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見慣れない竜

 空気を炸裂音が裂いた。

 焦げた臭いを纏った風が、女性の美しい金髪を梳いていく。

 髪を撫でつけると、女性は黒煙のもくもく上がる爆発地点から離れた森を凝視した。その瞳にはまだ殺意の色が抜けていない。

 反属性魔法の衝突は、その反発し合う力の応酬。打ち消し合い破壊し合うそれらは、同じ物量、魔力で放たれると、その対象を消滅させるほどの力を発揮する。まともにくらって生きているものはいないはず。にもかかわらず、女性は再び緑色の魔方陣を宙に描いたのだ。

 その様子を青年、ラグナは見ていた。

 木の幹に槍を突き刺しながら、強く歯噛みする。


「ちっ、ばれてやがる。なんでだよ、うまく逃げられたと思ったのに!」


 魔法に挟まれる刹那、彼は《スカイライナー》と呼ばれるドラグーン固有の滑空スキルにより、難を逃れていたのだ。

 けれどそれは言い終えると同時だった。女性はかざした手を、勢いよく振り下ろした。


「くそっ!」


 五感で魔力を感じ取ったラグナは、咄嗟に地面へとダイブする。

 空気を微かに振動させながら飛ぶ風の刃は、ものすごい勢いでラグナの頭を掠めていった。赤い髪が散り散りに飛散する。そして――――ザンッ――――音がしたと思った次の瞬間。ラグナが今しがた退避していた木の幹が、文字通りの丸太と姿を変えていた。

 重い音を轟かせながら、太い木は大地に横たわる。


「あーもう!! なんだってんだよ! 俺がなにかしたのかよ、くそっ。こうなりゃ一か八かだ。ロンドを呼んで、戦線離脱!!」


 ぐちぐちと文句を垂れながら、ラグナは軽鎧の懐へ手を入れる。そして竜を呼ぶための道具、「竜角笛」を取り出した。


「な、何をする気……」

「えっ?」


 見たことがないのか、竜角笛を目にした女性は明らかに動揺しているように見える。逡巡の後、無い頭で思考して出た憶測に得意げになると、ラグナは角笛を閃かせた。


「……ふっふっふ、こいつは俺の最終兵器だ。俺を逃がすなら今の内だぞ」


 凄みながらジリジリと距離を詰めていく。まだ互いの距離はかなりあるが、それでも女性は仰け反りながら後退る。


「こ、来ないで。来ないでったら、こ、殺すわよ!」

「殺す? ははーん、こいつの威力が解ってないと見える。お前が次に何か挙動を取った時、その時こそがお前の最期だ!」


 ビシッと指差しながら言い放つと、ラグナは得意満面の顔をした。そしておもむろに角笛を口にあてがう。


「ちょ、ちょっと待ってよ! まだ私なにもしてない……」

「そんなこと知るか!」


 ラグナは内心焦っていた。角笛が特別効力のあるものではないことが女性にバレでもしたら、間違いなく自分は殺されるだろう。その前になんとしてでも愛竜ロンドを呼び寄せなければ。言いがかりをつけられたままこんな所で死ぬわけにはいかない。

 けれどそれは同時に女性の危機感を増長させ、やぶれかぶれな行動を起こさせるに十分だった。


「ふふ、私ともあろうものがそんなものに臆するなんてね……。解ったわ、あんたがそう出るなら私にも考えがある」


 手を下へ向けたまま、女性はなにやら小さな魔方陣を描き始める。


「させるかっ!」


 先手必勝。大きく息を吸い込んだラグナは、角笛へおもいっきり息を吹き込んだ。

 ブォオオオオッ!!

