4話 異世界人の落とし物
魔女狩りが無事に片付いた次の日……
「ん〜」
早朝、可愛らしいツリーハウスの寝室で目を覚ました魔女のミルは、フカフカのベッドから降りて朝の支度を始めた。
浴室で水浴びをして歯を磨き、魔女の衣装に着替える。
「よしっ!」
ミルは鏡の前で威勢のいい掛け声を出すと、軽い準備運動をするために家の外に飛び出した。
木の上に家があるツリーハウスの外に、広い森の景色が広がる。遠くには大きな屋敷も見える。
「さてと、軽くジョギングでも……」
「おっ、ミルおはよう!」
準備運動を始めようとしたミルの眼前に現れたのは、袖が白い黒の上着を着たご機嫌な若い男。
彼の名はレキト・グロウブ、かつてこの世界を救った勇者だ。
現在はミルの住むツリーハウスから少し離れた屋敷に住んでおり、つい最近ミルの師匠になった。不老不死の少し変わった男である。
「そうだった……私、レキトさんの元で修行することになったんだった……家もレキトさんの近くに建てたんだった……」
「ミルおはよう!」
「おはようございます……レキトさん、なんで私の家の真正面で待機してたんですか……」
「いや、朝起きたら森から「よしっ!」とかいう奇妙な音がしてな……凄い音がした方角に走っていったら、この家の前に着いたんだ。いやぁ、事件じゃなくて良かった良かった」
「私の掛け声ってそんなうるさかったんですか?それとも森が静かすぎるんですか?」
「まあ、音を辿っだらミルの家だったから「なーんだ」と思って帰ろうとしたら、そこでドアが開く気配がしてな。折角なら挨拶しようと思って」
「そんな一瞬で此処まで来たんですね……」
「まあ、ここで会ったのも何かの縁だ。折角だし、屋敷で一緒に朝食でも摂るとするか!」
「えっ?嫌です……」
当たり前のように朝食に誘ってくるレキトに対し、ミルは普通に拒否をする。
「即答かよ!?何故だ!?そもそもミルは食事食べ放題に釣られたんじゃなかったのか!?」
「いや、確かにそうですけども……」
二人はツリーハウスの前で騒がしいやり取りを続ける。
「この伝説の英雄であり大魔法使いの師匠と朝食を共にできるチャンスなんだぞ!?それを放棄するってのか!?」
「そういうとこですよ、一緒に食事したくない理由は。レキトさんは魔女の村を救ってくれた恩人ではありますけど、妙に騒がしいし変だし……どこか話通じないし変だし。一緒にいると疲れるんですよ」
「そ、そんなに俺と朝食を共にするのが嫌なのか……!?」
拒絶されたレキトは分かりやすくショックを受ける。
「騒がしいと言われれば、それはそうだが……」
「自覚あるんですね……まあ、レキトさんといると楽しいっちゃ楽しいんですけれども……朝にそのテンションはちょっと……」
「そうか……」
「そんな落ち込まないでくださいよ……分かりました。朝食の内容によっては一緒に食事しましょう。とりあえず肉類出してくださいよ」
「お、お前……師匠に対して随分と図太いな……分かった!朝食に肉類追加し、更にデザートも沢山追加するから!」
「デザート……」
レキトの口からデザートの単語が飛び出し、ミルの目つきが変わる。
「……デザートの種類は?」
「デザートはヨーグルト・アイス・プリンの三種類だ!」
「朝食ご一緒します!とりあえず日課のジョギングしてくるんで、それ終わったら朝食に付き合いますよ」
「ありがとう!そうだ!折角だし森の中を案内しようか?」
「あーはい、じゃあお願いします」
「なんか嫌そうだな」
「そんなことないですよ。とりあえず疲れることはやめてくださいね、まだ朝っぱらなんで」
「分かった!あ、そうだ。ミルはスカジャンに興味あるか?」
「何ですかそれ……」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ご馳走様でした!いや〜美味しかった!」
「ミル、相変わらず凄まじい食欲だな……」
屋敷の大広間。長い朝食を終え、ミルは大満足の様子で食後のデザートを楽しむ。
「それにしても、この屋敷にまだこんなに食料があったんですね」
ミルは大量の皿を見つめ、疑問を浮かべる。
