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ドラグナー

 ローブの女性の魔力が増幅していく。触れれば今にも爆発せんばかりに、空気が悲鳴を上げるほど、それは目に見えていた。

 手をおもむろに前で構えると、女性は魔方陣を描くことなく詠唱に入る。

 全身から神々しく立ち上る金色の気流は、うねりながら徐々にその形を変えていく。

 やがて形作られたのは、黄金のドラゴンの頭だった。そしてゆっくりと開けられる口。幻でもなんでもなく、実体のそれには鋭い牙が生え揃う。


「な、なんだよあれは……」


 荘厳すぎるその神聖な気質と、吸い寄せられそうな激しい魔力の奔流に、必死に耐えながらラグナは呟く。

 その時、黄金竜の喉奥でパチッっと小さな光が弾けた。


『グルルル…………』


 彼の背で震えるファムは、尻尾まで巻き込み身を縮ませる。そして何も知らないドラグーンの青年へ、注意を促した。


『(あれは彼女の十八番、竜言語魔法よ。中でも上位の召喚魔法ね。並みの人間は、あのブレスの一撃で消滅してしまうわ)』

「竜言語……。ってことはあいつ、まさかあの伝説のドラグナーなのか!?」

『(そう。彼女はドラグナー。そしてこの聖域の守り人。だから逃げなさい、あなたに勝ち目は無い。私が囮になるから、急いで)』


 震える体躯をずしりと動かし、大きく翼を広げたファムはラグナの前で仁王立つ。

 ファムの忠告は正直なところありがたい。けれど、それを聞くわけにはいかない。このまま逃げれば間違いなくこのドラゴンは死んでしまう。それは女性の眼を見れば一目瞭然だ。魔法を止める気はさらさらない様子。

 彼女にしてみても、聖域侵犯者をみすみす逃がすわけにはいかないのだ。聖域を侵す者は誰であろうと皆排除しなくてはならない。それがここの掟ゆえに……。


「忠告はありがたいんだけどさ、それを聞くわけにはいかないんだ」

『(なぜ。あなたは聖域に迷い込んだだけでしょう。こんなところで死んでもいいの?)』

「死ぬつもりなんてない、と言いたいところだけど。あれはさすがにくらったらやばそうだ」


 視線の先。大口を開く金色のドラゴンの口では、まもなくブレスがフルチャージを終えようとしていた。口の中を満たす真っ白な閃光が、拡散するように輝きを増していく。

 それを見てラグナは苦笑を浮かべた。


「けどさ……」


 言いながら前へ出て、ファムの背中へ手を置くと、


「お前を見捨てるわけにはいかない。俺はお前を解放してやるって、さっき約束したからな。それに、友達を見捨てるなんて俺には出来ない」

『(…………)』

「――さっきから何をぶつぶつ言ってるの……遺言? どうせなら何かに書き留めておくべきだったわね、誰も聞いてやしないわよ」


 ラグナと竜との会話を見ていた女性には、青年がまるで独り言を呟いているように見えた。

 ドラグナーでありながら、彼女にはこの竜と会話をすることが出来ないのだ。その事実をいま知ったラグナは、あぁと思った。

(……ん?)

 そして上空にある気配を察知したラグナは、そちらへ目を向けることなく意識だけを集中させる。数瞬の後、納得したように首肯する彼の口端には、小さな笑みが浮かべられていた。


