第6話『決して二言はありません』
数年前。ある街に美しい公女様がいました。
『魔法力』と『技巧』の二極特化ステータス。魔法属性は混ざりけのない雷属性一種のみ。儚げでありながら、秘めたる力と高貴な香りを漂わせるお姫様系の王道ステータスでした。
そんな麗しい公女様を領民はこぞって偶像的に慕い、その特化属性を冠して【雷霆公女】と敬いました。
しかし、平和だった街を突如として魔王が襲いました。
一夜にして街は滅び、見渡す限りの焼け野原となりました。公女様は奇跡的に生き残りましたが、領民の多くは死に絶え、もはや命以外に残っているものは何もありませんでした。
それでも公女様は諦めませんでした。
先祖代々の土地を再び復興させ、必ずや家名を未来に残すのだと。
彼女は金策のために冒険者となりました。そして強さを求め、あらゆる矜持を投げ捨てた結果――公女様のステータスは見る影もないほど汚い『雑ステータス』になってしまったのです。
「酒」
「はいっ」
突き出された木製のカップに、酒瓶から葡萄酒をトクトクと注ぐ。
街はずれの切り株に腰をかけ、次々に瓶を空けながら真っ赤に出来上がっているのは、師匠ことシフォンさんである。見た目はまだ十代っぽいから心配になるが、ここは異世界である。法律とかも違うのだろう。
「言っておくけど、未練があるとかじゃないから」
「はいっ」
「私のステータスは本来もっと綺麗だったとか言い訳したいわけじゃないから」
「はいっ」
明らかな言い訳をしつつシフォンさんは酒をグビグビと呷り続ける。
「お笑い種よね。あんなに『麗しき公女様』って持て囃されてたのに、今じゃ私なんて陰で『山猿みたいなステータス』とか『汚部屋住んでそうなステータス』とか『体臭キツそうなステータス』とか……」
「僕としては体臭なんてキツければキツいほど有難いものという感覚なんですが」
「あ?」
「いえ。なんでもありません。それよりシフォンさんってこの街のギルド序列一位なんですよね? そんな敬意を欠いた陰口が許されていいんですか?」
「いくら強かろうが偉かろうがキモいものはキモいでしょ。そういうものよ」
そうボヤくシフォンさんの横顔は、諦念と哀愁に溢れていた。この世の摂理に文句を言ってもしょうがないといった風に。
「で……チューターとしてのアドバイスだけど、よっぽど切羽詰まった事情がないなら冒険者なんてやめた方がいいわよ」
一気にカップを傾け、口の端から葡萄酒を零しながらシフォンさんが言う。
「冒険者稼業やってたら、生き延びるためにどうしてもステータスを『雑に伸ばす』しかなくなるから。賤業もいいとこよ。あんまり長く続けてたらステータスが傷物になって、将来まともに恋愛も結婚もできなくなるわ」
「心配していただけるのはありがたいんですが、『よっぽど切羽詰まった事情』が一応はありまして」
「どんな事情?」
「ちょっと魔王を止めたくて」
ぶっ! とシフォンさんが葡萄酒を噴き出した。
「魔王を止めるって……正気!? 絶対に死ぬわよ!?」
「まあ、とりあえずできる限りのことはしてみようかと」
わりと魔王が話の通じる奴だと知っている僕は、呑気にそう答える。シフォンさんはぼりぼりと髪の毛を搔きむしった。
「そういうことなら、私に指導を仰いだって無駄よ。私が千人いたって魔王には及ばないでしょうし」
「いえ。僕はまだ冒険者として何も知らない未熟者ですし、いろいろ多くのことを教われると思っています」
「……ああ。一週間前まで、レベル5以下だったんですって?」
「はい」
「俄かには信じがたいけど……ううん……」
シフォンさんは頭を揺らしながらブツブツと悩み出したが、やがて自分の額をぺしんと叩いた。
「ああもう。酔い過ぎてよく分かんない。あんたの指導は明日からね。今日は一旦帰って寝ることにするわ」
「はいっ。分かりました。それではまた明日よろしくお願いします!」
僕は土下座で彼女を見送る姿勢になったが、シフォンさんはふと思いついたように悪戯な笑みを見せた。
「そうだ。さっきあんた……三日三晩はどうこうとか言ってたでしょ。本当にあれがお世辞じゃないっていうなら、今から私の家にでも来てみる? びっくりするほど狭いし、見せらんないほど散らかってるけど……」
「はい。行きます。絶対に行きます。誰がどう言おうが行きます」
「そうよね~。絶対にお断りよね~。いざとなったらドン引きするに決まって……えっ?」
僕は真顔で繰り返した。
「行きます」
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