スクリャービン・コンクール
スクリャービンだって、左手を壊して、作曲家に転向した。
そして、左手のための曲を書いてる。
第一次予選も第二次予選も、時間は決まってるけど、選曲は自由で、なんとかなりそう。
でも、ファイナルは、超絶技巧を競い合う。リスト。ストラヴィンスキー。シューマン、スクリャービンの中から弾かねばならない。
もしファイナルに残っても私に弾ける曲はない。
ふふふ………左手だけで、ファイナルに残る?わたしもジーザスの脳天気がうつったわ。
課題曲に匹敵するような難曲を弾いてやる。
鬼才ゴドフスキーの編曲した左手のためのショパンの「革命」を………。
ショパンの「革命」
超絶技巧を得意としてたリストが弾けない!ってキレた曲。
それを左手だけで弾く。
しかも………よりによって、モスクワで………。
それが何を意味するか…私はわかってた。
ゾッとするけど、絶望してるより、できることをやってやるわ。
二月。
モスクワには、ついてこないでって、言ってるのに、ジーザスがついて行くって聞かない。
オンボロのアエロフロートで、パリからモスクワ入りした。
二月のモスクワは、息も凍るような寒さだ。
スクリャービンコンクール。
左手だけの演奏で、第一次予選も、第二次予選も奇跡的に通った。次はファイナルステージ。
ジストニアにかからなきゃ、ここで弾いていたのは、ストラヴィンスキーのペトリューシュカだった。
そして、優勝して一流のオーケストラと演奏するピアニストになりたかった。
それが私の夢だった。
でも、今は、違う。
ファイナルの演奏が終わったら、結果を聞かずにパリに帰るわ。
ジーザスと舞台袖で抱き合う。
「いいわね。演奏が終わったら、車まで走るのよ。」
「わかってるよ。パスポートとチケットは、ここに用意してある。君は何も考えず、精一杯演奏してくるといい。」
ファイナルステージ。
書類にはペトリューシュカを弾くことにしてある。
でも、舞台で実際に弾くのは別の曲。
左手だけで………「革命」を弾く。
ポーランドの作曲家のショパン。故郷のワルシャワがソ連に侵攻された怒りと悲しみをこめたこの曲。
それを………モスクワで弾いた。政府批判を許さないソ連の首都で………。
下手すりゃつかまって、シベリア送りよ。こんな馬鹿なことするの…きっと私だけだわ。
演奏が終わっても、拍手はない。シンと静まり返る客席。
一礼して舞台袖に戻ると、ダッシュで外に待たしてある車まで、ジーザスと走る。
空港について、パリ行きの飛行機に乗ってもまだ震えがとまらない。
本当にバカだわ。なんでこんなことしてるのかしら………。でも、コンクール出たかったのよ。
パリの屋敷に戻ると、ハンナが怒ってた。
「モスクワで、何やらかしたんですか!電話がじゃんじゃん鳴って寝られませんよ!」
ジーザスと私は顔を見合わせる。一体なんだろう?
「新聞社からですよ。東洋系の女性が左手一本で、ソ連にケンカを売ったって!
それから、ワルシャワから音楽祭にぜひ出てくれって。あとザルツブルクとウイーンと………」
...*...*...*...*...*...*...*...*
ソ連にケンカを売るつもりはなかったんだけど………。
私は英雄扱いされて、ヨーロッパ各地の音楽祭やコンサートに招かれるようになった。
念願の一流のオーケストラとの演奏も果たした。左手のためのラベルのコンチェルトを。
ショパンコンクールの入賞者のお披露目のガラ・コンサートにも招かれた。
ホワイトハウスでも弾いた。
一年間、超多忙にスケジュールをこなしたけど、気がつけば、エレインやジーザスと一緒にいる時間がなくなってた。
また次回まで、しばらくお待ちください。東京編も合わせて、よろしくお願いします。m(_ _)m




