2話 伝説の勇者レキト(中編)
ミルとレキトは大急ぎで屋敷の外へと飛び出した。
真夜中、虫すら静まり返る森の中。そんな暗い屋敷の敷地外でミルが目撃したのは……巨大な大穴。
「な、何ですかこれ……!」
屋敷の門の外側に巨大なクレーターができていた。
「このクレーターってレキトさんの仕業ですよね!?これどうやってやったんですか!?」
「はは、ちょっとしたお茶目みたいなもんさ」
「何がお茶目なんですか!?」
もはや大穴。そんなクレーターの中をよく見ると、騎士団と思われる人間が何人も沈んでいるのが見えた。
「ミル!そんなことよりまずは目の前の相手に集中しろ!ついに出たな、目覚めの騎士団……!」
「いや……この騎士団達、もうスライム並みの気配しかしないんですけど……」
「「太陽と共に目覚める国」に所属する目覚めの騎士団が何故ここに……!」
「この騎士団はさっき私が連れてきた的なことを言ってませんでした?それ以前に、ずっとそのテンションのまま続けるつもりですか?もう相手は手も足も出そうにありませんが……」
魔女が恐れていた謎の青年も、地面に半分埋まったまま気絶しているようだ。
「……よし、とりあえずまず先に不安要素を取り除くとするか」
レキトはクレーターの中に飛び込み、謎の青年のそばまで駆けていく。
レキトは青年が首にかけていたネックレスを外し取ると、ミルのいる方へと戻ってきた。
「首飾り?何故わざわざ?」
「これは模造品の粗悪な「勇者の証」だ。昔に使われていた魔導具で、これを身につけた魔法使いは魔力がぐんと高くなるんだ」
「そんなものがあるんですね……まさかその道具のお陰で、あの青年は高度な魔法を簡単に使用できたんですか?」
「ああ。例え素人だろうが、この道具さえあれば勇者並みの魔法使いになれる。だが、この魔導具は人体に過度な負荷がかかる。プロの魔法使いでもない素人が長く使い続けたら死ぬぞ」
「えっ!?あの青年、そんな恐ろしいものを使ってたんですか!?」
「知らずに使ってたんだ。どこか適当な村で魔法を使える子どもを見つけ、勇者に選ばれたとか適当こいてこのペンダントを授ける」
「何も知らない子を騙してそんなことを……!?」
「これさえあれば、素人でもプロ並みの力が得られるんだ。魔法使いを一から育てるより早いし安上がりなんだろうな」
レキトの話を聞いたミルは顔を顰める。
「裏では人工勇者と呼ばれているそうだ」
レキトはクレーターの中にいる青年に目を向けた。
「簡単に勇者を生産できる魔導具……だから、こういった危険な任務が発生するたびに人工勇者を生み出し、ボロボロになるまで使い続け、最後には……まさかこんなものが出てくるとはな」
レキトは手に持った勇者の証を握りしめる。勇者の証はバキリと音を立てて壊れてしまった。
「さて、これでもう恐ろしい相手は消えた。おい騎士団、そろそろ起きろ!」
「ん……」
「ここは……?」
レキトがクレーターに向かって大声を上げると、声に起こされたのか騎士団が次々と目を覚まし始めた。
「あ、以外と元気そう……」
「手加減したからな」
「あれで手加減したんですか!?」
レキト達の前で騎士団は次々と起き上がり、やがて全員が目を覚ましたようだ。
「うぅ……な、何が起こった……?」
息も絶え絶えな騎士団。その中で一際豪華な鎧を身につけた端正な顔立ちの男が立ち上がる。
「まさか……勇者が魔法を失敗したのか……?」
彼はぶつくさ呟きながら辺りを見回し、近くにいる青年を発見する。
「……ん?勇者に「勇者の証」が無い……くそっ、もうこいつの魔法には頼れないか……」
騎士は青年からすぐに目を逸らす。再び辺りを見回し、クレーターのフチにいるレキトと魔女のミルを発見すると、切れ長の目を一層鋭くして二人を静かに睨みつけた。
「おいそこの男、隣にいるのは魔女だな?何故そいつと一緒にいる」
「俺は逃げてきた魔女を匿ったんだ」
「ほう……わざわざこの、目覚めの騎士団長「ルーク・ルドルフ」の前で魔女を匿ったと白状するとは……素直な馬鹿だ」
「俺はそんな素直じゃないさ」
「レキトさん、こういう時は馬鹿を訂正した方がいいですよ」
レキトとミルが呑気なやり取りをしている。その様子を見たルーク騎士団長は、口角を上げてレキトに指を刺した。
「妙に仲が良いようだな……さては貴様、魔女のしもべだな?」
「違う!俺とこの子は友達だ!」
「ええっ!?」
レキトに友達宣言されたミルは露骨に嫌そうな顔をする。
「ほう……それは尚のこと見過ごせんな……」
「だったらどうする」
「魔女を匿った罪として貴様を、このルーク・ルドルフ団長自らがこの場で処刑する!」
「はぁ、処刑ですか……」
先程まであれほど恐れていた目覚めの騎士団を、ミルはどうでも良さそうな態度で接している。
それもそのはず。相手は既に満身創痍で、要注意人物の青年を無力化しているのだから。それと、ここまで余裕で見られる理由はもう一つある。
「魔女……目覚めの騎士団が来ているというのに、妙に余裕そうだな……」
「まあ、色々と大丈夫になりましたし……それに今の私には、助けてくれる頼もしい勇者様がいらっしゃいますから」
「勇者様……?」
「そうです!」
