第9話『たぶん僕は不定形のモンスターみたいな存在に見られている』
「ツァラ・オグ・マ・セトゥエ」
シフォンさんの構えたメイスから、本日十発目の雷が放たれた。
僕は腕を交差させ、真っ向からそれを受け止めにかかる。
「うおぉおぉおおっ!!!」
直撃。
腕が痺れ、灼熱に焼かれるが――意識を失うことも吹き飛ばされることもない。その場で踏ん張って耐えることができている。
その状態で僕は、教えてもらった基礎的な呪文を一つ唱える。
「ツァラ・ジッド!!」
途端に、僕の身を焼き焦がしていた雷の光条は裂けるチーズのように割れ、矛先を失って霧散していった。
「できました! シフォンさん! できましたよ! 雷魔法でも!」
「ごめん。ちょっと近寄らないで」
僕は初の呪文成功のままにシフォンさんに駆け寄ろうとしたが、彼女は爆速で後ろに下がって距離を取った。
その理由は――ステータスを開くまでもなく、僕の装備を見れば分かる。
昨日まで僕の装備は『赤銅色の甲冑』だった。
シフォンさん曰く、茶色系統の発展色である赤銅色は<土属性魔法>と<魔法力>の高さの反映。戦士的な甲冑は<攻撃力>の顕れとのことだった。
ただ、今の僕はもうその原型を残していない。
今朝からの魔法訓練で、立て続けに<炎属性魔法><雷属性魔法><水属性魔法>のスキルを習得した僕のステータスは、一気に魔法系の数値へ偏った。
物陰にこっそり隠れ、自分一人でステータスを確認してみた現状の数値がこちら。
【ハギ・ケイイチロウ/魔砲士】
性別:男性
レベル:135⇒147
生命力:180⇒200
攻撃力:190⇒200
魔法力:180⇒260
敏捷性:150⇒160
技巧:140⇒150
保留中ステータスポイント:10⇒0
【習得スキル】
<ステータス超成長><炎属性魔法><雷属性魔法><水属性魔法><地属性魔法><剛腕><不眠不休><痛覚耐性><精神耐性><火炎耐性><雷撃耐性><水耐性>
これを反映した僕の現状の装備は『迷彩柄のロングコート』となっている。もしかしたら戦場でギリー・スーツを着た兵士とかに近い印象かもしれない。
「なんでたった一日でそこまでステータスが変化するわけ……? スキルのせいって分かってても、さすがにちょっと……」
「これでも魔物狩りをしていたときよりは上がりづらくなった印象なんですが」
今朝からシフォンさんに付けて貰っている訓練も『魔法を受けて耐える。同属性の魔法でそれを中和する』の超・実戦型スタイルだ。命懸けだった魔物狩りと比べてもなお過酷といえる内容だが、それでも上昇ペースは鈍くなったように感じる。
「レベルが三桁を越えると、以降のレベルアップに達する必要経験値が跳ね上がるから。きっとそのせいでしょう」
「ああ、言われてみれば三桁になったときからステータスポイントも倍になりましたしね」
レベルアップ後にステータスを開くと、『保留中ステータスポイント』という数値が表示される。これを任意の項目に割り振って自分のステータスを成長させるのだ。
レベル1~100まではレベルアップごとに都度5ポイント獲得だったが、レベル101以降は都度10ポイントの獲得となった。
嬉しいボーナスだと思っていたが、必要経験値が跳ね上がっていたとは。それなら損得あまり変わらない気もする。
「あっ。またレベルが上がった」
たった今の雷特訓が反映され、僕の脳内で『ピコーン♪』と通知音が鳴った。自由に使えるステータスポイントがこれでまた10増えたことになる。
その言葉を聞いたシフォンさんがさらにまた頬を引き攣らせて後退する。小声で「お金のため。お金のため」と呟いているのが聞こえる。この世界の価値観的におそらく、彼女には僕のことが「目の前でぐにゃぐにゃと顔面や体形を変化させる不定形の化物」のように感じられるのだろう。
――と、ここで僕はある疑問を覚えた。
「シフォンさん。レベルアップ時のステータスをすべて『保留中ステータスポイント』に置いたまま、ずっと割り振らなければどうなるんですか? 僕みたいな異常なステータス成長速度の持ち主でも、普通程度の成長速度に偽装できるんじゃないですか?」
この世界の『衣服』はステータス数値の顕れ。ならば、ステータスポイントを振らなければ外見が変化することはない。
その手を使えば僕や魔王だって普通の人間として暮らせそうに思ったが、
「無理よ。『保留中ステータスポイント』も一定量を持ち越していると『宝飾品』として装備の外見に反映されるから。こんな風に」
そう言ってシフォンさんは、自身の首元を示した。そこには大きな宝玉の煌めく黄金のネックレスがかけられている。
いや――それだけではない。昨日からシフォンさんをじろじろと眺めまくっていた僕には分かる。後ろ髪を束ねる白金のティアラ。耳元に輝く紅玉のピアス。あれもおそらく装備由来の『宝飾品』である。
なぜかといえば、昨日彼女が下着姿になったとき、それらも装備と同時に消え失せていたからだ。見逃してはいない。
