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向けられた敵意

 どれだけ走っただろう。疲れた、それが今のラグナの正直な気持ちだった。

 もう走ることをやめてしまい、今は倒れ伏した巨木の幹に腰掛けて小休止をとっている。耳を澄ませばザワザワと、梢が揺れる音が鼓膜に直接響く。

 飛ばした槍は目標に向かい真っ直ぐ飛んでいったため、直線コースをそのまま行けばやがて槍は見つかるだろう。ラグナはそう単純に考えていた。しかしここは森の中。

 貫通能力付与を施す《ライトニングスロー》は、たかが直径一メートルほどの木の幹などたやすく貫いてしまう。それに加えてほぼ全力を出してしまった投擲に、どこを見渡しても木しかない深い森。飛距離の想定が出来ない上、直線距離をただ単純に行ったとしても入り組んだ地形がそれを阻む。

 まさかこんな奥まで入るとは思っていなかったために、携帯食料も持ち合わせがなく、手持ちの武器もあの槍しかない。体術の心得がないわけではないが、敵に襲われでもしたら非常に危険な状況だ。

 なんとしてもあの槍を見つけ出さねば……。

 空を見上げても陽の光も射さないほど昏い森の中、「はぁ」とラグナのため息が零れる。けれどなぜか暗くはなかった。

 つい先ほどまで自分の影すら見えないほど暗かったのに……、気になったラグナは辺りを見渡す。するといつの間にか浮遊する小さな青い光が、彼の周囲を取り囲むようにあちこちに点在していた。

 存在自体があやふやで朧気な光に揺らめきはなく、ただ明滅を繰り返す。


「なんだ、敵か!?」


 咄嗟に樹幹に立ち上がると、ラグナはいつバトルに移行してもいいように徒手空拳の構えを取った。

 どこまで出来るかわからない、初めて見る敵の情報ももちろん知らない。けどやるしかない! ラグナは拳を握り気を配る。

 しかし光からはまるで殺意が感じられない。僅かな空気の乱れすらも感じ取れない。ただその場にあって、消え入りそうな命の灯火を燃やし続けているような、そんな危うさを覚える。


「なんなんだ、こいつら」


 呟きの後、ラグナは警戒しつつも油断なく構えを解いた。けれど次の瞬間、景色が違うことに気づく。先ほどまで見ていた光景とは違う木の入り組み方。相変わらずごちゃごちゃした視界だったが、明らかにさっきまで見ていたものとは違っていた。しかしそれはほんの一瞬のことで、すでにもとの風景に戻っていた。


「ん、なんだ?」


 見間違いかと思い目を擦る。するとその一瞬で、今さっき変わった景色とも違うものへとまた変化していた。けれど再びそれは元に戻る。

 ラグナの頭の中にはいくつもの?マークが浮かんでは消えていく。

 何度も切り替わっては元に戻る風景に、胡乱な眼差しを送るラグナ。けれどそんな中であることに気づいた。注意深く観察していると、それにはある規則性があることを見抜く。

 変化する景色の中で唯一変わらないもの。青い光の位置だ。それらは視界が切り替わるごとにある方向へ伸びていく。まるで出口へ案内する道標のように。


「向こうが出口なのか。もしかして、案内してくれてる、のか?」


 青い光が導くように伸びていく方向は、ちょうど槍をぶん投げた方角と一致していた。

 得体の知れないモノに案内されるのは正直不安だ。だが武器がなければいくらドラグーンといえどただの人。ラグナは逡巡の思料の後、酔いそうになる視界の中、光を追って再び歩き出した。



     ◇



「うっぷ、気持ち悪いぃ……」


 道中絶え間なく変わり続ける景色の中、光を見失うまいとして追い続けるラグナは目を配り続けていた。結果、乗り物酔いに似た不快感に苛まれることになった。


「ガキの頃を思い出すなー。ドラゴンに初めて乗った時も、確か酔ったんだっけか」


 歩きながらラグナは遠い日を思い出していた。

 幼い頃、父に連れられて初めてドラゴンを捕まえに行ったこと。そこで竜はドラグーンにとって仲間であり、家族であり、そして親友なんだと教わったこと。「竜ありきの俺たちだ」、それが父の口癖だった。