大勢の騎士に睨まれる中、ミルは声を張り上げて隣の人物を指差した。
「私の隣にいるお方こそ!かつて世界を苦しめていた大魔王を倒したあの伝説の勇者、レキト、グロウブ様なんです!」
ミルは騎士団の前で声を大にして伝える。
「さあ、逃げるなら今のうちですよ!」
「…………はっ」
「レキト・グロウブって……あの?」
「コイツマジかよ……」
が、ミルの予想とは反して騎士団の群れから失笑が漏れる。
「……何がおかしいんですか。そりゃ、この人は変人で付き合ってると疲れはしますが」
「おい」
ミルの言葉にレキトが反応する。一方、騎士団長のルークは顔を緩めて口を開く。
「魔女、お前正気じゃないな?お伽話の勇者様を脅しに使うとは……」
「おっ、お伽話……!?」
騎士団長ルークの一言に、ミルは驚き目を丸くする。
「ミル、さてはお前……昨今の歴史にあまり詳しくないな?」
「昨今の歴史……?」
「この大陸の最新の歴史本によると、大魔王を倒したのは「目覚めの国の騎士団長ルドルフ」ということになってるんだ」
「……誰ですかそれ」
「多分だが、あの騎士団長ルークの祖先だ。あいつの祖先が、大魔王を倒した英雄として語り継がれてるんだよ」
「えっ!?お伽話って……えっ!?世間では貴方は存在しないことになってるんですか!?」
「人間の間では、俺の活躍はお伽話として語り継がれてるんだよ。もう俺を本物の勇者として認識する奴は魔女くらいしかいない」
「な、なんて酷い……さすがにレキトさんか可哀想ですよ……」
「いや、俺を題材にしたお伽話は結構ハッピーエンドが多いから見てて楽しいぞ」
「そういう意味じゃないですよ!」
「お伽話だの何だのとのたまっているが……大魔王を倒したのは我が祖先ルドルフ騎士団長だ」
ルーク騎士団長は鞘から剣を引き抜き、その場で大袈裟に構えて見せた。
「喜べ、この伝説の大英雄の子孫である私が、お伽話の勇者レキト・グロウブと魔女を、今この場で処刑してやる」
「へぇ、英雄の子孫がお伽話の勇者をねぇ……これは楽しくなりそうだな」
「レキト、何がおかしい」
「何もおかしくはないさ。伝説の大英雄の子孫と一騎打ちできる機会はそうそうない、ここは俺も剣を持って立ち向かうとするか」
「ほう、この私に剣で勝負しようというのか……いいだろう。貴様も自慢の剣を引き抜くがいい」
「よし、わかった」
ルーク騎士団長が煽る中、レキトはその辺をキョロキョロと見回しながら返事をする。
「そうだなぁ…………よし!俺はこれに決めた!」
そう言ってレキトが手にしたのは……葉っぱのついた木の枝だった。
「……は?」
「俺の自慢の武器はこれだ!見ろ!枝に葉っぱが付いてるんだぞ!これは見事だろ!」
「は……はは……」
ルーク騎士団長は口角を上げ、口の端を震わせながら乾いた笑いをこぼす。
「貴様、いい度胸だな……この…………伝説の騎士団長を舐めるのも大概にしろっ!」
ルーク騎士団長は唐突に怒り出し、剣を構えてレキト目掛けて駆けてきた。ルーク騎士団長は竣敏な身のこなしでクレーターの坂を駆け上がり、レキトの眼前まで迫る。
「うわっ!以外と速い!」
「そりゃそうだ。相手は魔導具で身体能力を上げてるんだからな。あの鎧だって、キングミノタウロスの怪力やドラゴンの業火すら耐えられる」
「そんな凄い鎧に棒切れ一つでどうやって立ち向かうんですか!?」
「まあ見てろ」
レキトは冷静に返しつつ、手にした木の枝をご丁寧に構えた。
「とりゃあああ!」
ルーク騎士団長は天高く飛び上がり、レキトの頭上から剣を鋭く振り下ろした。剣はものの一瞬で振られ、側から見たらレキトが真っ二つにされたように見えた。
「お伽話の勇者撃破!流石はルーク騎士団長!」
「見事な一振り!」
「素晴らしい剣技でした!お見事!」
クレーターの中にいる騎士団から歓声が上がるが……
「……あれ?」
ルーク騎士団長の構える剣に、鍔から先の部分が無い。剣身が無くなり、ルーク騎士団長は思わず目を見開き動揺する。
「あ、あれ……剣は……?」
ルーク騎士団長は唐突に消えた刃を探し回る。そんなことをしていると、騎士団長の装備にも変化が現れた。
「ルーク団長……鎧が……!」
ルーク騎士団長の豪華な鎧がずれたかと思うと、鎧が綺麗にずり落ち、そのまま地面に落ちてしまった。
「ああっ!?先祖代々から伝わる家宝が……!?」
鎧が全て外れ、ルーク騎士団長は無防備な姿に変わってしまった。一瞬で貧相な見た目になり、ルーク騎士団長は目に見えて動揺している。
「凄い……あんな棒切れで……!」
レキトの隣にいたミルは、ルーク騎士団長を襲ったレキトの早業をその目でしっかり捉えていた。
レキトはルーク騎士団長の剣が振り下ろされるその瞬間、棒切れに多量の魔力を注ぎ込み、もの凄く頑丈な棒切れを生み出していた。
ルーク騎士団長の振り下ろした剣の根本を棒切れの葉の部分で受け止め、そのまま剣を両断。
レキトはその勢いのまま、目にも留まらぬ速さでルーク騎士団長の鎧に斬撃を浴びせていたのだった。
(この人……本当に元勇者様なんだ……!)
目の前でとんでもない技を見せつけられたミルは、改めて目の前にいるレキトが伝説の勇者なのだと再確認したのだった。