 盛大に響いた笛の音。それは森を突き抜けどこまでも高く響き渡る。

 音にビクついた女性は、途中で魔方陣を描くのを止めてしまった。宙に浮かび上がっていた線は徐々に薄れていき、やがて消えた。

 互いの距離を沈黙が行き来する。

 笛を吹いたはいいが、翼の音すら聞こえない。ラグナはきょろきょろと辺りを見渡した。


「なに……それだけ?」


 発せられた声に背筋が凍える。先ほどの威勢のいい響きとは打って変わり、聞こえた音は重く暗く、視線はどこまでも冷やかだった。


「え、あーいや。そんなはずないんだけどなー」


 ぎこちない笑顔は引きつり、背中を脂汗が流れていく。空を見上げてみても影すら見えない、額を冷たい汗が伝った。

 一歩ずつ歩み寄ってくる女性の顔には影が差していた。魔方陣を描かんと再び指が宙をなぞる。金髪の間から僅かに覗く青い瞳は、射殺さんばかりの勢いで睨みつけていた。

 女性の歩幅に合わせるように、ラグナも後退を繰り返す。やがて女性は正面に赤い魔方陣を完成させた。


「ヒッ!?」


 その顔は悪鬼羅刹もちびるほどに恐ろしいものだった。情けないと思いながらも、頭を抱えてラグナはその場で蹲る。メラメラと燃え滾る魔方陣から垂れ流される強大な熱量と魔力。

 死を覚悟した、ここで消し炭になって終わるのだと。とその時――――。


「あっ」

『ギャァオオォォ!!』


 女性の驚くような声と同時に、空から獣のような咆哮が降ってきて二人の間に割って入った。

 バッサバッサと風を巻き起こす圧倒的な存在感。そして嗅ぎ慣れた臭い……これは。


「ん? ドラゴン……?」


 ようやく来てくれた! 竜族独特のなんとも形容し難い芳香に鼻をひくつかせながら、ラグナは期待に満ちた瞳で顔を上げた。


「え?」


 けれど喜色はすぐに唖然としたものへと変化する。徐々に落胆の色を濃くし、しまいには驚愕へと変貌した。


「って誰だよこのドラゴン、ていうかデケーよ、つえーよ! かっこいいなオイっ!」


 ラグナの目の前にいたドラゴンは、赤くなかった。それどころか大きさも桁違いに大きい。目算で体長およそ五十メートルといったところだろうか。竜にしては少し細身で、白銀の鱗を全身に纏った美しいドラゴンは、ロンドの三倍は大きかったのだ。

 しかもその眼はラグナを見据え、逆鱗に触れてもいないのにも係わらず、怒り心頭を顕にしていた。地団太を踏み込むたびに揺れる聖域の大地。ビリビリとした振動が膝から脳にまで響いてくる。


「このドラゴンは……新種? 見たことないぞ」

「はぁー、ようやく来たのね。って、私まだ呼んでもいないのになんで来たのかしら……」


 不思議そうな顔をしながら女性はぼそりと呟いた。

 呼んでもいないのに? 言葉に引っかかり、ラグナは手元の竜角笛へと視線を落とす。

 さっき目の前の女が描いていた魔方陣は、もしかしたらドラゴンを召喚するためのものか……。それは途中で消えてしまったため、まだ呼んでいないと言うことになるだろう。ということは――――。


「まさか、こいつは竜ならなんでも呼べるのか。というか呼んじまうのか?」


 父からは何も聞かされなかった。ドラグーンなら誰しもが持つ竜角笛。竜と共に生きるドラグーンならではの便利アイテムだ。

 それぞれ音の色が微妙に異なり、主に捕まえたドラゴンに音を覚えさせ、主人の召喚要請の合図と認識させるものだと思っていたのだが。


「……そう、あんたが呼んでくれたの、その笛で? 便利なものね。結果としては手間が省けた、のかしら。礼を言うべきかもしれないけれど、ごめんなさいね。あなたを生かしておくことは出来ないのよ。ファム!」

