愛した覚えなどございませんが?
短編を投稿します よろしくお願いします
「婚約者?はて、私にそんな人居たかなあ」
レオンハルト王太子殿下は、私といる時と公の場にいる時の言動が違う。
恋人に決まっているじゃないか。と、レオンハルト様がよく二人でいるときに言うが、いざ外に出かけると、すぐにこうなる。
そんな彼をいつも私は許していた。
本人は照れ隠しだよ、と言っているが本当のところは分からない。
レオンハルト様には交友関係がやたらと広い。口も達者なことから、私がいくら詰め寄ってもあの時はこうした、名所にも連れて行った、と自分のしてあげたことについて一つ一つ正確に暗記している。
私はいつもその口車に乗せられてしまうのだ。
「レオンハルト様、今日の公務でございます」
「おお、いつも済まないね、エリス」
エリスは最近社交界に現れた男爵令嬢。やたらと、レオンハルト様の側にいることが多い。
私はそんなレオンハルト様をいつも端から見ているのである。
◇
事件は突然起きた。
「ソフィア、今日は君の行きたいところへ行こう」
そんな一言から、今日の小旅行は始まった。
王都を出て、港町で二人の優雅なひとときを過ごした。
彼はいつだって私を気遣い、欲しいものがあれば何でも買ってくれた。会話をすれば私を楽しませ、歩くときには馬車側を歩く。どんな些細な思い出も覚えてくれている。
「恋人なんだから、当然じゃないか」
まさに理想の婚約者という言葉がふさわしい。
人目のないところでは、いつもこうだった。優しくて、甘くて、まるで私だけを見ているような人。だから私は、今日もきっと同じ一日になるのだと思っていた。
けれど、王城へ戻った私たちを待っていたのは、思いもよらない光景だった。
「ああ、エリスじゃないか」
先ほどまでの私を見つめる笑みがすっと消えた。
「そちらのお方は?」
レオンハルト様は私を一瞥すると、まるで今初めて気づいたかのように言った。
「この方がどうしても街へ行きたいと言うものでね。仕方なく馬車に乗せてあげたんだよ」
あまりにも自然に嘘をつくので、私は言葉を失った。さきほどまでの言葉はなんだったのか。
「休日まで他人の望みを叶えてあげるとは、さすがレオンハルト様です」
そのつり上がった眼をほころばせ、エリスは誰にでも言えるような安い褒め言葉を発した。
「じゃあ、失礼するよ、ええっと、ソフィリア、だっけか」
その言葉に、ブチッ、と私の何かが切れた。
「待ってください」
レオンハルト様が足を止める。
「なんだい?」
「レオンハルト様、先ほど、ご自身がおっしゃられた言葉を忘れたのですか?」
何だっけ、という顔をしたので言ってやることにした。
「君の行きたい場所へつれてってやると先ほど申されたような気がするのですが」
ぷっ、という笑い声がエリスの口から漏れた。
「……何がおかしいんだい?」
「いえ。とても面白い方だと思いまして」
感情とは裏腹に、私は自分でも驚くほど穏やかな声で答えた。
「恋人なんだから当然だ、という言葉もおっしゃっていましたよね」
エリスが二人を見る。
「恋人なんですか?」
「彼女がそう言っているのだからそうなんだろうか?」
彼はわざとらしく、頭をかしげる。なんだろう。この人、本気で覚えていないのだろうか。それとも。覚えていて、わざとやっているのだろうか。どちらにせよ、私の胃には悪い。
私は今まで彼のことを本当に恋人だと思っていた。一緒に旅行に行ったときには、本当に楽しい時間だった。何もかも忘れてただ彼と過ごす時間だけを楽しんでいた。
貴族学校では、何をすることもなく夕方まで二人で語るだけの日もあった。彼とは趣味がよく合った。二人で舞台を見に行ったり、気に入った詩について語り合ったり。
あの時間だけは間違いなく幸せだった。
だけど、思い起こせばそれは二人でいる時のみの話であった。一歩人の目がある場所へ出れば、彼は私を知らない人のように扱う。
