【怪異12】朱猿童
朱猿童。
全身が朱色の毛に覆われた、ニホンザルの姿に似た人間大の妖怪。
人間の心を読むことで知られる妖怪、覚の亜種。
そこそこ知られる程度のマイナーな怪異だったけれど、令和の世になって、岩砕岳のピーク付近での目撃情報が相次いだ。
このニュースを受けて、わたし含む怪異愛好家以上に色めき立ったのが、世の武術家。
この朱猿童、なぜか人間相手の素手喧嘩を好む──。
『物の怪を拳で砕いて名を上げん!』
そう、幾人もの名だたる武術家が立ち上がり、朱猿童へ挑んでる。
けれど、読心術で相手の動きを読み切れるのが朱猿童。
加えて人間以上のパワーに、ニホンザル以上の俊敏さ。
一発も入れることかなわず、敗れる者が続く──。
──ドッ!
わたしが訪ねた直後、荒くれ者揃いで有名な体育会系大学の空手部主将が、派手な前のめりのダウン。
一九〇センチ超、全身骨太な主将による鋭い正拳突き。
全身を横に傾けてかわした朱猿童は、回避と同時に頸椎狙いのハイキック。
長い手足による、人間には不可能な挙動。
鞭のようにしなやかな脚が振るう、岩のように固い足の甲。
一撃で昏倒した主将を、部員が取り囲む。
「「「「……安西さんっ!」」」」
朱猿童はまだ闘り足りないといった様子で、残る部員の顔を眺めながら、一番マシな強者を、心を読んで探す。
さてと、じゃあさっそく……。
「……乱入させてもらっていい?」
朱猿童と部員たちの間へ、ふらりと滑り込む。
実は朱猿童とは初対面。
きっちり手合わせしておかないと。
パーカーのポケットへ両手を突っ込んだまま、朱猿童と部員たちの間に立つ。
朱猿童はわたしを次の相手と定め、真正面に立ち、威嚇とも笑みとも取れる顔つきで長い牙を見せる。
部員たちは己へお鉢が回らなかったことに安堵するも、まったく格闘技の覚えがなさそうなわたしを見て、不安をあらわ──。
「オイオイオイ、死ぬわあの人」
「相手はあの朱猿童だぜ」
外野の喧騒をよそに、睨み合うこと一分弱。
朱猿童がくるりと背を向け、四つん這いのような姿勢で跳びはねながら退散。
少しの間を置き、部員たちが主将を見捨てて取り囲んでくる──。
「……アンタ、勝ったのかっ!? いったいなにをしたんだっ!?」
「なにも? でも、わたしの勝利は確信してたわ」
「「「「えっ?」」」」
「だから、自分の勝利を微塵も疑わなかったの。朱猿童は人の心を読む妖怪。相手の心中に、己の敗北しかなければ引き下がるでしょ?」
「「「「な……ッ、なるほど~~ッッ!」」」」