「一つ、訊いてもいいか?」

「……あなたと会話をする気なんかさらさらないわよ」


 宝石にも似た女性の碧眼がぱたぱたと瞬いた。ややあって――


「けど、情けで一つくらいなら聞いてあげるわ、なに?」

「お前、名前は……?」

「はぁ? そんなことが知りたいの、今から死ぬっていうのに? 変わってるわね、あんた。……ティアよ。ティア・トゥール・ヴァーミューズ」

「ティア、いい名前だな」

「それはどうも。ってわけでさっそく死んでくれるかしら」


 ティアはおもむろに手を前方へ向けて翳した。開かれた掌には、なにかの紋章が白い光とともに浮かび上がっている。


「ちょっと待った! 訊きたいことってのはそんなことじゃなくて……」

「なによ、いまさっき一つだけって言ったじゃない」

「それはそうなんだけどさ、名前も知らないのに話しなんて出来ないだろ」

「あんたと会話する気なんかないって言ったはずだけど?」


 露骨に怒りを顕にしたティアは、けれどその瞳に宿った殺意は少し薄れてきているようだった。半ば呆れた色を濃くしている。


「これで最後なんでしょうね?」

「ああ、たぶん」

「たぶんって何っ!? 男ならきっぱり断言しなさいよ!」

「そんなこと言われたって、訊きたいことが山ほどあるんだから仕方ないだろ」

「なに? それは時間稼ぎのつもり? なに企んでるのかは知らないけど、まあいいわ。どうせこのブレスの範囲からは逃げられないんだし、聞いてあげるわよ。さっさとして、これけっこう疲れるんだから」

「あ、ああ。……ありがとう」


 聞く耳を持ってくれたことに対しラグナは驚いた。有無を言わさず消されるのがオチかと思っていたが、何でも言ってみるもんだと、内心自身に感心しているようだ。

 礼を言いながら歩み出すと、ティアは驚いた顔をして少し後退さる。


「近寄らないで! あんたはそこから話してればいいの、それ以上こっちにきたら、問答無用で消すわよ」

「うわっ!? 悪かった悪かった! だからそんなに睨むなよ、動かないから、大丈夫だから!」


 慌てふためくラグナが立ち止まると、ふぅー、とティアはため息をついた。言い知れぬ戸惑いは彼女を少しばかり混乱に導いているようだった。長らく外界の人間と会話なんてものをしていない彼女にとって、久方ぶりの会話の成り立つ対象。心なしか、ティアの瞳が輝き出しているようにも見える。


「まず訊きたいのが、なんでお前みたいなのがここの守り人なのかってことだ」

「……なにそれ、あんた私に喧嘩売ってんの? 売られた喧嘩は買いますけど、どうするの? っていま正に喧嘩の最中だったわね。あんたに勝ち目のない喧嘩、ご愁傷様」

「って違う、言い方が悪かった! ティアみたいな子がなんで聖域の守護者なんだってことだよ」

「てかあんた、なんでそれ知ってんの?」

「ファムに聞いたからだよ」

「ファムに……?」


 脇で震えるドラゴンへとラグナが視線を移すと、それにつられるようにティアも目を向けた。

 怪訝そうに眉をしかめると、ティアは再びラグナへ目線を戻す。


「聞いた? 聞いたってどういうこと」

「そのままだ、ファムが教えてくれた」

「なにそれ、あんた私をおちょくってんの? そのドラゴンの声が聞こえるわけないじゃない」

「なんでだよ。お前それでもドラグナーなのか? 竜言語が理解できるなら会話だって可能だろ」


 その言葉にティアは大層驚いた様子で目を瞠る。まさか自分以外の人間から竜言語の存在について聞くことになろうとは思いもよらなかったのだ。そしてもう一つ……驚くべきことがあった。


「あんた何者なの? なぜ竜言語を知ってるの? ……もしかして、あなたもドラグナー……なわけないか。頭悪そうだし」

「おい、いま聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ」

「そんなことはどうでもいいからさっさと答えなさい、消すわよ」

「消すな。……俺がなぜ竜言語について知ってるのかというと、俺がドラグーンだからだ、知ってるか、ドラグーン? 竜騎士のことだ」

「ドラグーン……」


 共闘者か、と小さく呟くティアは静かに瞼を閉じる。そして目をゆっくりと開けると、碧眼を真っ直ぐラグナヘと向けた。


「どうした?」

「そう、あなたがドラグーン。でもなぜ、あなたが聖域侵犯なんて不躾なことをしたのかしら。そんなにここの宝が欲しいの、でも残念ね。あなたはここでお終いよ」

「ちょ、ちょっと待てよ。宝って何の話だ? そんなこと聞いたこともない」

「? とぼけないで。聖域の財宝が欲しくてここへ来たんでしょ」

「知らねえよそんな話。俺はただぶん投げた槍を探していたら、変な光に導かれてここまで来たんだ。それに俺が探していたのはドラゴンで、決してお宝目当てじゃない」

「なんですって? それに……もしかして光って、青い光のことを言っているの?」


 彼女の問いに、ラグナはそうだ、と端的に答えた。

 するとティアはおもむろにファムの方へと目線を移す。その視線に気づいたのか、ファムは身を縮ませながら恐る恐る彼女を見返した。交差する視線。

 そこへ第三者であるラグナの視線が加わるが、それが交錯することはなかった。二人の間に意思を介在させることが出来ないでいたのだ。先ほどまで聞こえていた竜の声も、いまはラグナの頭に響かない。