私はそれを王子としての立場があるからだと思っていた。人前では照れくさいのだと。二人きりの時に見せてくれる姿こそ、本当の彼なのだとそう思うようにしていた。だが、今ので確信した。
私は、ただの馬鹿だったのかもしれない。
公の場で見せる冷たさこそが彼にとっての本当だったのかもしれない。そう思うと、今まで嬉しかった記憶までひどく滑稽なものに思えてくる。
私はただエリスと仲睦まじく会話をするその姿を唖然と見つめるしかなかった。
◇
趣味も少なく、交友関係の少ない私だが、友達と呼べる存在が一人だけいた。
アルベルト・エーデルハルト公爵令息。
今は互いに家名を背負った立場である。公私にわたってそれに応じた呼び名が必要になる。
「ア、アルベルト様」
私の声で、彼がこちらを振り向いた。
「おお、ソフィア嬢ではないか」
二人で顔を見合わせて笑ってしまった。なんだか二人でこれをやると昔にやった児童劇のようである。
「やめようか。幼なじみだし、そんなに人通りも少ないしさ」
今日は二人で身分を隠し、ただの若者として街を歩いていた。
もちろん、私たち二人だけではない。
私の後ろには専属侍女のマリアが、そしてアルベルトの後ろには彼付きの従者が控えている。
お互いの家が、幼い頃からの付き合いとはいえ、今では公爵家を背負う立場なのだからと、それぞれ付き添いを用意したのだ。
本人たちとしては少々堅苦しいが、これが今の私たちには必要なのだろう。
「舞台、楽しみです」
今日、二人で見に行くのは、街でも評判の小さな劇団の新作だ。私たちが会場に着くと、もうすでにものすごい熱気が全体を埋め尽くしていた。
「はい。これ」
ソフィアが手元を見ると、そこには小さなパンフレット。
「気が利くわね」
「はははっ、君のことならそれくらい分かるよ」
そして、開演の鐘が鳴る。舞台に明かりがともり、役者たちが登場する。劇はやるのも楽しいし、見るのも楽しい。やる難しさを知っているからこそ、裏側が分かる。
人々の努力の結晶を見るのが好きだった。
物語が進むたび、アルベルトが小さくこちらを見る。
こういう無邪気なところはいくつになっても変わらないものだ。
やがて幕が降りた。
「なかなか面白いじゃない」
そう言う私を見ながら、アルベルトは満足そうに笑っていた。
そのとき、舞台袖から、予想もしなかった声が響いた。
「本日はなんと、エーデルハルト公爵家のアルベルト様にもご来場いただいております!」
思いがけない紹介に、場内がざわめいた。
私とアルベルトは顔を見合わせた。そんな手はずはしていないのに。
パッ、と私たちをスポットライトが照らす。
「参ったな。今日は身分を隠す予定だったんだけど」
「では、隣にいるのは……」
ゴホン、と咳払いをしてから、
「ああ。ヴァレンシュタイン家のソフィア嬢だ」
会場に小さなどよめきが起こる。
「もちろん、双方の家族の了承を得ている」
焦ったように場を収めるアルベルト。まったく、余計な配慮までして私のために気を遣ってくれる。少し早口になりながら彼は感想と礼を述べていた。その焦りに私は、少し笑って横で見ているのだった。
◇
そして帰りの馬車にて。
アルベルトは頭を抱えていた。まだ私たちがいたことを気にしていたみたいだ。
「……まさか、あそこで注目の的になるとは思わなかったな」
「そんなに気にしなくても大丈夫でしょう。家の許可も取っているし、マリアもあなたの従者も一緒だったじゃない」
「それでも噂というものは歪んで広まるものだからね」
まったく、余計なところまで気を遣ってくれる。彼は二人なのにソフィア嬢と呼び、スポットライトが当たれば必要以上に私を気遣う。真面目で律儀で他人への気遣いを忘れない人。
幼い頃からそうだったから、何も疑問に思わなかった。
「……レオンハルト様なら、あんな風には言えないと思います」
馬車に沈黙が走る。
レオンハルト様ならなんと言うだろうか、いや、自分だけ切り上げてさっさと帰ってしまうだろうか。そもそもじゃあ別の席で、といって自分は離れて見るだろうか。
