第1話 勇者転生
「2時間目に道徳あるから、1時間目は手を抜かないとなー」
俺の名前は青山総司。15歳。高校1年生。ENTP。
クラスメイトが黒板の英文を必死に書き写している中、俺はぼんやりと窓の外を眺めていた。俺は、力を温存していた。
「道徳の授業が終わったら早退しよ」
そんなことを考えていた矢先、突然、世界が暗転した。
「……え?」
クラス中がざわめき始める。時計はまだ午前9時を少し回ったところだ。ちなみに、道徳の授業は9時半からだ。なんだこの不可解な暗転。
数秒後、教室は再び明るさを取り戻す。
外に目をやると、校庭を歩く緑色の化物が目に入った。
小柄で痩せていて、醜い顔。鋭い牙と爪をむき出しにし、雑な棍棒を握っている。ゲームでよく見る、あのゴブリンそのものだ。
一体何が起こったんだ?ゴブリンが、なんで現実世界に?
廊下から怒声と悲鳴が聞こえる。慌てて覗くと、生徒たちが教室から飛び出し、我先にと逃げ惑っている。先生たちの怒鳴り声も、混乱にかき消されていた。どうやら校舎内にも化物が侵入しているらしい。
一瞬、机の下にでも隠れようかとも考えた。でも、そんなのは一時しのぎだ。どうせ見つかる。
俺は決心して、廊下に飛び出した。階段を駆け下り、昇降口へ。すでに人だかりができている。
必死に人波をかき分け、何とか校門を抜ける。外に出ると、街は案外、静まり返っていた。どうやら化物は学校周辺にしかいないようだ。
一息ついた俺は、とりあえず家に戻ることにした。安全な場所で、状況を整理したい。
家までの道を急ぐ。最後の角を曲がると、そこにはゴブリンに襲われそうな白い猫がいた。猫は怯えて身を縮めている。ゴブリンが棍棒を振り下ろそうとしたその瞬間――
「クララ!!!」
俺は飛び出し、猫を抱えて地面に転がり込む。間一髪、猫は無傷だ。道徳の授業で「小動物には優しく」と習ったからな。クララはこいつの名前だ。今つけてやった。
その猫の口から、水色がかった透明な石が転がり出た。
「ハイジ、何だこれ?」
拾い上げた瞬間、石は粉々に砕け散る。ハイジはこいつの名前だ。今改名してやった。次の瞬間、頭の中に声が響いた。
『スキル”転生”を獲得しました』
転生?なんか、15歳にして、スキルを獲得したみたいだ。ゴブリンにスキルって、本当にゲームみたい。
転生ということは、異世界に行けるってことだろう。俺はラノベやゲームを日頃嗜んでいるので、転生については多少知識がある。ママは何でも知っている。
その時、背後から「グギャア!」という咆哮が聞こえた。振り向くと、さっきのゴブリンだ。俺に向かって棍棒を振り上げている。
終わったね。15歳、冬が来た。
あー、もっと恋したかったな!道徳的な恋をね。
どうせ死ぬなら、転生してしまった方がマシだ。転生先の世界で、ギルドの受付嬢やらエルフの奴隷とのスローライフを楽しもうかな!道徳的にね。
スキルの使い方は、スキルを獲得した時に何となく理解していた。どうやらスキル名を叫べば良いらしい。
「“転生”!!!」
俺が叫んだ瞬間、白い光が世界を包む。
「転生した……」
次に目を開けた時、そこは見慣れた通学路だった。目の前には、一刀両断されたゴブリンの死体と、金髪碧眼の青年が立っている。青年は白い鎧をまとい、白銀の剣を構えていた。俺と同じくらいの年齢に見える。
青年は困惑した表情で俺を見ている。転生するんじゃなかったの?それなのに、ここは俺の街だし、こいつは誰だ?
俺は口を開く。
「誰だ!!!」
金髪の青年は一瞬俺を見据えると、静かに答えた。
「お前が誰だ!!!」
静かじゃないね。