「ただの迷い人か……。ならどうしてそれをさっさと言わなかったわけ? 馬鹿なのあんた」

「おい、それをお前が言うか。言う暇なんて与えてくれなかったのはどこのどいつだ、いきなり攻撃仕掛けられて、挙句物量で攻められれば、余裕なんてないに決まってるだろ」

「……それもそうだわ。けどね――」


 言うなり再び魔法を構えなおしたティアは、黄金竜の口を開かせた。ギョッと目を見開いたラグナは焦りのあまりか言葉を矢継ぎ早に繰り出した。


「おい、迷い人か、って納得したんじゃないのかよ! 殺す気満々じゃねえか。和解するって案はお前の中に欠片もねえのかよ」

「迷い人でも聖域侵犯者だろうと関係ないわ。中央聖域の場所を知られたからには、生かして帰すわけにはいかない。あんたを屠った後、さらに強力な結界を迅速に張らなきゃならないから。時間がないの、さっさと死んで」


 黄金竜の口の中で、何にも犯すことの出来ないほどの美しい光が、螺旋を描きながら拡大していく。植物たちから舞い上がる淡い光をも取り込んでいき、広場をまばゆい閃光がくまなく包み込んだ。

 チッと舌打ちすると、ラグナは覚悟を決めたようにグッと拳を握りこむ。先ほどから上空に感じている気配に向かい、大きく手を振り上げると、その存在の名を高らかに叫んだ。


「ロンドっ!」


 すると主人の呼び声にすぐさま反応を示し、上空から真っ赤なシルエットが突風を巻き上げながら急降下してきた。


「なにっ!?」


 ティアは気配を察知し空を見上げた。視線の先には、赤い竜が中空でホバリングしながら黄金竜と同じく口を開けていた。しかもロンドのブレスはすでにチャージを終えている。


「目標は金色のドラゴンだ、撃て!!」


 言葉を合図に、ロンドは自身の持ち得る最大の火炎球を放った。そこまで大した大きさではないが、炎の螺旋を纏いながら飛んでいくその様は、歴とした竜そのものだった。その成長ぶりにラグナは思わず感心し腕組してしまう。

 ロンドの自慢はブレスの速度が速いことだ。体は並みのドラゴンに比べれば華奢な方だが、ブレスのスピードだけなら群を抜いて速い方だと、ラグナは体感として自覚している。


「うわっ、ちょ、不意打ちとか卑怯じゃない!」


 ティアはそれを避けられないと悟ったのか、頭上に聳える巨大な竜の頭を放って、自身は頭を抱え地面に伏せた。

 それを見ていたファムは、何かを危惧したように急に走り出す。ラグナの腕を掠めるように走り抜ける一陣の風。ファムはドシンドシンと重く地響きさせながら、一直線にティアの元へ。

 赤い火炎球はほどなくして、ドゴォオオンと盛大な音を響かせながら、黄金竜の口元を直撃した。


「やったか!」


 瞬間、竜の頭が傾いだ。それはゆらりと幽霊じみた動作で頭を垂れる。光の粒子となりつつも、しかしいまだ実体を保っている竜の口は、ティアの方へと向けられていた。


「あ、危ねえ!!」

「えっ?」


 ラグナの声にティアは見上げる。目の前には、自身が召喚した光を拡散させるドラゴンの口が……。

 スローで流れゆくその一連の映像に、彼女は一瞬で死を悟った。


「ロンド! 突撃しろ!!」

『ギャァオオォォ』


 間に合うかどうか分からない、けれど彼は突発的にドラゴンを飛ばした。風を切って飛行するロンド、その速度は風切音が鳴り響くほどだ。しかしそれでも間に合わなかった。爆発寸前のように、一瞬辺りに閃光が迸る。

 誰もが絶望に目を瞑った。だがそんな中、光に包まれる瞬間、銀色のシルエットがティアに覆い被さった。大きく翼を広げ、残されたブレスからティアを守るように、ファムは体を張って守りを固める。

 刹那――――ドラグナーとドラゴンは白光に包まれていった……。



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