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黒い来訪者

 土砂が勢いよく吹き上がる。すべての光を包んで広がった土煙がやがて晴れる頃……。


「ど、どうなった……」


 顔を覆っていた腕をどけ、眩んだ目を僅かに開きながらラグナは呟いた。

 その視線の先。ティアとファムを巻き込んだ黄金竜のブレスの爆心地。歪な円状に大きく抉れた地面が、その威力の凄まじさを物語っている。

 そしてその中心、いまだ煙の立ち込める穴の中に、微かに浮かび上がるシルエット。

 白銀の体躯を折り曲げ、翼を広げたファムの姿があった。


「ティア、ファム、大丈夫か!?」


 ラグナは駆け出し斜面を滑り下りる。クルルッと心配そうに唸りながら、ロンドも彼に追随した。

 心配そうな彼の表情は、しかしすぐさま安堵のものへと変化する。

 土埃に塗れてはいるが、ファムの巨躯には傷一つ見当たらなかったのだ。


「よかった、と安心してる場合じゃない」


 ほっとため息をついたのも束の間、ラグナはファムの下にいるであろうティアへと声を投げかけた。


「ティア、無事か!? 生きてたら返事しろ! おい!!」


 彼が必死に呼びかけるも、ティアからの返事はない。

 ラグナの顔から血の気がサーっと引いていった。

 愕然とした表情を浮かべ、ファムの体に手を添える。


「ま、まさか、こっぱみじ――」

『(縁起でもないことを言わないで、彼女はちゃんと生きてる。気を失ってるだけよ)』

「本当か、ファム!?」

『(ええ……)』

「よ、よかったー、無事で」


 青年がほっと胸を撫で下ろすのを横目で見ていたファムは、広げた翼を折りたたみ、おもむろにラグナヘと向き直る。


「ん? あ、本当だ、息してるみたいだな、一安心」


 自身の眼でティアの無事を確認したラグナは、改めて安堵のため息をついた。


「ん? どうしたんだファム、そんな大人しげに座って俺を見つめてさ。なにか顔に付いてるのか?」


 先ほどから行動を眼で追い、なにか言いたげな顔をしているドラゴンに、ラグナはそれとなく質問を振ってみた。

 するとファムはそれに小さく頷きを返すと、とつとつと話を始める。


『(あなたって不思議な人間ね。どうして私と会話が成り立つのかしら)』

「ん? なに言ってんだ。俺はドラグーンだぜ。竜と会話が出来ないわけないだろう」

『(それを言ったらティアだって同じ。彼女も竜言語を解するドラグナーよ。けれど私と会話をすることが出来ない)』

「それはなんとなくだけど気づいてたよ。たぶん、ティアが心を閉ざしてるからじゃないのか?」

『(心を……?)』

「そうさ。竜は隷属させる対象だー、なんて言ってる内は無理だろう」


 ラグナの言葉にファムは黙りこくる。ややあって、青年を見返しながらファムは訊ねた。


『(あなたは、違うの?)』

「当たり前だろ、俺たちドラグーンにとって竜は友達だからな。隷属なんてとんでもない。竜は人間のための労働力なんかじゃないし、ちゃんと心もある。言葉だって通じる、親友にだってなれるはずさ」

『(ッ!? ごしゅじーん)』


 言いながら彼がロンドへ目配せすると、火竜はラグナヘと擦り寄っていく。まるで猫が自分のにおいを付けるかのように、ロンドはラグナの身体へ鱗に覆われた自身の体をこすり付けた。


「ははっ、まだまだ子供だなロンドは」


 一般的に竜の逆鱗とされている顎下の鱗をラグナが逆撫でると、ロンドは気持ちよさそうにコロコロと喉を鳴らす。とろんとした眼で心地よさげに体を預ける姿は、恐れられているドラゴン族とは到底思えないほど可愛らしい。


『(よく懐いてるわね)』

「ああ、俺がガキの頃からずっと一緒なんだ」

『(……私も、彼女が幼い時からずっと一緒よ)』


 そう言いながらファムは、地面に倒れるティアへと振り返った。その背中は寂しさを感じさせる。彼女を見つめる竜眼が、ほんの少し涙で潤んでいた。

 その切なげな横顔を見ていたラグナは、気づいたように声を上げる。


「あ、そうだ。それより、早くどこかへ寝かせた方がよくないか? 衣服が汚れちまうぞ」

『(そうね、じゃあ小屋まで行きましょう)』


 ファムに先導され、ラグナはティアを抱き上げてその後ろを付いて歩く。のしんのしんと小さく地響きさせながら、ファムは小屋の手前、階段脇に設けられた竜の彫像前でいったん立ち止まる。と――


