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第75話 お風呂あわあわ大会1


 その日、カムロドゥヌムの町で一番大きな公衆浴場(テルマエ)では、たくさんの人々が列をなして開場を待っていた。

 男性が大半だが、中には女性も混じっている。みな、好奇心いっぱいで楽しみな様子である。


「冒険者ギルドのユーリさんが、また新しいことをやってるんだろ」


「あの人のカレーはおいしいよねえ。今じゃ週に一回は必ず食べる」


「そうそう、肉が入っていて力が出るんだ。夏バテしてても食べられるスパイシーな味でさ」


「今日は新しい垢すりだっけ? お前ンとこの奥さん、ユーリさんの手伝いしてたろ。教えてくれよ」


「だめだめ、今日、中に入れば分かるんだから。秘密、秘密」


 そんな声があちこちで聞こえる。

 やがて時間になって、浴場の係員が扉を開けると、人々はどっと中に押し寄せた。


「今日は男性の日です! 女性は明日、開放しますので。間違って入らないでくださいね! テルマエの代金はアウレリウス様の奢り、石けん一つもアウレリウス様からの贈り物です! みなさん、感謝を」


 係員と奴隷たちがそんなことを叫んでいる。

 男性たちは脱衣所で服を脱ぐのももどかしく、さっさと浴場の奥へと入った。

 最初の温熱室――サウナ室――はぎゅうぎゅうだ。

 そして、お湯で満たされた浴槽のある温浴室では。急遽設置された石造りの棚に、たくさんの石けんが並んでいた。


「おっ? これが新しい垢すりかよ?」


「どうやって使うんだ?」


 男たちが石けんを手にして戸惑っていると、係員と奴隷たちがやって来た。


「みなさん、当テルマエへようこそ。そちらの黄色い石のようなものが、新しい垢すりになります」


「使い方は、まずその石――石けんを少しお湯につけます。そして、手のひらで転がします」


 客たちは言われたとおりに石けんを手で転がしてみる。すると泡が立ってきた。


「おお、なんだこれ。ぬるぬるするぞ」


「泡?」


 みなの手に泡が立ったのを見て、係員が続ける。


「その泡は、汚れをよく落とします。皆さん、汚れや臭いが気になるところを洗ってみてください」


 男たちは恐る恐る、石けんの泡を腕や脇、足などにこすりつけた。しばらく泡立てながらこすって、最後にお湯で流す。


「こりゃすごい! さっぱりしたぞ!」


「今日は暑くて汗だくだったんだが、臭いも取れた」


 みな喜んでいる。

 さらにそこへ、奴隷たちが布を持ってやって来た。目の荒い麻布で、形は細長い。


「さあさあみなさん、次はその布に石けんをこすりつけて、全身を洗ってみてください」


「なるほど。細長いから背中にも届くのか」


「洗いやすい形じゃないか」


「おう、布の感触がちょうどいいぜ。昔からある金属の垢すりは、俺には痛くてよ」


 ユピテル帝国の伝統的な垢すりは、金属のヘラのようなものである。砂や油をまぶして垢をこすり取るのだが、あまり効率がいいとはいえない。

 さらに一人では背中がこすれないので、奴隷を持っていない人は、わざわざ料金を払って頼まなければいけなかった。


 布にたくさんの泡を立てて、どの男たちも楽しそうだ。ちゃっかり髪を洗っている者もいる。

 中には泡で滑って転ぶ者もいたが、そんなことすら楽しんでしまって、笑っている。


「はい、みなさま! しっかりこすりましたら、お湯で泡を流してくださいね。泡がついたまま浴槽に入るのは禁止です!」


 係員が叫んでいる。大抵はちゃんと泡を流してから浴槽に行ったが、たまに泡だらけのままで湯に入ってしまう者がいて、係員が引っ張り上げている。


「すごいことになってるねえ」


 少し遅れてやって来たユリウスが、ぎゅうぎゅうに浴槽に入ってる男たちを見て目を丸くした。


「だから言ったじゃん。こういうのはいの一番に行くか、初日は諦めるかの二択だよ」


 ロビンはちょっと不満そうだ。感覚が鋭い彼は、人が多くて賑やかすぎる場所は少し苦手なのだ。


「ま、とりあえずユーリの石けんを使ってみようよ」


「うん」


 二人は石けんと垢すり布を受け取って、泡立て始めた。


「わ、すごい。レッドボアの脂とあの海藻でこんな泡になっちゃうなんて」


「この泡、ちょっと獣くさいなあ」


「それは仕方ないね。ユーリが香り付けもしたいと言っていたよ」


 そうして全身を洗って、湯で流す。


「すごい! 今までにないくらいの清涼感だよ。これを知ってしまったら、金属の垢すりはもうできないな」


 ユリウスが上機嫌で首筋をさすっている。が、ロビンは困ったようにもじもじしていた。


「俺は、ちょっと落ち着かない。肌感覚が違くなりすぎっていうか……」


「慣れれば大丈夫じゃない? 慣れるまでは軽く洗うのを何度かやっておけば?」


「うーん。そうするか」


 彼らがそんなことを話していると、最初に湯に入った客たちが真っ赤な顔で上がってきた。

 次は冷温室で軽く体を冷やして、また温熱室に行くつもりだろう。

 ユリウスたちは浴槽の空いたスペースに入った。ロビンがちゃぷちゃぷと湯を手ですくう。


「これだけの人数が入っているけど、思ったより湯が汚れていない。やっぱ石けん効果?」


「だろうね。従来の垢すりは、砂や香油をまぶして擦り落とすわけだから。どうしても汚れるよね」


 周囲を見渡せば、ほとんどの客は満足そうな表情をしていた。




お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 お~、匂い以外はかなり良い感じの石鹸になったみたいですね!やはり清潔にすることって大事ですから、少しずつでも良いので量産体制を整えて行きたい所ですな。 それでは今日…
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