アンフォゲッタブル2
少年は、北欧の国から家族でバカンスに来ていた。
年は18って言ってたけど、どうみても嘘。14歳ぐらい………せいぜい、15。
テニスをやってて、グランドスラムを達成したい………らしい。ふふふ。
優勝カップをママンにプレゼントするんだって言ってた。
まだ負けたことのない彼の名前は………Joseph Georgii Kleist………っていう言いにくい名前。
「ジョゼフ…ゲオルギー………クライスト?なんて言いにくいの!しかも、クライストって!救世主みたいな名前ね!」
「そっちはCで始まるクライスト。僕はKで始まるクライスト。」
「わかったわ、ジーザス・クライスト。」
「全然、わかってないじゃない!ジーザス・クライスト(イエス・キリスト)でも、ジェジュ・クリ(イエス・キリストのフランス語読み)でもないよ!」
少年は、ほっぺたをふくらませて抗議してる。あんまり、可愛くって、思わずその頬っぺたにキスした。
「あなたは、ジーザス・クライスト。そのほうが、忘れられないわ。」
彼のママンは、彼と同じ金髪で青い瞳の美しい人で、笑うとエクボができた。
母親とそっくりの少年と並んで歩く姿は人目をひいた。
幸せを絵に描いたような親子だった。
北欧の国に帰る前に、少年がバラの花を一輪プレゼントしてくれた。
濃いピンクのそのバラの名前は「アンフォゲッタブル」………お気に入りの曲と同じ。
なにか気のきいたものをと、街中の花屋を探し回って、買って来てくれたのだ。
「チューリッヒの美術館で見たルノアールの描いた青いリボンの女の子。あなたにそっくりだった。
あなたはあの絵から抜け出て来たみたいにきれい。ねえ………マドモアゼル………。僕が大人になった
ら、ファンサイユ(婚約)してくれませんか?」
ひとまわりも年上の………未婚でもない、この私にファンサイユ?
私は吹き出しそうになるのをこらえて、こう言った。
「そうね、あなたが大きくなって素敵な紳士になったら………考えてもいいわ。」
「本当!?それまで、だれともファンサイユしちゃダメだよ!」
少年はうれしそうに目を輝かせた。
大きくなって、またここで会う時には、少年はきっと、美人のガールフレンドと一緒にいる。
そしたら、私はアメリカ式にハーイ!って彼に声をかけて、昔、私にファンサイユしてって申し込んだわ
よねって、からかってやろう………。
とにかく………この子のことは、アンフォゲッタブル。
忘れられないわ。