理由を尋ねるとこちらへ来なかった君が悪いだろう、などと後から言われるのだ。
人前で私をどう扱うかなんて、いつも決まっていた。だからこそ。今日、アルベルトが私の隣に立ってくれたことが、妙に心に残っている。当然のことなのに。
まるで、私がここにいることを隠す理由なんてどこにもないと言うように。
「……君も大変だな。ああいう扱いをする男が許嫁だなんて」
アルベルトは苦笑しながら、窓の外へと視線を向けた。
私をないがしろにするレオンハルト様の姿は言わずとも知れていることだった。
「私には、照れ隠しなのだと、そうおっしゃっていました」
「そうか」
とはいうものの、アルベルトは少し不快そうな顔をしていた。
「ともかく、今日の件で何かあったら責任を取ろう」
それだけ言って彼は何も語らなかった。
◇
その数日後、王宮では夜会が開かれていた。私は人の少ない窓際で、手にしたグラスを眺めていた。
レオンハルト殿下は相変わらず私を居ないように扱って、今日も大人気だ。
彼の回りには人だかりがいつものように出来ている。
「ソフィア」
振り向くとレオンハルト様がこちらへ歩いてきた。
珍しく、今日は衆人環視のなかでも相手にしてくれるようだ。
彼は二人きりの時にしかしないはずの柔らかな笑みを浮かべている。
「この前のことなら、私も少しふざけすぎたと思っている」
胸が小さく痛んだ。あの日以来、私は何度も考えていた。
もし本当にレオンハルト様が変わるつもりなら。
「私は君を失いたくないんだ」
その言葉に息を飲んだ。それが本当であれば、私は夢にまで見た二人の生活があるのかもしれない。
私は一縷の望みをかけて、彼を信じてみることにした。
「……本当ですね?」
「ああ」
彼は私の手を取る。大勢の人がいるのに。今までなら絶対にしなかったことだった。
「君は私の大切な婚約者だ。エリスとはただの友人だよ」
わたしはこれでよかったのだと思った。
それを見ていたエリス嬢が口を開いた。
「アルベルト様と遊んでおきながら、結局はレオンハルト様の所へ行くのですね」
ぱっと、レオンハルト様の手が離れた。
「それはどういうことだ?」
先ほどまでの柔らかな笑みも消えている。
「はい。レオンハルト様。このソフィアという方は先日アルベルト公爵子息と婚約者の身でありながら街へ出かけている姿を目撃したと街で噂になっております」
わざとらしく、エリスはハンカチで目元を拭い始めた。
「なんだって?」
レオンハルト様の顔が歪む。
「私に黙って……密会していたのか?」
エリス嬢はさらに涙をこぼす。
「私も、あまりこのようなことは言いたくありませんでした。ですが……私は、殿下のお立場が心配なのです。黙って密会などする悪女と交際してただなんて」
そのままエリスは泣き崩れてしまった。
その姿を見て、周囲の何人かが同情するような視線を向けた。
レオンハルト様の眉間に皺が寄る。
「ソフィア、どういうことだ」
低い声だった。私を糾弾するような、怒気に満ちた低い声。
「確かに、アルベルト様と街へ出かけたのは事実です。ただ、二人きりでは……」
「婚約者の私に黙って!!それを密会と言うんだろ!!」
レオンハルト様の声が響いた。
「……はい」
もう、どうすればいいんだろうか。何と言っても話を聞いてもらえるような状況ではない。
「確かに、配慮が欠けていた部分もあったかもしれません」
もうどうしたらいいのか分からず、つい謝ってしまった。
ふん、と彼は鼻を鳴らした。
「なら、話は早い。私からもけじめをつけさせてもらおう」
といってから、レオンハルト様は私から離れていった。
「殿下?」
そう思っている間にも、彼は近くにいた侍従に声をかけ貴族たちを集めさせる。
「皆様、殿下よりお話がございます」
何が始まるのだろう。
◇
中心に立つレオンハルト様とその御前に立つ私。私たちを中心に貴族たちが円を描くように取り囲んでいる。誰もが口を閉ざし、ただことの成り行きを見守っていた。
