ナイトクラブ JIMMY's
ナイトクラブJIMMY'sには、おしのびでスターが、よく来る。
モナコ自体、有名人がよく来るところだから、不思議はない。
VIP席のソファには、アラン・ドロンやロッド・スチュアート、F1のレーサー達…
しかし、プロヴァンス人のアンナに言わせれば、「レコード置き場」だ。
モナコで、エスコートなしで私はどこへでも一人で行ける。
どこでもVIP扱いで、いやな思いをすることがない。
だって、SBMの大株主だから。
SBMは、モナコの名門ホテルからカジノ。ディスコティック、レストラン…etc…
を、経営するグループ企業で、株の半分はモナコ政府が所有する。
私は、おばあさまから、そっくりSBMの株を相続した。おばあさまの持っていた
モナコのプライベート・バンクの莫大な資産を相続したのだ。
第二次世界大戦中、スイスのプライベート・バンクに、資産を預けていた
おばあさまは、戦争が終わると、モナコに口座を移した。
モナコのプライベート・バンクの方が、よりアグレッシブに信託財産を
運用するから。
SBMの株も、買えるうちに大量に買ってて、それが今では、十数倍の価値を持つ。出始めたばかりのプライベート・ジェット機の会社の株や、金鉱や油田の権利………
おばあさまが、いろんなところに投資していたものが、今やものすごい価値をもつようになっている。
小さい頃、モナコに毎年来てたのも、おばあさまの銀行への投資の相談がてらだったのだ。
しかも、モナコはタックス・ヘイブン。相続するのに、たいして税はかからなかった。
*♥*♥*♥*♥*♥*
JIMMY'sも、SBMグループのナイトクラブだから、どんなにVIP席がいっぱいでも、私のために席をつくってくれる。もっとも、私は、踊ってばかりで、あんまり席にはいないんだけど………。
ディスコティックだけど、ドレス・コードは盛装。
私達のように、カジノ帰りの紳士や淑女も多い。それから、貴公子のようなジゴロと、貴婦人のような美しいプロスティテュート(娼婦)………。
フロアに入ると、イタリア系のカサノヴァ達が、サリュー、レネット!と口々に、声をかけてくる。
「レネット?それが、あなたのファースト・ネームなの?」
フランス語が母国語でないジーザスは、この呼び名の意味を知らない。
適当にごまかす。
「ニックネームなの。ほら、日本人の名前って発音しづらいでしょう?でも、あなたはレネットって呼ばないでね。」
「どうして?可愛い呼び方なのに……。」
「いいから、乾杯しましょう!何にする?」
「僕はパスティス。」
「うえっ!飲んだことあるの?あれ、くせが強くて……ハミガキ粉みたいな味がするのよ!」
パスティスは、いろんな香草を入れた南仏のお酒。
水を入れると、ニガヨモギの成分が反応して、白く濁る。私は嫌い。ひどい味。
「知ってるよ。エルブ(ハーブ)入りの酒だから悪酔いしないんだ。今夜はあなたを見張ってなきゃならないし。」
「見張らなくていいわよ!うっとうしい!踊って来なさいよ、ブロンドの子と!」
「言われなくともそうしますよ。グラマラスで、キュートなブロンドの女の子を探してるとこ。青い瞳だったら、最高だな。」
「ふん!今度はもっと性格のいい子にしなさいよ!でないと、またひっぱたかれるわよ!」
「そうですね。あなたと違って、おしとやかなマドモアゼルにしますよ。」
ジーザスは、そう言ってフロアを眺めてブロンドの子を探してる。
「まったく、本当に腹の立つガキだわ!今夜はカサノヴァ達と一晩中、踊ってやる!」
でも………カクテルが来て、私はいつもと何か違うことに気づいた。
誰も誘いに来ない………変だわ!
いつもは席に座ったとたん、誘いにくるカサノヴァもジゴロも貴公子も………誰も来ない!一体なぜなの??
………ふん、いいわよ。誘いにこなきゃ、来させるまでよ。
私はフロアを見渡して、素敵な男性を見つけた。
黒い開襟シャツに白いジャケットの……まつげの長い美しい青年。イタリア系っぽいけど、あの着こなしは、多分、アメリカ人。黒髪に黒い瞳がとってもセクシー♡
ダンスも上手。一緒に踊ってる女の子を上手にターンさせている。なんて、す・て・き・♡
私は彼を見つめる。こちらに気づくまで。
彼の視線をとらえたら、思い切りウインク(^_−)−☆する。
すると、彼は女殺しの微笑を浮かべて、私を見つめ返す。
私も艶然と微笑で応える。
フロアを横切って、彼がゆっくりとこちらにやってくる。その優雅な足どり…
と、思ったら途中できびすを返して戻ってしまった………!
