【怪異05】濡れ箒
濡れ箒。
全身真っ白い肌の、人間の女性に姿が近い妖怪。
彫りの薄い顔をし、白い長襦袢を羽織っている。
片手には、常に先っぽが濡れているホウキギ製のホウキを持つ。
留守宅に戸や窓の隙間からヌッと上がりこみ、ホウキで家中を掃除し、去る。
帰り際に、家人の化粧道具から一品を、掃除の手間賃として頂戴。
そのため女性が住んでいる家にしか現れない。
濡れ箒が掃除をした木床や畳は、しばらく湿り気を帯びる。
しかし湿気で傷むことはなく、むしろ長持ちすると言われている。
ホウキが常に湿っている、どこからともかく人家へ入りこむ、殻《持ち家》がない……ことから、ナメクジが変化した妖怪という考察がある。
一方で、ホウキが妖怪本体で、人間の女性の霊を使役し、褒美として化粧道具を与えているという「ホウキが本体説」も根強い。
◇ ◇ ◇
──プルルルルルルルッ♪
雑踏を歩く遊神来夏のスマホに着信音。
「……ああ、市役所の山本さん。どうだった、濡れ箒の手際は?」
『いや、見事なもんですよ……。ホウキの一掃きで、あのゴミ屋敷がぶわっと消えてしまいましたからね。ご紹介、ありがとうございました』
「……家ごと?」
『は、はい……家ごとです。いま僕の目の前、さらっさらの更地です。土地の権利も市に移ってるっぽくて、ご丁寧に市の境界標まで打ってありますよ』
「噂以上の手際ね。わたしも見たかったわ」
『中にいたネズミや虫だけが残って、ドバーッと出てきたのにはビックリしましたけど……。ははは……』
「家主は? 偏屈ジジイが住んでたんでしょ?」
『それが……探してるんですけど、見つからないんですよ』
「状況から察するに、ゴミと判断されてまとめて消されたのね。それで? 濡れ箒への謝礼は?」
『は、はい……。えっと……』
「ん?」
『僕の化粧品ポーチから、新品のファンデーションを一つ取って……ヌーッと去っていきました』
「そう。じゃあ次は、あなたが職場の掃除をする番ね」
『……はい! 濡れ箒さんが、僕……いえ、わたしの弱気まで吹き飛ばしてくれました! 職場環境の改善……訴えていきます!』