『(小屋のすぐ脇に台があるわ、そこへ寝かせてあげて)』


 その方向を指し示し、ラグナへと促した。

 ラグナはああと頷き返し、ファムの視線を背中で感じながら一対の彫像を抜ける。


「ん……?」


 その瞬間、体を纏わりつくもやのような違和感を肌で感じ取ったが、ラグナにはその正体が分からなかった。

 けれどそれを大して気にも留めず、緩やかな傾斜の階段を上り、小屋の右手。露台に設けられたベッドくらいの大きさの台に、ラグナは静かにティアを寝かせつける。


「よいしょっと。さて、あとは気がつくのを待つだけか」


 一先ず階段を下りたラグナは、ファムの視線を先ほどよりも強く感じていた。それはまるで値踏みするかのように、ファムの竜眼が射抜くような鋭いものとなって青年を観察している。


「だから、さっきからどうしたんだよ。そんなに俺の顔ばかり見てさ。なにか言いたいことでもあるのか?」

『(やはり、初めて会った時から違和感は感じていたけれど……)』


 いったん言葉を切り、そして頷くとファムは話を再開する。


『(あなた、ただの迷い人じゃないわね)』

「ん? それはどういうことだ。俺はただ槍を探して……」

『(大いなる竜の意思)』

「――竜の意思?」

『(そう。聖竜の預言書に記された共闘者ドラグーン。あなたはその竜騎士なのね。そして、竜の意思に導かれた、選ばれし者)』

「……いや、ぜんっぜん話が見えないんだが」


 あまりに突飛な話しすぎてラグナの思考が追いついてこない。彼は昔から勉学に関するおつむが弱い子だった。端的に言えば脳筋。突出している分野は竜の扱いに長けていることだけだ。


「もう少し分かりやすく……」

『あなたになら話してもいいかもしれない、この聖域の秘密を』


 ん? と首を傾げるラグナを余所に、ファムは静かに瞳を閉じる。そしてぽつりぽつりと語りだした。


『(さっきティアが口走ったことを覚えてる?)』

「んぁ? えーっと、生かして帰すわけにはいかない?」

『(違う。聖域の宝の話)』

「あーそういえばそんなこと言ってたな」

『(ごしゅじん、人の話はちゃんと聞こう……)』

「ロンド、うるさいぞ。今日の晩飯はトカゲの尻尾だけにしちゃうからな、それもちっさい」

『(それは勘弁して~)』

『(……話、続けてもいいかしら)』


 泣いて縋りつくロンドをあしらうラグナ。そんな二人のやり取りを傍目に見ていたファムは、呆れた口調で問うた。

 ラグナは申し訳ない、といった風に軽く頭を下げ、どうぞどうぞと促した。


『(この聖域には、聖竜が残したとされる聖剣が眠っているの)』

「聖剣? エクスカリバーか!?」

『(違う)』

「いや、そんな即答しなくても。もう少しタメを作ってだな」

『(話を続けるわ――)』

「はい」


 にべもなく話を続けようとするファムに、ラグナは素直に首肯する。


『(――その聖剣は、聖竜が来る災厄の日に備えて拵えたもの。それがこの中央聖域にあるの)』

「来る災厄?」

『(黒竜ファフニールの来襲……)』


 言葉を聞き、なるほどと青年は納得する。


「そうか……だからティアはあんなに危機感を露にしていたんだな」

『(そう、今までも何度か聖域侵犯をした者がいたけれど……)』

「ティアがすべて消し去った?」

『(ええ。人も獣も……。あの子には辛いことを強いてしまって、申し訳ないと思ってる。でも仕方がないの、ドラグナーに頼らなければ結界を張ることすら出来ないのだから)』

「でもファムはあの黄金竜のブレスの中、傷一つつかない強靭な鱗を持っていながら、何も出来ないのか? そんなことないだろう」


 悔しそうに俯くファムへラグナが問いかけると、いいえ、そう言って竜は首を横に振った。


『(私には物理的な力の行使しか出来ない、それが私に与えられた役目だから)』

「うーん? いまいち話が掴みにくい……」

『(ごしゅじんはちょっと頭が弱いからね)』

「……ロンド、今日のご飯は草でいいな?」


 据わった目で冷たく言い放つと、火竜は焦り顔で頭を下げた。


『(ごめんなさい)』

「分かればいいんだ、分かれば。下手したら牧草地に置いていくことになるからな、これからは気をつけるよーに」


 ビシッと敬礼を返すロンドによろしいとばかりに頷くと、ラグナは改めてファムを見た。相変わらず竜眼は自分を見つめているが、なにか判断を迷っているような戸惑いに揺れている。


「おっと、話を折って悪かった。で、つまりどういうことだ?」

『(……ッ!?)』


 ファムへ問いかけたちょうどその時、ロンドは気づいたように森の方へと注意を向ける。その真紅の体躯は僅かに震えていた。


「どうした、ロンド?」

『(ごしゅじん……なにか、来る……黒い、黒い気を纏ったなにか……)』


 言葉に釣られラグナも目を向けた。しかしこれといって何か感じられるわけでもなかった。人の感覚器官はドラゴンのそれよりも遥かに劣るのだ。まだ距離があるのか、遠ければその気配も分からない。