『グルォオオオオ!!』


 女性は竜の名を呼んだ。それに呼応するようにドラゴンは大きく翼を広げ空に猛々しく吼える。

 ビリビリと肌を伝わる威圧感。美しい見た目とは裏腹に、その声はあらゆるものを恐怖に陥れる。それが全種族の頂点に君臨する、竜という名の存在だ。

 けれどラグナだけは違った。竜の咆哮に対し真剣な眼差しを送っていた。


「お前……」


 次の瞬間、ドラゴンは大きく腕を振りかぶる。鋭い鉤爪の一撃。鋼鉄すら容易く切り裂く必殺の腕は、しかしそれを後方に飛んで避けられたことにより空振りと終わる。間を置かずして次の攻撃へ。体重を乗せた突進だ。

 大地を揺るがす竜の足は、土を蹴り上げ植物たちを蹂躙する。舞い散る花弁の中、自分へ向かってくるドラゴンへラグナは哀しげな瞳を向けた。おもむろに構えた槍。穂先ではなく石突を前方へと差し出す。

 瞬間、体重を速度に乗せた重たい一撃がラグナを襲った。


「くっ……」


 全力を石突の先、ただ一点に集中させる。助走距離が短かったため、ドラゴンの突進はラグナを跳ね飛ばすほど力強くはなかった。そうして十数メートル押されたところで勢いを相殺し、ラグナは竜を受け止めた。

 ラグナは竜の顔を見つめる。そして、話しかけた。


「お前、どうして泣いてるんだ」

『グルルル……』


 言葉に、ドラゴンの動きが硬直した。


「ファム? 何してるの、殺しなさい! ……死にたいの?」


 女性の冷酷な声に体を震わせるファム。怯えた様子で呻り、再び瞳に殺意を宿す。しかし青年に額を押さえられ、そして不意に聴こえた声に驚いた顔をした。


「(どうしてそんなに怯えてる……ドラゴンは猛き気高き生き物だ。なんでお前はあんな奴の言いなりになってる)」


 それはラグナが発した言葉だった。けれど彼の口は微動だにしていない。それは青年がドラグーンだからこそなせる業だった。竜と心通わす者、ドラグーン。竜と心の中で会話できる数少ないジョブの一つだ。

 優しくも芯のある気持ちのこもった言葉だった。ファムは知らずに会話をした。初めてだった、人と会話をしたのは。声には出せない心の声。それを女性は聴くことは出来ない。

 竜の本心を知ったラグナは、ファムの鼻筋を一撫ですると静かに離れた。ファムの隣に立つと、その瞳に怒りの炎を灯し女性を強く睨みつける。


「な、なによ……」


 明らかに先ほどまでと雰囲気の違う青年に、女性は戸惑いを隠せなかった。


「お前、竜をなんだと思ってる」

「はぁ? なんだとって、そんなの隷属させる対象に決まってるでしょ? 用は家畜と一緒よ、あんた馬鹿なの」

「家畜、だと……」


 ギリッと音がした。ラグナは血が出るほど唇を噛み締めた。怒りで脳みそが沸騰しそうだ、目の前がチカチカする。今まで感じたことのない激情に駆られて、今にも槍をぶん投げそうだ。


「それをこいつが望んでるとでも思ってるのか」

「そんなこと知らないわよ。それよりファム、殺すの、殺さないの?」


 それは心の臓さえ凍てつかせる冷淡な声だった。

 狼狽えるドラゴンに対し、絶えず向けられる無慈悲な視線。

 そして再度青年へと向けられる中途半端な殺意。大口を開け、目の前で佇むラグナの頭へとそれは徐々に迫る。二つの影が重なった。


「喰うのか……」


 呟かれた言葉に竜は静止する。


「お前が望んでることはそんなことなのか?」


 ラグナはゆっくりと振り返る。


「自由になりたいだろう、大丈夫。俺がなんとかしてやるよ」


 笑顔を向けた青年への、ファムの殺意は完全に消失した。

 女性に振り向くと、ラグナは槍を構えなおす。その蒼い瞳には闘志が灯っていた。


「そう、殺らないの、使えない竜ね。なら仕方ないわね、二匹揃って葬ってあげる。骨も灰すら残してあげないから、覚悟、してね……」


 空のような碧眼の女性は、滲み出る殺意のオーラを隠すことなくその力を解放した。



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