ノエルのごちそう
パリで過ごす初めてのノエル。11月の中旬くらいから、街のお花屋さんでは、もみの木が売られ始める。
店先で、ハンナが大きさや形をいろいろ吟味して、買ってきた本物のもみの木に、デコレーションする。
一番上のお星様は、ジーザスに飾ってもらうの。
リビングは、もみの木の匂いがして、ああ、もうすぐノエルだなあって思う。
アンナは、倉庫からビリヤード台を出してきて、その上に、サントン人形も飾ってる。
プロヴァンスに伝わる習慣で、テラコッタでできた小さな人形を並べて、キリストの降誕場面を再現する。
山があり、川があり、小さな村があって、そこの馬小屋で、イエス・キリストが生まれるシーンなんだけど、マリア様、ヨセフに、三人の賢者だけじゃない。
村人たちに、ロバとか羊、馬、村の子供たち……と、たくさんの登場する。小さな箱庭を作ってるみたい。かわいい。
幼な子イエスは、夜になったら、飾る。そういう決まりらしい。
毎年、私は一人で、アンナの作った普段通りの夕食食べて、普段通りすごしてた。家族もいないし、神なんて、信じる気にならなかったから。
でも、今年は違う。ノエルをちゃんと祝いたい気持ちになった。
アンナには、グロ・スーぺという、プロヴァンスの伝統的なノエルの食事を作ってもらって、真夜中には、ノートルダム大聖堂に、ミサに行く。ジーザスと一緒に。
待ちに待ったノエル。
ストックホルムから、ジーザスはやってくる。
シャルル・ド・ゴール空港まで、迎えに行った。
再会の抱擁の後。
「まだ、お腹…目立たないね。言われなきゃ、わかんないで、君を抱き上げちゃうとこだよ。」
「生まれるのは、六月ですもの。」
ジーザスのサムソナイトを、トランクに積んだベントレーの運転手に「シャンゼリゼへ行って。」と言う。
「あれ?家は郊外じゃなかった?何か用事?」
「少し、あなたと歩きたいの 。」
私の言葉に運転手が青くなる。
「そんな!マダム!ドゥナディエ夫人が、早くお戻りをって……。待ちかねてるのに、なんて言われるか……」
「いい?じゃあ、アンナに電話してこう言うのよ。ストックホルムは、霧でジェジュ・クリの飛行機は、二時間ほど遅れるって。そして、二時間後に迎えに来るのよ。」
私は、運転手にチップをはずんだ。
「メルシー、マダム!ごゆっくり。」
ノエルの夜、冬のパリの星空の下の石畳をジーザスと歩く。シャンゼリゼ通りの美しいイルミナシオンを、見ながら。
「来年のノエルも、パリで過ごそうよ。僕たちの子供に、このイルミナシオンを、見せてあげたいんだ。」
「まあ、ジーザス!赤ちゃんをこんな寒い夜に連れ出せないわよ。風邪をひいてしまうじゃない。」
「そっか。君も冷えたら大変だ。もう、帰ろう。アンナが、ノエルのごちそう用意して待ってるだろうし…。」
ノエルの休暇に、日本に行くって計画は、延期になった。
赤ちゃんが出来てしまったから。
多分、ベルヴェデーレ要塞の中庭で、出来ちゃったのよ。あの時、やけに神々しいビジョンを見たもの。
日本の息子たちには、実家の執事宛に、手紙を書いてある。双子の一人の行方を私は、知らされてないけど、執事なら、届けてくれるはず。
でも、返事はまだ、どちらからもない。跡取り息子は、封も切らずに、返送してくる。でも、かまわず、愛してると伝え続けてる。
ベントレーの運転手と合流して、郊外の屋敷にジーザスを連れて帰ったら、やっぱりジーザスは、アンナのごちそうぜめにあうことになった。
元子爵家の長ーいダイニングテーブルの上には、ところせましと、料理が並び、前菜だけで、15種類はある。
新しい住まいの広い厨房に気をよくしたアンナが、数日前から仕込みをしてたのは、わかってたわ。でも………。
牡蠣、スモークサーモン、大きな鉢に盛ったオリーブやソーセージ。ウサギのテリーヌ。セロリにひよこまめに冷やしたムール貝…クリームをかけたタラ…マッシュルームタルト。茹でたザリガニ。いろんな種類のパテにフロマージュに生ハム…etc。
ブイヤベース。クスクス。羊の足のロースト。アーティチョーク、イワシのマリネにキノコのマリネ。小ぶりのヤリイカ。
羊の足のローストに、お腹に詰め物をしたロースト・ターキーにロースト・チキン…鴨のジビエのロースト。
圧巻は、フォアグラのステーキ。
アンナが、一週間前、丸ごとそっくりのフォアグラを届けさせて、トリュフを埋めこんだ。
容器に密閉して、大きなシチュー鍋に沸騰させたお湯の中に、きっかり90分熱してから、冷凍しておいたものが、スライスされこんがり焼かれている。
かなり大きなカタマリで、屋敷に届けられた時は、こんな大きな肝臓の持ち主のガチョウは、きっと巨大なガチョウで、小型飛行機ぐらいあるんじゃないかって、アンナもびっくりしてたのよ。
でも………。明日じゃなかった?豪華ディナーは?
