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第94話 予兆1


 雪に包まれたカムロドゥヌムの町の時間は、静かに流れていく。


 今年は町にずいぶんと人が増えた。

 商人の出入りはもちろんのこと、ドリファ軍団への入団希望者や町への移住希望者、新しく冒険者としてやって来た人々もいる。

 彼らの住居確保は急務で、アウレリウスはカムロドゥヌムの城壁の外に木賃宿をいくつも作って対応した。

 そのおかげで本格的な冬になる前に、なんとか大半の人々の寝床が確保できたのだった。


 建物以外の防寒対策では、レッドボアの毛皮が大量にあったのが功を奏した。

 レッドボアは肉に脂の多いイノシシの魔物で、石けん作りに利用されている。

 毛皮も素材として使用に耐えるレベル。

 急ごしらえの建物でも、毛皮にくるまっていれば寒さをしのげた。


 カレー食堂で雇っている子供たちの住居は、まだじゅうぶんに作られていない。

 町の建設ラッシュのおかげで人手が足りず、手が回らなかったのだ。

 ユーリは来年こそは、子供たちが安心して暮らせる家を作ろうと決めた。







 冬は冒険者たちの活動量が落ちるが、人数そのものが増えたので素材や肉の納品はそれなりの量になっている。

 人が増えた分の食糧は、今年の麦がまずまずの豊作だったのと、アウレリウスが早めに手を打って備蓄していたので、春まで保ちそうである。

 魔物肉のカレーも食料確保に一役買った。

 ユーリは来年はじゃがいもをもっと増やして、さらに食糧事情を安定させたいと考えていた。


 カレー食堂が営業を縮小した分、ユーリは倉庫のシステムチェックや冒険者ギルドの諸業務に力を入れた。

 倉庫の方はさしたる問題は起きていない。

 冬で素材の出入りが少ない時期なので棚卸しをしたが、思ったよりも数が乱れていなかった。ナナやコッタらの職員が、普段から気にかけていた成果だろう。


「冬になっても魔物は活発に動くのね」


 ある日のこと。冒険者ギルドで魔物出現地図を確かめていたユーリが言った。足元にはシロが丸くなってウトウトしていた。

 彼女の隣にいたティララが答える。


「そうね、種類にもよるけど。野生動物のように冬眠する魔物は聞いたことがないわ」


「魔物って、本当に謎の生き物」


 魔物出現地図は、冒険者から聞き取った情報をもとに作っている。魔物を目撃した地点と種類を記録していた。

 主に魔の森の浅い部分で、弱い魔物の情報が多い。

 地図を眺めていたユーリは、ふと引っかかりを覚えた。


 今年の春に地図を作り始めて以来、夏、秋を経て。魔物の出現位置がだんだん魔の森の外側に寄ってきているように見える。

 だが、一見の印象だけで正確性は測れない。ユーリは書字板――木板にロウを塗ったメモ帳――を取り出して、季節ごとの情報をまとめていった。

 目撃地点と数字だけではまだ分かりにくい。彼女は次にグラフを作った。書字板では小さいのでパピルス紙をもらう。日本で事務員をしていたから、そういった作業は得意分野だった。


「……やっぱり」


 その結果、ユーリの印象は正しいと証明された。

 春や夏の始めは各地に点在していた魔物たちの目撃情報が、時間の経過とともに徐々に増えて、しかも外側に押し出されるように分布を変えている。


「ティララ。魔物は冬になったら魔の森の外側に集まるとか、そういう習性があるの?」


「え? そんなことはないわよ。季節を通してあんまり変わらないと思う。まあ、前までは地図を作ってなかったから、正確に分からないけど」


「これを見て」


 ユーリがグラフを見せると、ティララは目を丸くした。


「すごい、これなに? 数字よりずっと分かりやすい!」


「グラフって言うの。……それより魔物の数と出現場所。明らかに変わってきてるよね?」


「うん。去年までは体感だけど、こんなことはなかったわ。どうしてかしら」


 冒険者ギルドにいた冒険者たちに聞いても、似たような答えが返ってきた。

 弱い魔物ばかりのせいか、誰もさほど気にしていない。むしろ、


「ホーンラビットやらが森の入り口に増えたせいで、狩りがしやすくて助かってる」


 と言う者もいるくらいだ。

 けれどもユーリは妙な胸騒ぎを覚えた。


 ――弱い魔物たちは、まるで押し出されるように魔の森の外側に来ている。押し出されるように、逃げ出すように?


 そこまで考えて、ユーリは立ち上がる。外套を取り出して羽織った。シロがびっくりして飛び起きる。


「この件、アウレリウス様に報告してくる。後をお願いね」


「え、ちょっと。ユーリ!」


「わふん!」


 ティララの声を背中に聞きながら、ユーリは冒険者ギルドを出た。シロも慌てて後を追う。

 雪のちらつく中を彼女は一路、ドリファ軍団の駐屯地へと向かった。


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