「昨日の時点で私に食べ尽くされて、食料はほぼ底を尽きたのでは?」
「それなら問題ないぞ。各地にある別荘で食料を作ってるから、そこから送ってもらってるんだ」
「各地に別荘……しかもそこから送ってもらってるって……さらりとすごい言葉が飛び出しましたね」
「別荘にゴーレム住まわせててな、そいつらに野菜とか肉の実とか缶詰とか作らせてんだ」
「カンヅメ?」
「金属製の入れ物に食べ物を入れて密封したものだ。入れ物に入れてどこでも運べるし、蓋を開ければ調理された食べ物が簡単に食べられる、とてもいいものだぞ」
「へぇ〜、そんなものが……お腹が空いたらいつでも調理済みの食事を食べれるのはいいですね!それって少し分けて貰えたりしますか?」
「勿論だ!後で食糧庫で缶詰見せるから、好きなやつ持ってってくれ!」
「やった!ありがとうございます!」
「それにしてもミル、朝に会った時よりだいぶ元気になったな」
「朝食を食べたからですかね?まあ、元気になってきたので、会話の一つでも付き合いますよ?」
「いいのか!?嫌じゃないのか!?」
「レキトさんは騒がしいってだけで、別に嫌いじゃないですからね」
ミルは大盛りのデザートをすぐに食べ終え、改めて目の前に座るレキトを見つめる。
「むしろ、知識豊富なレキトさんと会話してると色々と新しい発見がありますし、なんというか……観察してて楽しいんですよね」
「虫かよ!」
「レキトさん虫観察して楽しむタイプなんですね」
昨日の緊迫した状況を全く思わせない、非常に緩い会話をする二人。
「そうだ!ミル、なんかアニメでも見てみるか?」
「アニメ?」
「食事系のやつがいいかな……ちょっと待ってろ」
レキトは懐から大きな黒い板を取り出した。
「えっ?レキトさんそれって「異世界人の落とし物」ですか?」
「おっ、知ってるのか?」
「知ってますよ、私も前に見つけたことありますし。確か魔物の巣とかで見つかる妙な板で、板の横に付いているボタンを押すと板が光って、妙な記号が出てくるんですよね」
「そうだ。それを解読し、見つけた物の一つがアニメなんだ」
「それ解読出来たんですか……?」
「ちょっと待ってろよ……よし!」
レキトは黒い板の操作を終えると、板を立ててミルに画面を見せた。
〜♪
板に映像が現れる。音楽が流れ、板の中のポップな絵が動いて回っている。
「絵が動いてる!?」
「ははは、異世界人あるあるとか再現しなくていいって」
「あるあるとかじゃなく……何ですか異世界人あるあるって!それより何ですかこれ!?絵の人間が動いてますよ!」
「これがアニメだ。一枚一枚絵を描いて絵が動いているように見せ、それに声を当てたり場面に応じて音楽を差し込んだりするんだ」
「手描きの絵を一枚一枚描いて動かす……?何を言ってるんです……?」
二人は画面を見つめながら会話をする。絵の中の人物は何やら喋りながら、大自然の中を歩いているようだ。
「本当だ。一枚一枚絵を描き、色を付け、描いた背景と合わせて……」
「ええっ!い、イカれてる……!どんな罪を背負ったらこんなの描かされるんですか……!?」
「そういうのじゃないって」
「私やったことありますよ。絵を描いて重ねて、動いてるように見せるやつ」
「やったことあるのか?」
「はい。ですが人間を一人一人描くのはかなり時間かかるし、完成しても人物の大きさやら何やらが合わなくてバラバラになるし……かなり苦行ですよ。それを複数人も描いて動かすなんて……」
「絵心のある人物が仕事で描いてるらしいんだ。物語を作る人、声を当てる人、音楽を奏でる人……色んな人が関わって、初めてアニメが完成するんだ」
「罪とかじゃなくて仕事でやってるんですね。すごい……あっ、魔法で魔物倒してる。言葉はわからなくとも、やってることは何となく分かりますね」
「これは料理がメインだから、言葉が分からなくても割と楽しめると思う」
「へぇ〜……あっ、料理の材料出てきた!美味しそう……」
「あんなたらふく食べたのにまだそう思える余裕あるのか……」
とやかく言いながら、二人はアニメを楽しそうに眺める。絵の中の人物は大きな肉に調味料を合わせて料理をしていく。
