第87話 魔物畑の収穫
だんだんと秋が深まる季節。
カムロドゥヌムの近郊の畑ではスパイスやハーブ類が、そしてウルピウスの防壁の向こうにある畑では、マンドラゴラたちの収穫が進められていた。
「見てください、ユーリさん。立派な黄色マンドラゴラでしょう」
畑の責任者であるトマスは、得意げに黄色い根茎を持ち上げてみせた。
「本当だわ。丸々としていて、今からカレーに使うのが楽しみになっちゃう」
「ワン!」
ちょうどいいタイミングでシロが声を上げて、みんなが笑う。
「ただ、ちゃんと育ったのは白い花のマンドラゴラだけでした」
トマスの言葉に、ユーリは考え込んだ。
「秋ウコンね。魔の森から出せば、本来の植生に近づくのかしら。ピンクの花の春ウコン――マンドラゴラはどう?」
「育っていますが、最近はだんだん休眠状態になっていますね。冬はこのまま眠ってしまうかも」
ユーリが見ると、ピンクの花はもう散ってしまっている。
そのマンドラゴラは土に埋まってピクリとも動かない。
トマスの話では、刺激を与えても反応が鈍いという。
「それに、こっちの白い花の黄色マンドラゴラも。どうも、引き抜いたときの叫び声が弱い気がするんです」
「魔の森から出して育てた影響かしら?」
「あるかもしれません。あそこは土まで魔力に満ちていますが、ここらはそうでもないので」
トマスはもう一つのマンドラゴラを指さした。
「この毒マンドラゴラ、いえ、じゃがいもですか。じゃがいもも少量ながら、ちゃんと収穫できましたよ」
じゃがいもは日光に当てるとすぐに緑色になって傷んでしまう。収穫されたじゃがいもたちは箱に詰められて、とりあえずは兵士詰め所に置いてあった。
これらのマンドラゴラは種芋からではなく、既に育った状態で畑に持ってきたおかげで収穫に間に合った。
じゃがいもの毒見は済ませてある。
ユーリが試しに食べると言ったら、トマスたちどころか兵士にまで反対されてしまった。それを押し切って、数日に渡って少量ずつ茹でて食べてみた。
結果は問題なし。ユーリの予想通り、毒はじゃがいも毒のことだったらしい。きちんと保管して緑色になっていないものを加熱して食べれば、頭痛や腹痛は起こらなかった。
ユーリはトマスたちの手を借りてじゃがいもの箱を荷馬車に乗せた。冒険者ギルドから借りてきた荷馬車だ。
バターの在庫がいくらかできたので、子供たちと一緒にじゃがバターを食べるつもりである。
ユーリは荷物からバターを一包み取り出した。トマスに渡す。
「じゃがいもはビタミンが豊富で、いい栄養源なんですよ。はい、これ、バター。よかったら茹でて食べてね」
「なんだかよく分からんが、ユーリさんの言うことなら確かでしょう。後でいただきます」
冒険者の一人が荷馬車の手綱を取る。
ユーリはトマスや兵士たちに手を振って、カムロドゥヌムに戻っていった。
町に戻ったユーリは、カレー食堂の営業終了後を待ってじゃがいもを茹で、じゃがバターにして子供たちに振る舞った。
もちろん、種芋は別に確保してある。
「わあ、なんだこれ! ほくほくしていておいしい!」
「バターが溶けて、あまーい!」
子供たちは先を競うようにして食べている。
カレー食堂は相変わらず好調だが、もともと単価の安い商品だ。そこまでの儲けは出ていない。
利益という意味では、ドリファ軍団に納品するカレールウが一番大きい。やはり数が多いのがきいている。
利益は事業用、それに子供たちの宿舎を作るための資金をある程度確保して、残りは給金にしている。
下手に子供に給金を持たせておくのも危ないため、ユーリがお金を管理していた。
必要に応じて少額を渡す他、いずれ彼らが独り立ちできる年齢になったらまとめて渡すつもりだ。
もちろん一人ずつ帳簿をつけて本人にも見せているが、どこまで理解されているかは不明だった。
「あー、うまかった!」
ファルトがじゃがバターを食べ終えて、お腹をさする。と、立ち上がって一人の子の頭をぽかっと叩いた。
「こら、お前! ちびの分取り上げてるんじゃねーよ。自分の分だけで満足しとけ!」
「いたた、ファルト兄、ごめんよ。あんまりおいしかったから、つい。でも、もうしない」
「分かればいい」
ファルトはいつの間にか子供たちのリーダー的存在になっていた。
彼は頭が良くて、ユーリが合間で教える読み書きもずいぶん覚えた。最近は数字の計算に挑戦している。
じゃがバターを食べ終わった後、片付けは子供たちに任せてユーリはカレーと石けん事業の帳簿付けを始める。
倉庫の帳簿はナナがしっかりと担当していて、ほぼ問題ない。ユーリはたまにチェックに行くくらいだ。
ユーリはこちらの帳簿を複式で記入している。さすがに事業用となると、単式では不便が多いのだ。
(複式帳簿の書き方は、ナナがだいぶ覚えてくれた。ファルトが計算をきちんとできるようになったら、帳簿付けを手伝ってもらうのもいいな。
最近は売上が安定してきたから、雇う子の数を増やしたい。そうしたら子供たちの働く時間が減って、遊ぶ時間が取れるし、読み書きの勉強もできるもの。いつかここを出て独立しても、最低限の学はあった方がいいから)
彼女はそんなことを思いながら、今日の売上を記入していった。
水面下で事件が起きつつあるのを知らずに……。