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第96話 目覚め


 昏い地の底で『彼』はまどろんでいた。

 彼は長い時間を生きてきたけれど、そのほとんどを眠って過ごしている。

 彼は本当の意味での生き物とは言い難い。魔力に存在を依存する魔物の中でも、特に魔力が濃い者。それが彼だった。


 八年前に彼は一度目覚めた。けれども時期を読み誤り、半端な覚醒で力があまり出せず、人間相手に痛手を負ってしまった。それで再び眠ったのだ。

 だが、今度こそ目覚めが近い。

 その証拠に『アレ』が活動を始めている。長い時を経て待ち続けたものが見つかったのだろう。


 ――であれば、今こそ。


 彼は意識を浮上させる。

 地上の景色は雪の白。前回の目覚めと同じ冬の季節。


 魔の森を、その周辺を全て飲み干して、『彼女』の願いを叶えなければならない。そのためだけに彼は存在する。

 邪魔する者は全員殺す。例外は許さない。


 そうして彼は目覚めた。漆黒の身体を震わせて。

 咆哮は地の底から響いて、大地を空をそこに生きる者たちを震撼させた。








 ユーリが魔物のデータをアウレリウスに報告してから、約一ヶ月の時が流れた。

 冬は深まり、新しい年になっている。

 けれどドリファ軍団に新年を祝う空気は薄い。近い将来の危険を予感する緊張感が漂っていた。

 兵士たちは忙しく駐屯地とウルピウスの防壁を行き来して、斥候隊や工兵隊が魔の森へと任務に出ていく。冬の季節として異例のことであった。


 ――そして、その日はやって来た。


 灰色の雲が厚く天を覆う日、冬の弱い日光が遮られる中で、魔の森の深部から咆哮が響く。

 大地と空を揺るがすような、魂さえも凍らせるような声が。分厚い曇天さえも突き破るような轟音が。


 八年前を知る者は、すぐに惨劇を思い出した。

 知らぬ者はただ恐怖に打たれて、その場に立ちすくんだ。


「……来たか」


 アウレリウスは司令部の前に立って、北の魔の森を見た。

 肉眼ではカムロドゥヌムの城壁と、遠くにウルピウスの防壁が見えるばかり。

 だが彼の卓越した魔力感知と鑑定スキルが告げている。あの化け物が、魔王竜が目覚めたと。


「各隊の百人隊長よ、今すぐに兵士たちを集めて隊列を組め。冒険者ギルドにも臨戦態勢の通達を」


「はっ!」


 ペトロニウス以下の百人隊長たちが、命令を受けて散っていく。

 隊列が整うまでのいくばくかの時間を、アウレリウスは軽く目を閉じて待った。

 冷静を装っても、体の芯が燃えるように熱くなるのは抑えられなかった。ギリ、と噛み締めた奥歯が鳴る。


 やがて瞳を開ければ、目の前には兵たちの姿。誰もが青ざめて、恐怖に引きつった顔をしている。

 そんな彼らに向かって、アウレリウスは声を張り上げた。


「兵士諸君! 先ほどの咆哮を聞いたはずだ。あれは間違いなく、我がドリファ軍団の仇敵、魔王竜のもの。かの魔物が八年の時を経て現れたのだ」


 一度言葉を切って、兵士たちの顔を見渡す。


「あれは地炎獣などとは比べ物にならない、強大な魔物。さらに八年前と同じく、数多くの魔物が同時に現れると予想している。此度の戦いは非常に厳しいものになるだろう。

 ゆえに、今のうちに言っておこう。臆する者はついてこなくてよい」


 兵士たちがざわめいた。


「臆病者は足手まといだ。そんなものは、戦いにいらぬ。この町を、友人と家族を守るのは、勇敢な戦士でなければならない。――だがたとえ諸君らの多くが脱落したとしても、ペトロニウスの第一大隊のみは連れて行く。第一大隊は私の懐刀。彼らだけは必ず信頼に応えると私は知っている」


 第一大隊から力強い雄叫びが上がった。アウレリウスからの信頼に報いようと、恐れを振り払って叫んでいる。


「もちろんです、軍団長!」


「我らは命を賭けて、この町を守ります!」


 そんな声があちこちから上がる。

 第二大隊以下の面々はしばし呆然として、次に強い口調で言い始めた。


「我らは臆病者ではない! 町を守る心は、誰にも負けません!」


「見くびらないでください!」


 臆病者扱いされた怒りが心を奮い立たせて、魔王竜への恐怖を上回ったのだ。

 口々に叫ぶ兵士たちに、もう青ざめている者はいない。

 町を守る正義感と、戦いに向けた高揚感で目に光を灯している。

 アウレリウスは彼らの声を、軽く手を上げて受け止めた。


「戦友諸君!」


 アウレリウスは呼びかけを変えた。『兵士諸君』から『戦友諸君』へと。

 自分たちの意志が認められた。兵士たちはそう考えて、ますます士気を上げる。


「お前たちの心意気は伝わった。私とてこの八年を無為に過ごしたわけではない。魔王竜の対策に手は打ってきた。我らの第一の目的は、押し寄せる魔物の群れの撃退。魔王竜の討伐そのものは、我が従弟ユリウスが必ず果たすと信じている」


 おお、と声が上がった。

 兵士たちは夏の武闘大会で、ユリウスの図抜けた強さを目の当たりにしている。彼ならばあるいは、と思わせるだけのものがユリウスにはあった。

 さらに兵士たちは、軍団の鍛冶師が特別の武器を作っているらしいと噂で知っていた。その使い手がユリウスであることも。

 詳細は伏せながらも、アウレリウスが巧みに情報を流した結果である。


「出撃! 私に続け!」


 騎乗したアウレリウスが先頭に立った。

 八年前に軍団長に就任して以来、彼はいつでも最前線に立ち続けていた。

 後方から指示を出すだけの司令官ではない。それは軍団の誰もが知っている。だからこそ兵士たちは彼に信頼を寄せるのだ。


 分厚い雲からは雪が降り始めている。

 積雪は兵士たちの軍靴の足音を飲み込んで、白く足跡を刻んで続いていった。


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