 回想する内、不快な気分も若干和らいできた気がする。

 そして気づけば追っていた青い光は雲散霧消し、ラグナの視線の先。森の木立の合間から仄かな明かりが洩れてくるのが見えた。


「あれ、出口か?」


 ラグナはいったん歩みを止めて思考する。もし出口だとするならば、恐らくちょうど入ってきた方角の真反対だ。入ってきた側の森近辺にはドラゴンを待機させている。呼び寄せるための竜角笛で呼ぼうにも、まだ成竜ではない。その耳に届くかどうか。それに相当な距離を歩いてきたから、こちらから迎えに行くのも一苦労だろう。そして今、自分は武器を持っていない。

 数刻ぶりに見る明かりは正直嬉しかった。けれど出てしまったら外の魔物に襲われる。天一面を覆う木々で時間は定かではないが、森へは昼前に入ったために今はもう夕方くらいだ。

 このレムドランドの森近郊は夜になると、けっこう凶暴なモンスターが出没することでよく知られている。丸腰の自分で、格闘のみで倒せるほど甘くはない。

 そこで、ラグナは気がついた。


「あ、やべえ、ロンド襲われちまうじゃん!」


 その場で右往左往し、おいてきたドラゴンを心配した。しばらくの間躊躇して足を前へ踏み出すことが出来なかったはずなのだが、ラグナはそのまま勢い任せで光に向かって飛び込んだ。


「ええい、ままよ!!」


 目を瞑った瞬間、ラグナの体は眩い光に包まれた。それはとても暖かなもので、陽光のようにぽかぽかとして安らぎを覚えるものだった。僅かにまぶたを開き、ラグナは視界を確認する。すると驚きの光景に目を瞠った。


「どこ、だよ。ここ」


 彼の視界に目いっぱい広がっていたのは、一面緑に覆われた切り開かれた大きな広場だった。蔦の絡みついた太い樹木がその周りを囲むように林立し、枝葉からは宝石のように美しい雫が降り注ぐ。光る綿毛のようなものが大地から空に向かって霧散し、落ちる滝と泉のせせらぎが大自然を奏で歌っている。

 あまりの現実味のない神秘的な光景に、ラグナはしばしの間呆然と立ち尽くしていた。しかし、視線の先のある一点に、見慣れた銀線を見つけたラグナは目を凝らす。地面から生えるようにして天を突くそれは、自身の技を以ってして投げ放った自分の装備品だったのだ。


「あーッ!! ようやく見つけたぞ俺の槍!」


 ラグナは疲れも知らず白銀槍に向かって駆け出した。そして大地にめり込むその槍を両手で掴み、一息で一気に引き抜いた。


「ふぅー。さて、武器も戻ったことだし、そろそろ帰るか?」


 外で待ってる竜が心配だ、そう思い踵を返したところで思い止まった。

 あまりに神秘的過ぎて思考がついて来なかったのだが、よくよく見てみればおかしな光景だ。広場の奥には一軒の小屋が建っており、手前には数段に渡って台地の設けられた低い階段が見える。さらにその階下には、石で出来た巨大な竜の彫像が対となって設置されていた。

 こんな森の奥に人が? 住んでるのかという思考の前に、ラグナは気づいて声を上げた。


「まさか、ここが聖域――――」

「その通りよ、賊」


 突然背後から聞こえた声。泉のせせらぎにも負けていない透き通った美声だ。しかし、底知れぬ冷たさをも孕んだ怪しい響きだった。

 なんの前触れも前置きもなく発せられた声に、ラグナは一瞬ビクつきながら振り返る。


「誰だ!?」


 戦闘経験は人並みにある。人の気配がしたのなら、考えるよりも先に五感が気づくはず。気配すら感じさせずに後ろを取るなんて。咄嗟に引き抜いたばかりの泥だらけの槍を構え、ラグナは臨戦態勢を整える。

