ビージーズナイト
JIMMYsで、私にこっぴどい目にあわせられたアブドゥル。
数日後、カジノでまたしょうこりもなく、私に声をかけてきた。
「やあ、君がダイヤモンドが、あんなに嫌いだったとは知らなかったよ。一体何が好きなんだい?プレゼントするから、愛人になってよ。」
私はあきれて、物が言えない。脳天気にも、ほどがある!
「………私を物で、どうこうできると思わないで!私があなたから、もらいたいものがあるとしたら、尊厳よ!」
って、言ってやった。でも、アブドゥルったら………。
「わかった!ソンゲン、だね。今すぐ買いに行かせるよ。どこに売ってるんだい?」
「フランス語の辞書をひきなさいよ!idiot!」
会う度に、私にののしられてるのに、一向に気にしないで、話しかけてくる。大物なのかバカなのか………多分両方。
そのうち、おバカだけど、けっこう気のいいやつってわかってきて、いつのまにか友人になってた。でも、あれ以来………私をレネット(女王様)と呼ぶ。
♥*♥*♥*♥*♥
アブドゥルが退散すると、ジーザスがつまらなそうに言う。
「あっさり行っちゃったな。酒場で、ご婦人をそっとしといてやれよ!って悪漢から守るのが夢だったのに………。」
「何よ、その夢…しょうもない。アブドゥルは友人よ。ちょっと強引なところはあるけど。それに、JIMMYsにいるのは、みんな上品な貴公子か、礼儀をわきまえたカサノヴァにジゴロ。そんなセリフは、出番がないわ。それより、ジーザス!フロアににらみをきかせるの、やめてくれる?いくら、アンナに頼まれたからって、私が楽しむ邪魔しないでよ!」
「フッ………僕は、何もしてませんよ。マダム、ご自分がモテないのを、僕のせいにされても困りますね。」
「何ですって!さっきも邪魔したでしょう?あの黒髪のきれいな青年と踊りたかったのに!」
ビージーズ全盛期。
………とは、言っても今夜はビージーズナイトなの?ってくらいビージーズの曲ばかりかかる。しかも妙なことに「ステイン・アライブ」が、何度もかかる。
この曲好きだけど、聴きすぎて飽きちゃったわ………って、思ってたら、誰かがフロアの中央で、派手なパフォーマンスをしてる。
みんな場所をあけて、彼のダンスを見てる。さっきの黒髪の青年だわ。
圧倒的な存在感に、男も女も見惚れる………。もちろん、ジーザスも私も、口論をやめて、見とれた。
その後、ビージーズの曲を元に作られた映画の中で、彼を見た。彼の名は、ジョン・トラボルタ。映画がクランクアップして、モナコに遊びに来ていたのだ。
曲が変わる。
「小さな恋のメロディ」に出てくるビージーズの曲。スローテンポの可愛い曲。
うっとりと聴いてると、ジーザスがダンスに誘ってくれる。
「マダム、シャルウィーダンス?」
「ふふふ………“王様と私”?そんなふうに誘われたら断れないわ。」
ジーザスに手をとられて、フロアに出る。
今、気づいたけど、彼はエスコートとしては、理想的。時々、憎たらしいこと言うけど、美しくてたくましい青年だし、ダンスも上手。そして………紳士だわ。アンナのお眼鏡にかなうわけね。
私たちはお互いの体がくっつきすぎないように、気をつけて踊っていたけど、フロアが混んでいつのまにか、くっついて踊ってる。
大きく開いた背中の肌に、彼の手がおかれ、少しくすぐったい。でも、お行儀のいい手。はじめから、ジーザスと踊ればよかった。どうして、もめてたんだろう………?
私はやっと、素直な気持ちで、お礼を言う。
「今日はエスコートしてくれて、ありがとう。ジーザス・クライスト。」
そういうと、彼の顔がパッと明るくなる。
「良かった!また、あなたにキレられたらどうしようって、実はハラハラしてたんだ。………そのメイクもドレスも素敵だね。アップにした髪も、よく似合ってる。それに………昼間とは別人みたいだ。いつもはルノアールの少女みたいだけど、今夜のあなたは、カバネルのヴィーナスみたいに、官能的だ。」
胸がときめく。
こんな年下のぼうやの褒め言葉に、うっとりするなんて……。私、きっと今夜は飲みすぎたんだわ。




