唱を解き、まだチャージの終えていない状態で真っ黒い煙の塊みたいなブレスを吐き出した。


「愚かね……」


 その様子を後方で見ていたティアが、憐れむように呟いた。


「うぉおおおおお!」


 黒いブレスは真っ直ぐに自分へ向かって飛んでくる。このスピードで避ける術はない。

 だったらどうするか……。気合を込めて、たたっ斬る!

 声を張り上げながら、ブレスの塊を下から斜めに切り上げたラグナ。

 すると男の放ったブレスは、パン! という破裂音とともに雲散霧消した。


「ば、馬鹿な……」


 消え続ける竜の体を慄かせながら、もはや上半身のみとなった男が恐怖に声を震わせる。

 体制を整えたラグナは、いまだ勢いの衰えないまま加速度的に突っ込んでいく。

 そして大きく聖剣を振りかぶる。

 危機を感じたのか、男もそれに合わせて鋭い鉤爪のついた手を振り上げる。


「はぁああああああ!!」


 男とすれ違いざまに交差する聖剣と竜の手。

 勢いそのままに男の後方へと逃れたラグナは、地面に手を付き、跳ねて体を反転させながら着地し、ズザザザーと大地を削りながら大樹に背を打ち付けて静止した。


「ガハッ!!」


 苦悶の声を先に漏らしたのは、ドラグナーの男だった。

 見れば黒い竜の上半身は真っ二つに割れ、霧状へと戻り、霧散する。

 変身が完全に解けた男の体も、袈裟に切り裂かれて大量の出血をしながら大地に横たわった。


「くく、くはは、まさか、これほどまでとはな。手に入れるために聖域を捨て、黒き意思に魂を売ったってのに……ははっ、とんだピエロだぜ」


 ピクピクと痙攣しながら男は悶え、自身の失敗を嘆く。

 芋虫のようにのたうつ男を冷視すると、ラグナは静かに口を開いた。


「どのみち、竜の意思に選ばれない時点で、あんたに聖剣は扱えなかったさ」

「はっ、ガキが知った口を……」

「聖剣の意思も、あんたには絶対に叶えられないことだからな」

「……ふん、まあいいさ。どちらにせよ、これで面倒くせえ生から解放されるってもんだ。俺は清々してるぜ――ぐ、ゴボッ」


 男の口から出た大量の吐血が大地に染みを作っていく。

 斬られた箇所から流れ出る血と交わり、大きな地図を描き出した。


「はぁ、はぁ、俺は死ぬが、黒き意思は不滅だ……。また俺みたいなどこぞの馬鹿が、そいつ目当てに魂売って、やってくることもあるかもしれないな……」

「その時はその時で、また俺が切り伏せてやるさ……。それがティアを護ることになるのなら、俺は躊躇も遠慮もしない。

 彼女の幸せが、聖剣の意思だから」


 くくく、と乾いた嘲笑が聞こえた。


「青臭いな……」


 ドラグナーの男はそれだけを残して、黒い霧となって消えていった。

 地面に汚い、地上絵を残して……。



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