 けれどその視線の先にいた人物に、彼は思わず大きく仰け反った。


「お、女……?」


 背はラグナより十センチ以上は低いだろうか。その女性は真っ白いローブに身を包み、竜の鱗と思しき色鮮やかな青い装飾のついた、腰まで丈のある上着を着ていた。

 背中まである色素の薄い金髪をストレートに流し、髪の合間から覗く意思の強そうな瞳は、いつも見ている空がそこにあるかのように碧かった。鼻筋もスッと通り顎のラインも細く、一目見ただけで誰しもが思うだろう、美人だと。ラグナも例外には漏れない。けれど、整った柳眉は美人を台無しにさせるくらい、穏やかさを感じさせないほどに吊り上げられている。

 緑の中に溢れる淡い光の綿毛。その中に佇む姿は、女神かと錯覚させるほどに美しい。

 しかしラグナの意外そうな表情を見て、女性はさらに怪訝な顔をした。


「ってお前、なんで俺が賊なんだよ」


 身に覚えのない言われように、ラグナも不快に思ったようだ。地面に槍をガスガスと突き立てて抗議する。


「ふんっ、聖域を荒らしにきたんでしょ。だから、賊だと言ったのよ!」

「うわっ!?」


 語尾を強めて言い放つと同時、女性は腕を振り上げて前へ突き出すと、螺旋を描く突風が吹き荒れラグナを一瞬にして吹き飛ばす。空へ舞い散る光と草花を巻き込んだ風は、ラグナを取り込みつつ空へと消えていった。

 十数メートル吹き飛んだところで身を翻し真下へダイブすると、ラグナは地面に槍を突き刺して着地する。空からは色とりどりの花吹雪。ひらひらと舞い落ちる幻想的風景の中、おもむろに立ち上がると改めてラグナは身構えた。重心を低く保ち、軽く前傾姿勢をとる。突進に特化した竜騎槍術の型。


「荒らしに? 俺が……」

「結界を壊したのはあんたでしょ、いまさらしらばっくれないで!」

「お、おい、落ち着けよ――」


 本当に身に覚えがないにもかかわらず、女性は反論すら許さないといった強めの口調で、なおも敵意むき出しの瞳をラグナへと向けた。その体から立ち上る紫色のオーラからは、警戒レベル以上の害意が感じられる。

 キッときつくラグナを睨むと同時だった。瞬間的に発生した黄色の魔法陣をそのまま地面に叩きつけると、そこからいくつもの石柱がラグナへ向かい鋭く突き上げていく。


「あれは、地属性魔法!? くっ」


 それをガードしようと槍を前方で真横にし防御の姿勢をとったのも束の間。


「ちっ!」


 あまりの進撃の速さに断念すると、驚異的な脚力を活かしてラグナは空へとジャンプし逃れる。石柱はラグナが飛んだ地点で制止し、奇岩のオブジェを形作った。

 行動予測をしていたのか、女性は間髪入れずに次の魔方陣を宙に描く。空中に刻まれたそれは青い円をしていた。

 ――と、ラグナは地上にいくつもの影が落ちているのに気づく。降下しながら天へと目を向けると、そこには幾百もの氷柱が空を覆っていた。


「げっ!?」


 思わず目を疑ってしまう。そのあまりの数に驚愕したまま体を反転させ、けれど時間差で次々に降り注ぐ氷の槍から身を守ろうとし、ラグナはそれらをなぎ払いにかかる。

 しかし地上ではさらなる追撃の準備が整っていた。追い討ちをかけるために続いて描かれたのは赤い魔方陣。女性の詠唱とともにくるくると回転し始め、「《インフェルナルブレイズ》!」その魔法名とともにいくつもの火炎球が勢いよく魔方陣から飛び出した。

 後方から熱を感じ取ったラグナは、まさかと言った顔をし首だけを向けて確認する。氷柱の数にも勝るとも劣らない火球の物量に、ラグナは呆れて呟いた。


「おいおい、マジかよ。なんでこんなことになってんだ」


 その表情に余裕はない。けれど、絶望感も感じられなかった。ただ口元だけが、楽しそうに笑っていた。

 刹那、ラグナを板ばさみにした反属性の魔力は互いに衝突し、衝撃波を伴った爆発を引き起こした。



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