第5話『苛烈なカルチャーギャップ』
師匠。
僕のハートを一目で撃ち抜いた、ギルド序列一位というチューターの少女。
写真で見ても美しかったが、実物はさらに美しかった。黒いドレスのレース生地はやはり結構際どく透けていて、凝視したら下着まで拝めてしまいそうだ。しかし今は、ありがたさで涙が浮かんで前が見えない。
「はい! お金なら喜んで払いますので虐めていただけますと幸いです!」
泣きながら僕はひれ伏した。
そのためにここ数日、死ぬ思いで頑張って来たのだ。今こそ満願成就の時。まずは手始めに踏んで欲しい。できれば裸足で顔面を。
「……どういう状況?」
『師匠』はしばし僕を見下した後、こちらを無視してギルド職員の方に尋ねた。
職員たちが互いに何度か顔を見合わせてからおずおずと説明する。
「それが……そこの人、つい一週間前までレベル5以下だったはずなんです。なのに今はそんな……」
「あり得ないわ。よく似た別人じゃない?」
「恥ずかしながら本当です。そういうスキルを持ってまして」
すかさず僕は自己申告する。
それを聞いた『師匠』は少しばかり頬を引きつらせて嫌悪感を示した。その表情でご飯を三杯食べられる。
「……そう。じゃあ別に強盗とか揉め事っていうわけじゃないのね」
それから興味をなくしたように溜息をついて、クエスト募集の掲示板へと歩いていく。
その優雅な後ろ姿に僕が見惚れていると、ギルドの偉い人らしい老人が歩み寄ってきた。
「あ~。申し訳ありません冒険者様。こんな騒ぎになってしまいまして」
「いえ、大丈夫です。それより早く戦利品の査定をしていただけますか? 至急まとまったお金が必要なので」
もし彼女の指導料に相当する額を稼げていたら、この場ですぐに師事を依頼しよう。罵倒されて断られたらそれはそれで一興。
「その件ですが、ご希望には添いかねます。現時点をもってあなたの冒険者登録を抹消し、永続的な出入り禁止にさせていただきますので」
「……出禁? なぜですか? 僕は何も悪いことなんかしてませんよ?」
「さすがにですね。ステータスの成長速度が公共のモラルに反するといいますか。風紀が乱れるといいますか。ギルドの秩序を害するといいますか。あなたのような人間が出入りしていては他の冒険者の皆様方にも動揺が広がりかねません。なので出禁です」
穏やかそうな老人の口から、淡々とドストレートに理不尽が突き付けられる。
この世界がエロスに溢れていなかったら、危うく僕が第二の魔王の道を歩み始めるところだった。
下着同然のギルド嬢たちや、ミニスカであられもなく大股を広げている女性冒険者たちの痴態を見て僕はこの世の素晴らしさを再確認。怒りの感情を適切に鎮める。別のところは昂るけれど。
「……分かりました。出禁の措置は受け容れますが、せめて今そこにある戦利品の買い取りだけでもお願いできませんか?」
「残念ですが一切の買い取り等も致しかねます。早急にお引き取りいただければ」
「そこを何とか。お願いします」
僕が冷静に食い下がろうとしていると、
「戦利品ってもしかして、ギルドの表に停めてあった橇のこと?」
唐突に声をかけられた。
声を掛けてきたのは――なんと『師匠』だった。掲示板の方から僕に振り返っている。
「そうです! この一週間、死に物狂いで集めてきたんです!」
「二割でどう?」
「え?」
「私があなたに代わってあの戦利品をギルドに持ち込む。買い取り額の二割を私がマージンとして受け取って、残りをあなたに渡す。そういうのはどう?」
僕が答えるより先に、併設の酒場で飲んでいる酔っ払いが笑いながら野次を飛ばした。
「おいおい。正気かよ? いくら金が必要だからって、そんな気色悪いステータスの奴に近づくなんてよ。【雷霆公女】様も落ちぶれるところまで落ちぶれ……」
「黙れ」
低く静かな一声。
それだけで彼女はその場を完全に沈黙させた。
「さあ、どうするの? 断るのは自由だけど、ギルド以外で魔物素材を扱ってくれる店なんてそうそう――」
「十割でいいです」
「え?」
「すべてあなたに贈呈します。もともとそのために集めてきたんです。二割だなんて言わず丸ごと受け取ってください。貢がせてください」
気付けば僕は自然と五体投地していた。
「代わりと言ってはなんですが、どうか僕の師匠になって修行を付けてはいただけないでしょうかっ! 遠慮なく叩きのめしてくれていいですから! この通りです!」
「ああ……チューターの依頼ということね。いいわよ」
「もちろん僕のステータスがキモいことは承知の上ですが、そこをどうにか寛大なお心で――えっ?」
「だから、いいと言っているでしょう。あれだけの素材なら200万シェルは固いわ。全部貰えるなら2日は指導してあげる」
僕は本能のままに拳を突き上げ、勝利の雄叫びを上げた。
ギルドの人たちが逃げ惑い、冒険者たちが一斉に武器を構えた。しかしそんなことはどうでもよかった。
「本当に! 本当に指導していただけるんですね!?」
「相応の対価を払ってくれるなら、どんな汚れ仕事だって請け負うわ」
汚れ仕事とは結構な言い様だと思うが、背筋がゾクゾクするので問題ない。一方の『師匠』は鋭い視線をギルドの老人に向ける。
「そういうことだから、査定額はそのまま私の口座に入れておいて頂戴」
「承知いたしました……が、本当によろしいのですか? あまり如何わしいステータスの人間と関わっては、御家名に傷が付いてしまうのでは?」
「とっくに傷だらけよ」
自嘲気味にそう言うと、『師匠』は「ついてこい」とばかりに顎を振ってギルドの外に出ていく。僕は喜び勇んでその背中を追う。
「あのっ! まずは名前を教えていただいてもよろしいですか!?」
そして追いながら尋ねる。チューターの資料に書いてあったとは思うが、湧き上がる情熱のまま資金稼ぎに飛び出してしまったので名前をよく確認していなかった。
「……私のことを知らないの?」
「無知で申し訳ありません。なにぶん、辺境の山奥からこの街に出てきたばかりでして」
「シフォンよ。シフォン・メルザーテ」
「シフォンさんですか……とても可憐で美しい響きです」
僕が恍惚としながら感想を述べると、前を歩く彼女は不快そうにこちらを一睨みした。
「心にもないお世辞はやめなさい」
「お世辞なんてとんでもないです! 心の底からの本音です!」
「こんな醜女によく言うわ。嫌味にしか聞こえないから」
醜女……?
一瞬、誰を指しているのか分からずに僕は混乱してしまった。目の前の少女はまるで妖精のように華やかで、視姦しているだけでこちらは興奮しまくりだというのに。
「ええと、シフォンさん。僕は本当にあなたが美しいと思っているんですが……」
「しつこいわね。だったら、私を抱ける? 無理でしょう?」
「三日三晩は寝かせない自信があります」
「ほら、無理でしょ……えっ?」
僕は迫真の表情でシフォンさんの眼前に歩み寄り、その手をぎゅっと握った。
「誰がどう言おうとあなたは綺麗です。揺るぎない僕の本心です。だからそんな風に、自分を卑下する発言はやめてください」
「冗談はやめて」
しかしシフォンさんは舌打ちをして僕の手を振り払った。
そして、わなわなと震えながら叫んだ。
「こんな『雑に強いステータス』が綺麗な訳ないでしょうがっ!」