まるで、その姿は罪を問う法廷のようであった。
「私の婚約者、ソフィアがアルベルトと密会していたという証言があった。それを彼女自身が私の前で認めたのだ」
ざわ、と会場が揺れた。
先ほどまで遠巻きに見ていた貴族たちも、今は誰一人として目をそらさない。
「王太子の婚約者が、このような行動をとることを見過ごすわけにはいかない。誠に口惜しいが、私は宣言しよう」
ぐぐぐ、と彼は拳を強く固める。大切な婚約者の過ちに心を痛め、それでも王太子として国を優先しなければならない男。まさに彼は悲劇の主人公のようだった。
「ソフィア・ヴァレンシュタイン。あなたとの婚約をここに破棄する」
私は絶句した。急に婚約者のふりをしだして、何を言い出すかと思えば。
つまり今日の優しさは最初から茶番だったのだ。
私に罪を認めさせるための。
人前で私の手を取ったことも、すべて、私自身の口から謝罪を引き出すためだったのだ。
「ふふ……」
怒りを通り越して、むしろ笑えてくる。私は馬鹿だ。なぜ、こんな男を最初から信じてしまったのだろうか。
そのとき、ギィという大きな音を立てて会場の扉が開いた。
「密会、というのには少し語弊がありますな」
会場の端から凜とした声が響いた。
アルベルト様と私の侍女であるマリアが立っている。
「先日の外出について、申したいことがあります」
そして懐から一枚の書類を取り出した。
「これは、私たち両家の承認を得て外出をした公的な書面です。さらに双方の護衛と従者が同行しております。劇場にも確認していただければ、私たちの動向を認識しているでしょう」
「そんなもの……!!」
一国の王子を相手にしても私の潔白を証明するためなら、一歩も引かない。何かあったら責任をとろう、何気なくつぶやいた彼の言葉は決して薄っぺらい言葉ではなかったのだ。
「それどころか、レオンハルト殿下の方がソフィア様に無礼を働いているのではありませんか?あなたの今までの言動は様々な人が耳に入れているはずですが」
「王太子に向かって無礼とは笑わせるな」
貴族たちは何も言わなかった。どちらにつくかをじっと監視しているようであった。
「レオンハルト様の方こそ、不貞を働いているのではありませんか?」
「なんだと?」
そのとき、マリアがもう一枚紙を取り出した。
「こちらをご覧くださいませ」
紙の上には、王城の外出記録。日付や時間、同行者などが記載されている。
「昨年十月十二日、殿下とエリス様は護衛もつけずに王都北区へ」
「そ、それは……」
「そして、到着先はエリス様のご実家でございます。そして私室の記録には、『レオンハルト殿下、エリス様の私室へ入室』、そして翌朝帰宅と記録にはございます」
マリアが証拠を手に苦笑いを浮かべる。
「エリス様の私室に公務でいらしたのですか?」
その問いかけに、エリスの顔からみるみる血の気が引いていく。
「や、やめてええええええぇ……」
エリスが喚いた。まさか自らの秘密をこのような場でさらされるとは思いもしなかったのだろう。
エリスと仲がいいというのは知っていたが、このレオンハルトという男、どこまで私をこけにしていたんだろうか。
レオンハルトは、ぷるぷると顔を震わせ怒りをあらわにしている。
「私とエリスを笑いものにして楽しいか!!」
先ほどまでの余裕はもうどこにもない。
「お、お父様が黙っていないぞ!!お前たちは国家を敵に回したんだ!!」
会場の視線が貴賓席へと集まる。
そして、静観していた王がゆっくりと立ち上がった。
「話は聞いていた」
王は二階席からゆっくりと壇上へと上がる。それは決意を秘めた男の顔であった。
公爵家を切る覚悟を決めたのだろうか。
「ほ、ほら見たことか!ソフィア!!公爵家だかなんだか知らないが、お前みたいなちんちくりんと一緒にいると、僕の品格まで下がるようで嫌だったんだ!!」
胸の奥がずきりと痛む。やはりそうだったのか。
あの優しさも、あの笑顔も、二人きりの時にささやいてくれたあの言葉も、私が勝手に信じていただけだったのだ。
