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第84話 モダモダ


 アウレリウスは疲れていた。

 地炎獣の討伐自体は被害を最小に抑えながら達成できたが、その後の処理が膨大だった。

 特に素材目当てで群がってくる商人と、その背後に見え隠れするブリタニカ属州総督の影。それらの相手が面倒だった。


 大型魔物の討伐はすぐにブリタニカ中に知れ渡った。そして、つい先日のカレーや石けんの名声と相まって、アウレリウスの評判が非常に高まっていたのである。

 ドリファ軍団が力を付けすぎると、ブリタニカ属州総督は逆に力を削がれる。両者は同じユピテル帝国の管理下にある者同士だが、軍事面で強権を握るアウレリウスの存在は、官僚である属州総督にとって目の上のたんこぶとなる。

 政治的な駆け引きは既に始まっていた。


 そんな折に従弟のユリウスが、密かに想うユーリを腕に抱えて素っ頓狂なことを言うのだ。

 アウレリウスは心の底からイラッとした。


「頭を冷やせ」


 一言言うと、ユリウスの頭上に氷水が現れた。

 ユーリに当たらない角度で、巧みにユリウスの頭だけをずぶ濡れにする。銀の髪からぽたぽたと水が落ちる。


「…………」


 ユリウスは目を瞬かせた。やっと正気に戻ったようだ。


「あ~……」


 彼は気まずそうに口を開いた。


「ごめん、アウレリウス。僕ちょっと興奮しちゃってさ」


「何があったか知らんが、話をするなら整理してから言え。あと、ユーリを離せ」


「……うん。ユーリ、ユーリ、大丈夫?」


 ユーリはここまでの高速の移動で、まだ目を回していた。ぐったりしている彼女の髪を撫でるユリウスに、アウレリウスは思わず立ち上がった。がたんと椅子が鳴る。


「離せと言ったはずだが?」


「え、でも、彼女、気絶しちゃって。今離したら倒れちゃう……」


 アウレリウスは無言で従弟に歩み寄り、腕の中の彼女を奪い取った。


「ユーリ、しっかりしてくれ。きみだけが私の心の支えなんだ」


 そう語りかけて、彼ははっとした。勢い余ってユーリを抱きとめてしまったが、これからどうしよう。

 心の準備もなく触れた彼女の体が柔らかい。アウレリウスは完全に固まった。

 と、ようやくユーリが目を覚ます。


「あれ……? アウレリウス様?」


 間近で見上げてくるユーリの顔が赤い。アウレリウスも頬に熱を感じる。

 お互いに固まった二人の後ろから、くすくすと笑い声が響いてくる。ユリウスだ。


「いやあ、思ったより微笑ましいなあ。邪魔をするの、罪悪感を感じるね」


 アウレリウスはギロリと睨み上げる。

 その視線を受けて、ユリウスは笑いながら後ろに下がった。


「おっと、もう氷水は勘弁! 僕、お風呂行ってくる。その間にユーリから話を聞いておいて」


「おい、ユリウス!」


 ユリウスはさっさと退散して、後には顔を真っ赤にした二十代後半男女が残された。







 その後、ユーリはなんとか立ち直ってアウレリウスから離れた。

 両者ともとても気まずかったが、少しばかり残念に思ったのもまた共通する気持ちである。


「……なるほど。オサフネの剣の可能性か」


 ようやく冷静さを取り戻して、アウレリウスはうなずいた。


「日本刀といいます。ざっくりした概要であれば作り方を知っていますが、本当にこの程度の知識で再現できるかは、なんとも」


 ユーリはやや不安そうに言う。ユリウスの狂気に近い熱を見た後では、「やはりできませんでした」となったときにどうなるか怖い。

 一方でアウレリウスは考える。少し面倒なことになったな、と。

 属州総督からの圧力が増している今、伝説級の武器を作ってしかもその所有主がユリウスということになれば、軋轢は間違いなく倍増するだろう。

 たとえ武器の再現に至らなくとも、その知識を持つユーリの存在は絶対に隠すべきだ。

 とはいえもちろん、この可能性を手放す気はない。


「この話は他言無用で頼む。話を聞いたのは、地炎獣の解体をしている兵士くらいだな?」


「はい」


「すぐにそちらにも口止めの命令を出す。鍛冶師は軍団の者を使ってくれ」


「分かりました」


 話はまとまったが、ユリウスはまだ戻ってこない。

 ユーリはまだ少し気分が悪かったし、冒険者ギルドに戻るには時間が足りないだろう。このままアウレリウスの執務室で待つことにした。

 アウレリウスはまず伝令を呼んで、地炎獣の解体をしている兵士たちに口止めの命令を出した。


「私のことは気にせずに、お仕事を進めてください」


 ユーリはそう言うが、アウレリウスは落ち着かない。

 彼女が部屋にいるうちは、商人などを呼ぶわけにもいかない。

 結局彼は諦めて、ユーリと会話することにした。


「以前、作ると約束したフォレストスネークのウロコの魔道具だが」


 と、彼は切り出した。保温プレートの魔道具だ。


「最高のものを作ろうと準備しているうちに、この騒ぎが起きてしまった。まだ完成までは時間がかかりそうだ。すまない」


「かまいませんよ! 私もカレーと石けんが忙しくて、新しいお料理になかなか手がつけられなくて。でも、夏の間に温かいものはあまり合いませんから、秋になって冬になって……かえってちょうどいい時期かもしれませんね」


 ユーリの微笑みに気遣いを読み取って、アウレリウスは心が温まるのを感じた。


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