「……ということは、シフォンさんって保留中にしているステータスポイントがずいぶん多いんですね?」
「他人のステータスの詮索はマナー違反よ。特に女性に対しては」
「はっ、すいません」
ほぼ反射的に土下座で謝罪する僕。シフォンさんは溜息をついた。
「まあ……チューターとして理由を教えてあげる。ステータスポイントを大量に保留していると、ごく稀にポイントの全消費と引き換えに<レアスキル>を獲得することができるの」
「<レアスキル>……たとえば僕が持っている<ステータス超成長>のような?」
「絶対にそのスキルだけは御免よ」
きゅっと唇を真一文字に結んでシフォンさんが拒否の意志を示した。
「ま、そう簡単に獲得できるものじゃないけどね。だいたい死の淵とか危機的状況とか、そういう『心の底から強く力を欲する』状況下で発現すると言われてるわ。だから、万が一の保険として保留してるわけ」
なるほど。保留ポイントがいざというとき火事場の馬鹿力に変貌してくれるかもしれないと。ロマンに溢れた運用法である。
「じゃあ僕もポイントを保留しまくっていれば、いつか素敵スキルが新たに目覚めるかもしれないわけですね……?」
「難しいんじゃないかしら」
期待に胸を膨らませた僕だったが、シフォンさんの返事は渋い。
「あなた、死にかけてもすぐにレベルアップして回復するでしょう? そこまで危機的状況になることがそんなにないんじゃない?」
「う。言われてみれば確かに……」
「あと、それ以上変なスキルを身に付けたら本当に討伐対象とかになりかねないからやめておいた方がいいわよ」
師匠からの有難い忠告に僕は深く項垂れる。土壇場で新技を習得なんて男なら誰でも憧れるシチュエーションなのに。
「おお! そこのお方!」
と、そのとき。
訓練をしていた河川敷に、一人の男性が駆け込んできた。柔和な顔つきをした壮年の男性だ。
「え、誰ですか?」
シフォンさんの知り合いかと思って彼女を振り向いてみるが、彼女もまた首を振った。まったく見ず知らずの他人だ。
「ああ、申し遅れてすみません。私は女神教の神官を務める者でして」
神官?
その自称に僕は首を捻る。なぜなら、目の前の男性の服はまったく聖職者っぽくなかったからだ。
まるで関西のおばちゃんが来ていそうな派手柄のジャケット。
サンダルのように簡素な履物。
腰から下は袴のような幅広ズボン。
あまりに統一感のないその服装から受ける印象は『無課金ユーザー』である。イベント配布の装備を雑に組み合わせた感じだ。
「なるほど……神官さんね。確かにそれっぽいステータスだわ」
「え? どういうことですかシフォンさん? 神官さんなら<魔法力>特化にならないんですか?」
「現場で治癒に当たる下級神官ならそうだけど、神に祈りを捧げる上級神官はこういうバランスのステータスになるのよ」
生命力:■
攻撃力:■■
魔法力:■■■
敏捷性:■■■■
技巧:■■■■■
シフォンさんが木の枝で地面に描いたのは、階段状のステータスグラフである。
「女神様のいる天上に向けて段を上るイメージで、1:2:3:4:5の比率で数値を割り振るの。これが上級聖職者の伝統的ステータスね」
「待ってください。それじゃこの世界の偉い聖職者さんってだいたい『素早くてテクニカルな人』になってしまうんですか?」
「そうなるわね」
「そんなっ。バスケのポイントガードじゃないんですから」
ファンタジー世界における癒しの聖女様とかは、おっとりしたのんびり系お姉さんというので相場が決まっているではないか。いや待て。『素早くてテクニカル』という響きもよく考えたら悪くない。どことなく淫靡な香りもある。
「あの……? よろしいですか?」
と、僕らが会話していると神官のおじさんがおずおずと手を挙げてきた。
「あ、ごめんなさい。どうぞどうぞ」
「実は女神様より神託があったのです。そこにいるハギ・ケイイチロウ様を魔王討伐の勇者として全面的に支援するように、と」
シフォンさんがぎょっとして僕を二度見した。
「……本当に女神様がそんなお告げを?」
「はい。あなたが授けられた<ステータス超成長>は無限の可能性を秘めたスキル。人類総出であなたに助力し、魔王を倒せる戦力として育てるよう命じられました」
おかしい、と僕は思う。
女神様には僕の真意を伝えたはずだ。魔王を倒すのではなく、純粋にただ止めたいと。
本当にそんなお告げがあったのだろうか?
僕は目を瞑り、天上にいる女神様に念話を試みる。地上に降り立ってしまえばもう簡単に連絡できなくなると言っていたが、雑念を排して精神を集中すれば――
(……す。そ……です)
ノイズ混じりに女神様の声が聞こえる気がする。
さらに深く、その鈴を転がすような声に意識を傾ける。すると一瞬だけ、言葉が明瞭に聞き取れた。
(嘘です!)
悲鳴のような叫びで弾かれるように目を開く。
そのときにはもう、眼前に獣の爪が迫っていた。
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