「アンナ!今日はグロ・スーぺにしてって、言ったじゃない。何よ、この肉料理!?」
グロ・スーぺは、南仏の伝統的なノエルの食事で、三位一体にちなんで、テーブルクロスを三枚重ねて、三本のろうそくを灯して、聖母マリアの七つの苦難にちなんで、七皿のお料理をいただくの。
野菜のスープに、ほうれん草のグラタン、アーティチョークに、セロリに、エスカルゴに、アンチョビソースにアイオリのソースとか………。
そして、デザート。
キリストと12人の使徒をあらわす13のデザート。白いヌガー、黒いヌガー、ナッツやドライフルーツ、メロンの砂糖漬けやマンダリンや葡萄・・・座布団パンのようなジバシエ、アーモンド菓子カリソンや蜂蜜のアメ。
素朴な甘いお菓子たちのはずが………普通にブッシュドノエルだし!人の話を全然聞いてないんだから!
お肉はご法度。精進料理みたいな質素なお料理を、おごそかな気分でいただいて、その後、真夜中のノートルダム大聖堂のミサに出る予定だって言っといたのに………。
「グロ・スーぺなんて、最近は誰も食べませんよ。やっぱり、ノエルには、鳥を焼かなきゃ!」
「焼きすぎなのよ!食べきれないわよ。どうするのよ!」
「ご心配なく。ご近所の独り者に食べに来いって、声かけてるから、そのうち集まるでしょ。マダムも、今のうち、作ったらどうです?ジェジュ・クリに、ミートボール作ってあげるって、言ってたでしょう。」
「う………今、作るわよ!」
ジーザスのために、私が作ろうとしてるのは、スウェーデン風の、グレービーソースをかけて苔桃のジャムを添えたミートボール。
玉ねぎをみじん切りにして、アメ色になるまで炒めたら、卵とクリームとパン粉と挽肉と一緒に混ぜ合わせる。
丸くして、フライパンにバターを溶かしたら、こんがり焼いて、フタをして弱火で火を通す。
ミートボールに火が通ったら、お皿にあげて、肉汁に、サワークリームを落として、塩コショウして軽く煮詰めてグレービーソースを作る。
つけあわせは、茹でたジャガイモ。ミートボールを並べて、グレービーソースをかけて、買ってきた苔桃のジャムを添えて、ディルの葉をのせたら出来上がり!
早速、ジーザスに食べてもらう♡
ジーザスに、私の作ったミートボールのお味はいかが?って聞いたら、
「美味しいよ!たまねぎのみじん切りが大きいところが、僕のママンの作るミートボールに、似てる。あとグレービーソースが焦げくさいとこも、そっくりだ!」
………………それって………喜んでいいのか微妙だわ………。
一時間後。
アンナの呼んだご近所の客があふれ、元子爵家の大きなダイニングルームは………プロヴァンスの食堂と化していた。
用意したグラスが足りなくて、紅茶とかのカップで、みんな、シャンパーニュ飲んでるし…
なによこれ!全然、ロマンチックなディナーじゃないじゃない!
久しぶりにジーザスと会ったっていうのに、こんなのって………ない。(号泣)
毎日、暑いですね。ちょっとバテてて、投稿が遅れて申し訳ないです。
このクソ暑いのに………ノエルかよっ!と思った方。ごもっともです。私も、そう思いながら、書きました。(汗だく)