「美味しそうに描くなぁ……レキトさん、アニメに描かれてる世界は、この黒い板が作られた世界なんですか?」
「違う。これは黒い板のある世界とは別の世界だ。異世界という架空の世界を題材としたアニメなんだ」
「異世界人が異世界のアニメ描いてるんですか。確かに、このアニメに出てくる人の魔法の使い方はこの世界とは違ってますよね……」
「アニメには、俺達の世界と似た世界を冒険する物が色々あるんだ。物凄い力を持った人間が、異世界を楽に冒険するやつとかあるな」
「へぇ……」
「でもなぁ……この板の言語の翻訳が不完全だから、アニメの奴らが何を言ってるのか完全に分かってないんだよな……」
「えっ!?レキトさん異世界の言語を翻訳してるんですか!?凄い……!」
「でもかなり難しいぞ。この黒い板を持つ世界の奴は三、四種類の文字を混ぜて会話するみたいでな……」
「三、四種類の文字……?」
「ちょっと見せてやろう」
レキトは紙とペンを取り出し、さらさらと慣れた手つきで文字を書き始めた。
「これは「ひらがな」という文字」
「全体的に丸いですね」
「これは「カタカナ」」
「カクカクしてますね……」
「これは「漢字」」
「うわっ、急に難しくなった……」
「これは「英語」。異世界人はこれらを組み合わせ、一つの文を作るんだ」
レキトは四つの文字を使って一つの文を書き上げた。
「うわっ!何ですかこれ!ただでさえ分からない文字が複数組み合わされてメチャクチャじゃないですか!」
「だろ?ひらがなは何となく掴めたけど、他はさっぱりだ」
「とんでもないなぁ……因みに、これはなんて書いてあるんですか?」
「これは「この世の中には三つのフクロウがあります」だ」
「フクロウはそんな数少なくないですよ」
「くそっ、翻訳が進めばもっとアニメや映画を理解できて楽しめるのに……!」
レキトは紙とペンから手を離し、悔しそうに黒い板を見つめる。
「あーあ、空から黒い板を使いこなす異世界人とか降ってこないかなー」
「何を適当なことを……そんな都合のいいことあるわけないでしょ」
「やっぱないか!そもそも異世界人がどうやってこの星にやって来るのかすら分かってないしな!」
レキトは窓から外を見つめながらはははと笑う。だが、外を見ていたレキトは唐突に真剣な顔に変わり、窓を開けて外に乗り出した。
「レキトさん、どうしたんですか?」
「空から何か来てるな……」
「えっ」
レキトは空に向かって手を伸ばした。その瞬間。
ド ォ ン !
突然、屋敷の前で轟音が響き渡り、凄まじい土煙が上がった。
「よし来た!」
「何事!?」
レキトは大広間から飛び出す。ミルも一緒に走って屋敷の外に飛び出し、屋敷の前に落ちた何かを見つめた。
「またクレーターが出来てる……」
屋敷の外側に大きなクレーター。そのクレーターの中心に、巨大な謎の球体が埋まっている。
「レキトさんさっき、空に向かって手を伸ばしてましたよね。まさか……これ、撃ち落としたんじゃ……」
「いや、海に落ちそうだったから屋敷の前に引き寄せた」
「それはそれで凄い……あっ!あの球体、開きましたよ!」
謎の球体に長方形の線が入り、そこが空いて中から謎の人物が現れた。
「あれは……おじさん?」
「だな。ダンディな髭ついてるぞ」
黒髪のオールバックに、整えられた髭。オシャレ紳士でマントを羽織った謎の男が、地面を這いずりながら球体から外に出てきた。
「もしかして怪我してるのかな……」
「みたいだな……」
二人が見守る中、謎の紳士は「うぅ……」と呻き声を上げながらポケットから黒い板を取り出し、板を起動してスイスイと操作し始めた。
「あっ!あの人、黒い板を操作してますよ!」
「だな……」
謎の紳士は板を操作し続けるが……途中で力尽き、その場で倒れてしまった。
「…………レキトさん。あの人、明らかに異世界人ですよね……」
「だな…………よし、拾うか」
「レキトさん!あくまで助けるのが目的ですよね!?」
「勿論だ!」
レキトとミルは大急ぎで倒れる紳士の元へと駆けて行き、大急ぎで屋敷へと運び入れたのだった。