 気づけばファムも森を凝視していた。ただ一点を鋭い眼光を放ち見据えている。


「どうしたんだよ、二人とも――」


 警戒心を露にして森を睨む二匹の竜へ、ラグナが声をかけた時だった。


「……今度は本当の侵入者のようね」


 背後から聞こえた女性の声、ティアが目覚めたようだ。

 しかしその音には、自分に向けられていたとき以上の敵意が感じられた。

 ラグナは勢いよく振り返る。


「ティア! 目が覚めたのか」

「ええ、心配かけたわね、ってわけで。死んでくれる?」

「なんでだよ! 目覚めた早々に発する第一声が、「死んでくれる?」っておかしいだろ」

「人の寝顔を見た罪よ、万死に値するわ」

「それは仕方ないだろ。じゃあなにか? あのまま地面に這いつくばっていたかったのかよ。せっかく抱き上げて運んでやったのに、その言い草はないだろ」

「だ、抱きっ!? あんた、罪に罪を重ねて、そうとう死にたいようね」


 顔を真っ赤に染め上げながら犬歯をむき出しにして怒るティア。そして自身の魔力を加速度的に増幅させていく。


「ま、待てよ、今はそれどころじゃないんだろう?」

「……それもそうだわ、今は新手を消すのが優先ね。あんたの処罰はそれから考えましょう」

『(二人とも……抜けるよ)』


 ロンドの声とともに森から出てきた黒い霧。

 ただならぬ気配に警戒心を強め、ラグナも槍を構えて臨戦態勢を整える。

 いつでも攻撃に移れるよう、ロンドは中空に飛びホバリング。主人の指示を仰ぐ。


『(ごしゅじん、攻撃?)』

「待て、ヤツが何者であるか分からない以上、迂闊に飛び込むのは危険だ。それにあの気質はやば過ぎる」

「その通りだな」


 今にも飛び出さんとする意気込むロンドを静止したラグナ。続いて聞こえた低い声は人のそれだった。

 瞬間的に霧の下から発生した突風が渦を巻き、黒いもやもやを瞬時にかき消す。そこから現れたのは、ティアとは正反対の黒いローブを着込んだ中年の男だった。


「あいつは……?」


 ラグナの背後でまたも声が上がる。振り返れば、ティアが驚愕を顔に貼り付けて固まっていた。


「知ってるのか?」

「……なんで、ドラグナーがここに……」


 見ればファムも驚きの表情を浮かべていた。


「なんだよ、ドラグナーなら別にいたって不思議じゃないんじゃないか? 聖域なんだろここ」

『(だからよ。ドラグナーは互いに不干渉、それがこの聖域の法。ドラグナーは他の守護領域に足を踏み入れてはならない)』

「じゃあ、あいつは法を犯してここにいるわけか……。なぜだ?」


 ラグナの疑問に対し、黒髪の男は弓なりに口元を吊り上げ嘲笑を漏らす。そしてさも当然のように答えた。


「クク、そんなのは決まってる。聖域の宝を――――奪いに来たのさッ!」


 勢いよく振り下ろされる腕から発せられた黒い波動が、風よりも早くラグナたちへ向かい真っ直ぐに伸びていく。


「くっ!?」


 瞬時に飛び出したティアが魔法に対しての防護膜を張り巡らせると、黒色の波動は見えない壁によって阻まれ一瞬にして霧散する。

 と同時に、渇いた音が広場に連続した。


「ほぉ、なかなかやるな女。さすが中央聖域の守護を任されているだけのことはある」

「……あんたが、結界を壊したの」


 関心した風に手を叩く男に、ティアは射殺さんばかりの害意を込めて睨み返す。


「ははっ、あの程度で結界だと? 笑わせる。俺にとっては玩具みたいに軟な代物だ」

「なんですって?」

「おぉ怖い、そんなに睨むなよ。宝を手に入れたらお暇するからよ、死にたくなかったらさっさと渡せ」


 男の言葉を、ふっと鼻であしらうティア。それは見当違いだと小馬鹿にしたように呆れた口調で言い放つ。


「お生憎さま、私は聖剣の在処は知らないの。ただここを守っているだけ、残念だったわね」

「……そんな嘘が、通用するとでも思ってるのか? 小娘」


 馬鹿にした態度が気に障ったのか。今の今までひょうひょうとしていた男だったが、露骨に怒り顔をし悪鬼のように殺意の灯る眼をティアへと向けた。

 同時に膨れ上がっていく黒い魔力。殺意を纏った気色の悪いオーラが男から立ち上っていく。

 それらはティアの召喚同様、やがて黒い竜の頭部を形作っていった。



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