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第71話 船上にて


 カムロドゥヌムを発って三日目の昼近くになると、辺りに薄い磯の香りが漂ってくる。耳をすませば遠く波の音も聞こえてくる。

 そして午後。ウルピウスの防壁が途切れた先、一行は海岸に到達した。

 海岸は岩場で、南北に突き出た岬に挟まれるような形をしている。天然の港になっていて、すぐ近くに港町があった。


 港町で話を聞くと、海藻はゴミ扱いで海岸に打ち上げるままになっているという。

 船に絡んでくるので厄介者扱いされていた。


「じゃあ、夕方まで付近を探索してみましょう」


 ユーリが言って、みながうなずく。

 近くの海岸を歩いてみると、黄色や茶色っぽい色の海藻が岩に打ち上げられている。ユーリはそれらを拾ってみた。

 ユリウスが言う。


「どう? 使えそうかい?」


「うん、いいと思う。でもできれば、生えているところも見てみたい」


「相変わらず好奇心旺盛だねえ。あなたのその活発な心が、新しいものを生むのかな。今回もまた、町を変えるようなものを作るんだろう?」


 ユリウスは眩しいものを見る目つきでユーリを見た。その瞳に気づかず、彼女は苦笑する。


「そうね。病気が少しでも減れば、町の暮らしが良くなると思う」


 シロが波打ち際まで行って、海水が足にかかってびっくりしている。

 ユーリは乾いている海藻を選んで拾い、袋に入れた。

 目を上げて海を眺めれば、入江になった海面に船がいくつか浮かんでいる。ごく小さいので、地元の漁船だろう。

 さらに向こう側に目を凝らせば、うっすらと島影が見える。ブリタニカ島のすぐ隣にあるというヒルベニア島だろう。島というがかなり大きくて、ブリタニカ島の半分ほどの大きさだとアウレリウスが教えてくれたのを、ユーリは思い出した。

 彼女がアウレリウスから教わったことは多くて、こうして思い出すと気持ちがほっこりするのだ。


 そうしてあちこち歩き回ったおかげで、辺りはだんだんと夕焼け色になっていく。


「そろそろ町に戻って、明日、船を借りて海に出てみましょう」


 ユーリが言って、その日の探索は終了となった。







 翌日、曇り空の天気である。

 ユーリは町の漁師と交渉して、一日船を借りることにした。

 船というよりボートと言ったほうがいいくらいの小さなものである。ユーリたち四人が一度に乗るのは無理だった。

 そこでユーリとユリウスが海に出て、ロビンとヴィー、シロは陸で留守番をすることになった。

 ロビンが言う。


「海の中の魔物相手じゃあ、俺の弓が役に立つとも思えないし」


「魔物なんていやしませんよ。入江の中だけでいいんでしょう?」


 と、地元の漁師。ユーリは答えた。


「ええ、海藻が生えている場所を見たいだけなの。近場にあるのよね?」


「ありますよ。でかい葉っぱがうねうねしていて、下手に近づくと船の舵を取られちまうんで、注意しないとですが」


 小さな船は漁港を出発した。漕手が漕ぎ、船頭が舵を取る二人体制だ。

 船はゆったりと進む。相応に揺れたが、ユリウスはもちろんユーリも乗り物酔いは強いほうだ。やがて海藻の群生地の手前までやって来る。


「これ以上近づくのは無理ですさね」


 漕手が言って船が止まる。

 ユーリが海面に目をやると、茶色がかった黄色の葉がたくさん茂っているのが見えた。日本で見慣れたコンブやワカメとはまた違う、細長い形の葉である。

 ユーリは昨日海岸で拾った海藻を思い出した。確かにこのタイプの形のものも混じっていた。


「あれを採集するとしたら、どうしたらいいかしら?」


 ユーリが聞くと、漕手と船頭は顔を見合わせた。


「そうですなあ……一人、船から降りて潜って、刃物で茎を切ればいいんじゃないですかね」


「じゃあ今日は僕が行こう」


 ユリウスが軽い口調で言ったので、ユーリは驚いた。


「えっ、大丈夫?」


「今は波も低いし、平気だろう。どのくらい採ってくればいい?」


「じゃあ、大きめの枝を一本」


「了解。待っていてね」


 ユリウスはそう言って、さっさと鎧を脱ぎ始めた。元々彼の武装は軽装だが、ぽいぽいと脱ぎ捨てられる鎧や手甲、ブーツなどにユーリは呆気にとられる。

 ユリウスは下履きと腰の短剣だけの姿になった。よく鍛えられた上半身がむき出しになり、ユーリは目のやりどころに困る。

 彼の肉体は無駄のない筋肉の鎧のようだ。着痩せするタイプだったらしく、肉感的な魅力がある。

 ただ、そんな強靭な体にいくつもの傷跡が刻まれていた。それはユリウスの生き方の激しさを映しているようで、ユーリは心が痛んだ。

 そんな彼女にいつもの無邪気な笑みを向ける。念のため命綱をつけて、ユリウスはざぶんと海に飛び込んだ。


 あっという間にすいすいと泳いでいく。長い葉の海藻の森に近づいて、どうやら一本切り取ったらしい。

 一度海面まで浮上して、手を振って見せている。

 と、その銀髪の頭がまた沈んだ。

 なにかトラブルがあったのかとユーリは船のへりをつかむ。

 ややあってユリウスは浮き上がり、何事もなかったように戻ってきた。


「ただいま。ちょうどいいのが採れたと思うけど、どう?」


 ユリウスは海中から長い枝を差し出した。ユーリが受け取り、次に彼を引き上げる。

 海水に濡れた彼の手はたくましく、ユーリは一瞬どきりとした。


「ユリウス、ありがとう。この枝、いいと思うわ」


 海藻の枝は長くて、葉がいくつもついている。表面がぬめぬめとしているので、町に帰ったら乾かさないといけないだろう。


「それはよかった」


「途中で一度余計に潜っていたけど、なにかあったの?」


「んー。変な生き物がいたんだ。頭が丸くて、魚みたいな尾びれのついた太った生き物。よく見ようとしたら逃げられちゃったよ」


「あぁそれは、アザラシですな」


 船頭が口をはさんだ。


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