アンフォゲッタブル
ビーチホテルのラウンジの仕事。
選曲は任されていた。明るくて、くつろげる曲を………条件はそれだけ。
JAZZでもクラッシックでもかまわなかった。
何曲か演奏して、休憩のカフェノワールを飲んでいると、一人の少年が話しかけてきた。
「最後に演奏したのは、なんていう曲ですか?マドモアゼル?」
金髪に青い瞳の少年は、多分、最近声変わりしたばかりのハスキーな声。
私はマドモアゼルじゃないけど、面倒だから、観光客相手にいちいち訂正しない。
「ジョニー・ハートマンのアンフォゲッタブル。アレンジは私よ。」
「素敵な曲でした。そして、あなたも………。」
私はニッコリ笑ってメルシーと言う。
こんな少年でも、この国では女性にこんなふうに言う。
お世辞は人間関係の潤滑油。たくさんあったほうがいい。
素敵な気分にさせてくれるから………。
それから毎日、その少年はピアノを聴きにやってきた。
海でウインドサーフィンでもやってたほうが楽しい年頃だろうに、物好きな子………。
私は、少年のお気に入りの曲を弾いてあげる。
アンフォゲッタブルを。
ここのピアノはスタンウェイ。たっぷりとよく響くきれいな音。
カットされた宝石みたいに、きらめく音たち。
耳をすませば、海の音も聴こえる。人のざわめきに曲がとけこむ。
こんなふうなのが、好き。
アンフォゲッタブル………忘れられない恋の思い出。
あの少年も大人になれば、そんな恋をするのかもしれない。
でも、あの金髪と青い瞳じゃ、カジノに入れる年頃になれば、女たらしのカサノヴァになるわね。
きっと忘れられない恋の思い出を、たくさんの女の子に作る罪な男になるわ。
少年は私が休憩に入ると、必ず話しかけてきた。でも、内容はママンの話ばかり………。
「明日は僕たち、チューリッヒの美術館に行って来るんだ。僕のママンは、ルノアールが好きだから、とっても楽しみにしてるんだ!」
「ママンが大好きなのね………。チューリッヒの美術館は、私も行ったわ。素敵な絵がたくさんあるわよ。」
微笑みながら、私は、相手をしてあげる。
遠い日本にいる、まだ小さい私の息子たちを思いながら。