しかし、私たちは正しいことをしたんだ。ああ、アルベルトには申し訳ないことをした。私をかばったばっかりに、とばっちりで追放されてしまうなんて。
アルベルトが私の手を握った。
「大丈夫さ、他国で一緒に暮らせばいい。なんてことはないさ」
その言葉に胸が詰まった。私にはアルベルトがついている。私はどんな処分も受ける。そんな覚悟だった。
王が壇上に登り切った。もうしばらくしたら私たちの処分が下されるだろう。この国を出て行けと言われるのだろうか。
私はうつむいた表情で、ただそれを見るしかなかった。
だが、次の瞬間、あり得ないことが起こった。
「此度の件はうちの馬鹿息子が誠に申し訳なかった。ヴァレンシュタイン公爵家、エーデルハルト公爵家には、王として深く詫びたい」
王が、王族の頂点に立つお方が、私たちに頭を下げている。
「お父様……?」
そして王は冷徹な目をレオンハルト様に向けた。
「エリスと結婚したいのならすればよい。だが、そんなお前を許せば国は傾く」
戸惑っていた私だったが、王の言葉をようやく理解した。
私と結婚する理由は公爵家との関係の安定もある。破談するだけならまだ静観していたかもしれないが、今対立しているアルベルトの家もまた公爵家。ましてや、不貞を働いていたともなると、話は別だ。
レオンハルトを擁護することは王家の威信そのものを大きく損なうことになる。
王は息子を切るという苦渋の決断を下さざるを得なかったのだ。
「お前はもう儂の息子ではない。エリスを連れてどこへなりとでも行け」
レオンハルトに下されたのは、悲痛な言葉であった。
絶縁。それは貴族社会において後ろ盾を失うということ。まさに事実上の死刑宣告である。
婚約破棄であれば、まだやり直せる。恥はかくものの、まだ地位を失わないからだ。
しかし、王の口から出たのは、息子ではないという言葉。
「そ、そんな……」
レオンハルトはすぐさま私の元へ駆け寄ってきた。
そして、先ほどまで私を罵っていたとは思えないほど優しく、私の手を包み込んだ。
「ソ、ソフィア……こんなことになるなんて思いもしなかった。もう一度!!もう一度だけやり直してくれないか!?」
当の本人は、この期に及んで、まだやり直しを希望している。
「あんなに愛していると言っていたじゃないか!!ほ、ほら俺たちは恋人だったろう」
「反省しているのですか?」
「ああ!!もちろんさ!!」
レオンハルト様の私を見る真剣な目。ようやくその目になってくれましたね。
服装は乱れているものの、きれいな金の長い髪は夜会の灯りを受けて揺れている。それはまるで、おとぎ話に出てくる白馬の王子のよう。
私は本当にこの人が好きだった。二人きりの時に見せてくれた優しさを、甘い言葉を、私は今も覚えている。
目をつぶれば、昔のあの日々を思い出せる。共に作詩に励んだ日常、何気ない日々を一緒に過ごした時間。
彼が王で私が王妃。そんな未来を今でも目に思い浮かべると、幸せな気分になれる。
だったら、もう一度信じてあげてもいいのではないだろうか。
私は王太子の隣に立てる人間だ。そうなれるように必死に努力してきた。
語学や政治、一般教養はもちろんのこと、貴族としての礼儀作法や社交術を身につけ、恥をかかないように努めてきた。
いつか彼の隣を立つ日を夢見て、苦手なことにも逃げずに向き合ってきた。
「ソフィア……頼む」
レオンハルト様が必死に私に助けを乞う。ずっと私はレオンハルト様に必要とされたかった。
大丈夫。私に頼れば、また助けてあげられるかもしれない。
「レオンハルト様、あなたを……」
私の家はこの国でも指折りの公爵家。父は長年、国政の中枢に携わり、王からも厚い信頼を寄せられている。王がそういっても私が言えば、お父様がなんとかしてくれるかもしれない。
私は彼の手をぱっと、振り払った。
「愛した覚えなどございませんが?」
その言葉を最後に、私はもう振り返らなかった。
終
お読みいただきありがとうございました!!




