5話 うさんくさい紳士
謎の球体に乗って空からやって来た謎の紳士を屋敷に運び入れ、ベッドに寝かせて傷の手当てをした。
「まさかレキトさんがあんなことを言った直後に、本当に異世界人が現れるとは……あの、レキトさん」
「ん、何だ?」
「本当に引き寄せてませんよね?」
「そんなことはしない。あのまま放置してたら、この紳士は乗り物ごと海に落下してたんだぞ」
「そうですか……」
ミルはレキトから視線を逸らし、改めて謎の異世界人を見つめる。
綺麗な黒髪をオールバックにした、この世界では見たことない服を着た妙な人物。顔をよく見ると、意外と若いことが窺える。
「あ、そうだ。レキトさん、この人がどんな人なのか推理してくださいよ。私と初めて会った時みたいに」
「推理かぁ……うーん、異世界人の文化や風習にはあまり詳しくないから、出来るかどうかは分からんが……」
ミルに頼まれたレキトは、とりあえず目の前の紳士をじっと見つめて観察する。
「……とりあえずこいつは、常に他人に見られることを考えている、目立ちたがり屋の金持ち……なんというか、スーパースターのような奴かな」
「目立ちたがり屋の金持ち……まあ確かに、着ている衣類はどれも高そうには見えますが……本当に金持ちなんですか?」
ミルは紳士の服装を見つめながら話を続ける。
「何というか全体的に仰々(ぎょうぎょう)しいというか……舞台に立つ役者さんに見えるんですよね。だから衣装も小物も無駄に豪華なのでは?」
「いや、どれも奴の私物だ。衣装は動き回ってもいいように作ってあるようだが、明らかに舞台用の細工じゃない」
ミルはレキトの説明を聞きながら紳士の衣類を見つめる。
「衣装の生地がやたら分厚いし無駄に頑丈過ぎる。舞台の上で長時間も動き回って演じるのに、ここまで過剰に生地を重くしたら演者が疲れるだろ」
「なるほど……」
「舞台用じゃないが……だからといって普段使い用としても頑丈過ぎる。何というか……防御力が高いって感じがするな」
「では、少なくともこの人は舞台役者ではないんですね。金持ちと特定した理由は?」
「色々あるが……一番の理由は革靴だな」
レキトは床に置かれている紳士の革靴を見つめながら呟く。
「かなり造りが良い高価な物だ。長年使い込んでいる形跡があるが、しっかり手入れもされている。大事に使ってるんだろうな」
「あ、確かに。すごく綺麗ですね」
「金持ちは足元も大事にすると聞く。異世界人にも同じ文化はあると板に書かれていたと思うから、恐らく裕福な奴ではあるんだろう」
「へぇ〜」
「……それよりもミル、気付いたか?」
「えっ?何がですか?」
「こいつ、まさかの付け髭だ……!近代の紳士はここまで進化したのか……!」
「何をそんな感動してるんですか……ああ、確かにこの人、髭を生やしてる割に若そうですよね。もしかしてまだ20代なのかな……」
「見た目に色々とこだわりがあるんだろうな。特に髭には並々ならぬ情熱が見える気がする……」
「何でそこまで髭に執着してんですか」
「俺、なんか髭生えないんだよ。髭を伸ばすという行為が出来ないから、髭が沢山生えてる奴はかなり羨ましい」
「えぇ……別に生えなくてもいい気が……」
「う、うーん……」
ミルとレキトがくだらないやり取りをしていると、謎の紳士は呻き声を上げながらそっと目を覚ました。
「…………あれ?ここは……?」
「ここは時の迷宮だ」
「えっ?」
「起きたばかりの相手に嘘を教えないでくださいよ……ここはレキトさんの屋敷ですよ」
「あ、ああ……そうか……」
謎の紳士は戸惑いながら、ベッドから半身を起こした。
「あの、お嬢さん」
紳士は低くて妙にいい声で、ミルに話しかける。
「お嬢さんって……私ですか?」
「そうそう。此処は……いや、この星はなんていう星なんだ?」
「星?」
「俺達のいる星の名前を尋ねてるんだ」
レキトは近くの椅子に座り、謎の紳士の前で座り込んだ。
「旅の紳士、ここはレキト星だ」
「何を勝手に命名してんですか!名前を付けるにしても自分の名前を付けないでくださいよ!」
「ず、随分と賑やかで微笑ましいね……」
紳士はレキトとミルのやり取りに戸惑う。
「あっ、すいません。まあとりあえず、異世界人の貴方と話が通じて良かった」
ミルはレキトから目を逸らし、謎の紳士と対話する。
「あの、大丈夫そうですか?」
「あ、ああ……何だか知らないが、妙に身体が軽いね。もしかして君達が手当てをしてくれたのかな?」
「殆どレキトさんが手当てしてくれたんですよ。あと、貴方が海に落ちそうになったのも助けたとか言ってましたね……あ、私の隣の人がレキト・グロウブさんです」
「海……ああそうだ!確か宇宙船が制御不能になって……次の瞬間、地面に落下していて……!」
紳士は此処に来る前のことを思い出したようだ。そして紳士は、ミルの隣にいたレキトに改めて顔を向けた。
「レキト・グロウブさん、ありがとう!本当に助かったよ!君は命の恩人だ!」
「いや、紳士が無事で良かった。所で紳士、お前はなんて名前なんだ?」
「おぉ!よくぞ尋ねてくれた!」
レキトが名前を尋ねた瞬間、謎の紳士は目を輝かせながら竣敏な動きで起き上がり、ベッドの上に立ち上がった。
「我こそは天才科学者マジ博士!ありとあらゆる発明品を生み出しては世に送り出してきた、地球が生み出した大天才さ!はーっはっはっは!」
マジ博士と名乗った紳士はベッドの上で楽しそうに高笑いをしている。その様子を、ミルとレキトは無言で見つめている。
「……レキトさん」
ミルはマジ博士から視線を逸らし、隣にいるレキトに顔を向けた。
「レキトさんに新しい仲間ができて良かったですね」
「何を見てアイツを俺の仲間だと判断したんだお前!失礼だぞ!」
「そんな言い方こそ失礼ですよ」