なぜなのーーーっ!?
釈然としない。
私は化粧室に向かった。口にケチャップでも、ついてるのかしら………?
どこも変なところはない。
席に戻る途中で、顔見知りのシャルル・エドワードに声をかける。
「ねえ、どうしちゃったの?誘ってくれないの?私、今夜、完全に壁の花だわ。」
「レネット…一緒にいるの誰?新しい愛人かい?近づこうとしたら、すごい目でにらまれたぜ。怖くて誰もいけないよ。」
「愛人じゃないわよ!友人なの!ジーザスがにらむ?彼はブロンドの女の子を探してるだけなのに……みんな臆病ね!」
念のために、他の男の子にも聞いてみた。
そしたらみんな、ジーザスが俺の女に手を出すな……みたいなバリアーをはってるので、怖くて近づけないと言う。みんなバカね!そんなわけないじゃない!
何しろ、みんな女性を口説くことに命をかけてる、やさ男たち。めんどくさいことには、絶対関わりたくない。多分、ジーザスは、アンナに私を見知らぬ男と踊らせるな!と言われてるんだわ。
でも………だからって、やりすぎなのよ!
文句を言いに、席に戻ると、フロアに友人のアブドゥルがいる!
あわてて、下を向いて目を合わせないようにして、カクテル飲んでたけど、見つかってしまった。
「サリュー!レネット。久しぶり!元気だった?一曲踊ってよ!」
「………イヤよ!アブドゥル!あなたこないだ、私のことターンばっかりさせて、ふりまわしたでしょう!目がまわったの!絶対にお断り!」
「踊らないなら、こっちで一緒に飲もうよ。クリスタル(シャンパーニュ)でいい?」
「今夜は連れがいるのよ。紹介するわ。プロテニスプレイヤーのJ・G・クライストよ。今夜は、私のエスコートをしてくれてるの。」
「サリュー!ムッシュウ・クライスト!知ってるぜ!あんたのスマッシュ、すごいな!バカンスかい?どこに滞在してる?」
「彼女の家に。」
ジーザスは、こともなげに嘘をつく。泊まるのは、今夜だけなのに…。
アブドゥルは、Oh la la~!と大げさにがっかりしてみせて、ジーザスにうまくやったな!と、声をかけて、フロアに戻っていった。
この男……アブドゥル・ギュル・オスマンオウル。
ジーザスのバリアーを、ものともしないこの男は、オスマン帝国から続く、イスタンブールのスルタンの末裔。二十年後に、アンカラで、大統領に選出される。このときはまだ、モンテカルロの遊び人だ。
大富豪は、モナコでは珍しくないけど、彼はケタ違い。
沖に停泊させてるばかでかい豪華客船から、クルーザーで、モンテカルロに遊びに来る。カジノで流す一回分の掛け金が、最低でも、30万ドル。それを一晩に何度もやる。とんでもないやつ。
彼はどうしてだか、私を気に入ってて、たまに会えば、踊ってくれとしつこい。今夜もジーザスが、いなかったら、つかまってた。
普通の相手なら、そんなことにはならない。私がNonと言ったら、Nonだもの。でも…彼には全然通じない。彼は並外れた………おバカさんなのだ。
JIMMY'sで、初めてアブドゥルに会った時、踊ってくれと頼まれて、一曲だけ相手をした。そしたら、私に、小指にはめてたダイアモンドの指輪を押しつけて
「今夜、一晩、相手をしてくれたら、もっと大きなダイアモンドを好きなだけあげる。」
と言った。娼婦扱いされて、頭にきた私は、彼の口をこじ開けて、その指を放り込んだ。そして、テーブルにのってたシャンパーニュの瓶を、彼の口に突っ込んだ。
「飲み込みなさいよ!」
と、命令した。そして、ヒールのカカトで、穴があくほど、彼の足をふんづけて
「大和撫子をなめるな!このバカヤロー!」
と、すごんだ。
誇り高き、スルタンの子孫をそんなめに合わせたので、フロアは凍りついた。………以来、私に失礼なことを言う奴はいない。