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【怪異08】おむかえ

 住宅街の一軒家から、ブロック塀越しに聞こえてきた口論──。


「お父さんっ!? なんでストーブがあるのっ!? わたしが買ってあげたファンヒーター、なんで使ってないのっ!?」

「あんなでかいドライヤーみたいなの、喉が痛くってかなわん! お湯も沸かせんし!」

「そんなこと言って! このあいだもストーブ点けっぱなしで買い物出てたじゃない! いつまでお母さんが生きてたころの感覚なのよっ!」

「帰ってきたとき家寒いのイヤなんだよ! 文句あるならエアコン取り付けろ!」


 五十路ほどの女の金切り声に、まだまだ元気そうなその父親の怒声……か。

 伴侶に先立たれた怠惰な父親と、しばしばその様子を見に来ている娘。

 いまの日本ではさして珍しくもなく、むしろ増えてきた光景。

 そして、そろそろ──。


「……それにこのストーブ、ボロボロじゃないっ! 中古? まさかゴミ捨て場から拾ってきたんじゃないでしょうねっ!?」

「ああ、うるさいうるさいっ!」

「ここのところ地震続いてるでしょっ!? こんなボロいストーブ、自動消火機能まともなわけないでしょっ!?」

「もう十分生きたから、いつお迎えが来ても構わんっ! いいからもう帰れっ!」


 ……やっぱり出た、お迎え云々発言。

 老いた人間からこの言葉を聞かされるたび、胸の内で溜め息。

 彼らの言うお迎え……すなわち死は、畳の上で眠るように息を引き取る大往生。

 それも、自分を大切に想ってくれている人たちに看取られながら。

 けれどそんな贅沢な最期を迎えられる人間は、そうそういない。

 この言葉を発する人間ほど、その環境から遠いのが相場。

 そしてお迎えとは、ある怪異の名前でもある──。


 おむかえ。


 死に至る要素を重ねつつも、生に執着している人間が、その名を口にすると寄ってくる下級の死神。

 命の不摂生を行っている者へ、相応の死期を与える者。

 あら……フフッ。

 思ったそばからやってきた。

 死装束を纏った骸骨が、空からふわふわと。

 すっ……と壁を抜けて、屋内へ。

 おむかえが来たということは、ここの父親の命もわずか。

 会話の内容からして、きょうにでも居眠り中にストーブが倒れて──。


 ……あららっ?

 おむかえが、すぐに家から出てきた。

 初めて見るケースだわ。


「ちょっと、おむかえ!」

『……おっ、来夏の姉御。ここ、知り合いの宅で?』

「いいえ、ゆきずり。あなたがすぐに戻ってきたのが気になって」

『それなら、手前の仕事がなくなってただけですよ』

「えっ?」

『娘が紐で親の首絞めてたんでさ。ちょうど事切れたところへ手前が』


 なる……。

 凶器はきっと、ファンヒーターの電源コードね。


「それは無駄足だったわね」

『へへっ……まったく。じゃ、手前は次へ』


 そう言って、おむかえは東へ。

 門扉から出てきた娘は、努めて平静を装いながら、やや駆け足で西へ。

 家からは案の定、蹴倒されたストーブが火元であろう煙。

 面倒はごめんだから、わたしは南へ──。

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