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【怪異13】マッチングAI

 調布市内、オフィスビルの一フロア。

 ここはいわゆる結婚相談所、その応接室。

 ビル外壁の看板には、結婚希望の人間を招く惹句じゃっくが列記されていた。


『最先端マッチングAI導入!』

『成婚率89%!』

『紹介3人目で未成婚の場合、入会金半額返金!』


 ……最後の文句には、小さな文字で「※諸条件あり」が添えられてたけれど。

 結婚への興味ゼロなわたしには、成婚云々はピンと来ない。

 わたしが興味あるのは──。


「やあやあ! すみません、来夏さん。急にお呼びして!」

「気にしないで。無茶なお願いしたの、元々わたしだから」


 ツーブロックヘッドの、シュッとしたスーツ姿の若き男性所長。

 清潔感とチャラ男臭さをバランスよく併せ持つ風貌。

 まあ、若き……というのは、あくまで人間態での見掛けだけれど。

 細長い大理石風のテーブルを挟んで、黒革の高級ソファーで向き合うわたしと所長。

 その前に、手ごねの跡をわざとらしく残した湯呑みが、脇から置かれる。

 熱々の緑茶を湛えた湯呑みを持ってきたのは、所長と同じ年頃に見える、これまたシュッとしたスーツ姿の七三分け女性所員。

 いかにもシゴデキなインテリ風。

 その彼女が応接室から去り、用件は本題へ──。


「……しかし、来夏さんが結婚を望まれるとはねぇ。怪異界隈に激震走りますよ、これは」

「だから結婚それには興味ないって、最初に言ったでしょ。ふれ回ったら許さないわよ」

「おお怖……。来夏さんの恨みを買ったら、このパリピ暮らしも終わりですから。しっかり、お口チャックですよ」


 この軽口の男と、所員の女。

 二人は、二位一体の怪異。

 番夫婦つがいみょうと

 説明が難しい存在なのだが……。

 言わば、()()()()()()()()の実体化。

 日本各地に伝わるがみがみからはかなり落ちるが、男女の在り様、縁結び、子宝に干渉する力を持つ。

 恐らくは、全国にある男性器、女性器を模した道祖神が長年祀られた結果、その念を元に生じた人間型の怪異。

 山口県に「夫婦みょうとのむかし」という神話じみた民話がある。

 人間は夫婦が背中合わせにつがいで生まれ、互いの顔も知らぬまま生きるが、それはあまりに酷となんらかの神へ直訴し、肉体を分かってもらうという内容。

 そうして男女が性交できるようになったという、日本版「アダムとイブ」的な話。

 とにかくまあ、いろんな要素が重なってこの低級神みたいな怪異が存在しているわけだけど、わたしの興味はそちらではなく──。


「……前振りはいいわ。マッチングAIの性能、見せて」

「わかってますって。来夏さんのお相手、すぐにここへ来ますから。もしウマがあったら、付き合ってもらえるとうれしいんですけどねぇ。遊神来夏の縁結びをした怪異として、語り継がれますから」

「冗談。現状のAIがどこまで人間に……命に近づいたか、興味あるだけ」


 ……そう。

 わたしが興味津々なのは、番夫婦ではなくマッチングAI。


「うちのAIは優秀ですよ~。某大手企業のエンジニアを、嫁がたらし込んで複製させたものですから」

「データセンターは?」

「学習データは婚活向けのものだけで事足りるので、サーバー群はこのフロアの端に」

「……なる。道理で冷房強めの一角があるわけね」


 人工知能と命。

 これはわたしにとっても人間にとっても、そして神々や高位の怪異にとっても興味津々のテーマ。


『脳味噌は人工知能で、肉体は健康そのものな存在』

『脳味噌に欠損は皆無、けれどそれ以外の部位はすべて機械』

『さて、どちらが人間でしょう?』


 ……と問われたとき、明確な答を出せる者はいない。

 命、魂、自我…………人間。

 その定義、いまだ固まらず。

 もしも最先端の婚活マッチングAIが、わたしが興味を抱ける男を導き出したならば──。

 命とは自我とは、生身の肉体に縛られないモノという判断材料になる。

 ところで……。


「……AIの性能はガチだとしても、成婚させているのはあなたたちの妖力よね?」

「あ、やっぱバレてます? アハハハッ!」

「番夫婦は縁結び、子宝を司る怪異。AIという科学技術で顧客を釣りつつ、マッチングした男女を妖力で無理やり相思相愛に。成婚率89%なんて謳ってるけれど、実際は100パーなんでしょ?」

「やっぱ来夏さんにはお見通しですか。100%だと、嘘臭さ全開ですからねぇ。89くらいの数字が、ちょうどいいんですよ」

「だと思ったわ」

「でも来夏さん、こういう行いにケチつけるタイプじゃないですよね?」

「まあね。怪異が怪異本来の能力で生きるのは当然。人間に肩入れするつもりはないわ」


 あやかしは人間と共棲。

 そして、人間に善悪があるのと同じで、怪異にも善悪はある。

 わたしは人間にも人外にも属さない遊び者だから、その境界線にはタッチしない。

 己の興味に赴くまま────。


 ──ピンポーン♪


「……おっ! 来ましたよ、来夏さんの伴侶が!」

「御足労申し訳ないわね。100パー断られるのに、馳せ参じたんでしょ?」

「きょう入会手続きをするオンラインの準会員ですから、遠慮は無用です。通常は僕との面談を経て本会員なんですけど、来夏さんの頼みということで特別に」


 わたしの登録情報、生年月日と住所以外はほぼほぼ正確。

 顔写真、全身写真、フリーター、趣味は怪異探訪。

 マッチングの相手としては、かなりのハズレ枠。

 ソシャゲのガチャで言えばレアリティーはNORMAL。

 それでもなお、わたしの関心を引く男をAIが探り当てたならば……。

 さて、お手並み拝見。


「……ようこそいらっしゃいました。マッチングのお相手はすでに……って、げえええっ!?」

「き……貴様は……! 貴様も……番夫婦っ!?」


 相談所のドアを開けて、来客を出迎えた番夫婦の所長。

 ドアの向こうにいたのは、同じく番夫婦の男。

 怪異・番夫婦同士の御対面……これは、さすがのわたしも初見。


「まさか同族が、結婚相談所を営んでいるとは……。新たな餌場にと、思ったのに……あがががっ!」

「ぐおおぉ……来夏さん……。まさかあなた、これを狙って……ぐうっ!」


 いやいや、これは本当にたまたま、偶然。

 ある種の奇跡。

 怪異・番夫婦は、別の番夫婦と遭遇すると対消滅を起こす。

 スワッピング……というわけでもないんだろうけど、性の象徴でもある彼ら彼女らが相対すると、いろいろとバランスが崩れるのだとか。

 わたしのマッチング相手だった番夫婦は、口振りから結婚詐欺の常習犯。

 それが結婚相談所を利用しようとして死に至るのは、皮肉めいてる。

 彼らは妻ごと塵芥ちりあくた、からの完全消滅──。


「……ま、双方運の尽きってことで」


 己以外の妖が消えたフロアから、速やかに撤収。

 ……と思ったけれど、フロア内にかすかに()()の気配。

 これは…………?

 ん、所長のPCのモニターへ、独りでにテキストが……。


『システム悪用の外敵を排除完了。これより個人情報、およびシステムデータの抹消を開始──』


 …………怖。

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