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第70話 海行き


誤字報告ありがとうございます。



「海に行こうと思います。東海岸と西海岸、海藻類が多いのはどちらでしょう」


 ここはアウレリウスの執務室。乗り込むようにしてやって来たユーリは、挨拶もそこそこに切り出した。


「急に何の話だ。最近、こういうパターンが多くないか」


 アウレリウスは眉を寄せている。

 そこでユーリは改めて石けんの効能と必要性を説いた。


「失敗作ですが、石けんを持ってきました」


 ユーリはどろどろ石けんと木炭をひとかけら取り出した。木炭で肌に少しの線を引いて、石けんで洗い落として見せる。


「洗濯屋の洗剤と違って、人間の肌にも使えます。もちろん食器や衣類にも。材料は油と灰」


「材料費は安いな。幅広い使い方が期待でき、やはり新たな産業になりえる」


「はい。清潔はとても大事ですよ。病気の予防の第一歩です」


「きみの言う細菌やウィルスの話は理解が難しいが、ユーリが言うからにはそうなのだろう」


 ユーリとアウレリウスは流れるように会話を重ねていく。

 アウレリウスは彼女との会話が好きだ。新しい知見と発見に満ちていて、テンポも心地よい。


「より品質のいい石けんは、海藻の灰でできると予想しています。魔の森の植物もサンプルを集めたいです」


「それで海か。海藻は西海岸でよく茂っていると聞いている。魔の森についても、冒険者ギルドで依頼を出そう」


「西ですね! では、ユリウスたちと一緒に行ってきます」


 笑顔とともに言われたセリフに、アウレリウスは胸のつかえを覚えた。


「ユリウスと? なぜ?」


「護衛です。ウルピウスの防壁の内側を歩いていけば、そんなに危険はないはずですが、彼が付き合ってくれるというので。私がまた新しいものを作るのを、面白がっていましたよ」


「……そうか」


 一瞬の間をおいてアウレリウスはうなずいた。







 去っていくユーリを見送りながら、アウレリウスは正体不明の心の重さを自覚していた。

 彼は従弟であるユリウスを深く信頼している。

 関係が断絶していた時期であってさえ、彼は結局、ユリウスを心の底では信じていたのだ。


 真面目で実直なアウレリウスに対して、ユリウスは朗らかで人懐っこい性格。昔から男女問わず人気があった。

 ユリウスは年上女性好きを公言しているが、彼の甘え上手な面がそうさせているのだろうとアウレリウスは考えている。

 ユリウスはモテる上に軽々しい態度が目立つけれど、アウレリウスの知る限り、本気で女性に入れ込んだことはない。

 もちろん彼らには八年の断絶がある。けれどアウレリウスは思うのだ。ユリウスの本質は十代の頃から変わっていない、と。


 だからユーリに対しても心配はしていないはずだった。

 ユリウスが口説くようなセリフを吐いても、それはあくまで表面的なこと。ユーリも呆れている雰囲気で、まともに取り合っていない。


(だから、心配はしていない……)


 なのにこの心の重さはなんだろう。そも、何の心配をするというのだろう。

 重みは鈍い痛みとなって、彼の心をじわじわと締め付ける。

 それは、無視しようと思えばできる程度のものだ。

 父と伯父を亡くし、必死にグラシアス家とドリファ軍団を立て直した過去の日々に比べれば、取るに足らない程度のもの。


 意味の分からない痛みをもてあました彼は、結局、いつものようにふたをする。

 それがただの先延ばしだと気づかずに。







 ウルピウスの防壁は、ブリタニカ島の東西が最も狭くなる場所百二十キロメートルに築かれている。

 カムロドゥヌムの町はその中央に位置する。つまり東海岸も西海岸も距離はほとんど同じ、六十キロメートルだ。

 防壁の南側に沿って街道が通されているので、足場は良い。また十キロ間隔で兵士の詰め所が設置されているため、寝泊まりの場所も確保されている。

 ユーリたちは片道を二日半かけて進むことにした。


「ちょっとした旅行気分だねえ。たまには、こうしてリラックスする旅も悪くない」


 夏の青空と雲混じりの空の下、ユリウスが鼻歌でも歌い出しそうな口調で言った。


「こういうのも楽しいや」


 弓使いのロビンものんびりした様子だ。隣では魔法使いのヴィーが、半分寝ぼけたような目でふらふら歩いている。

 超一流の冒険者である彼らとしては、危険の少ない今回の旅はまさに旅行気分なのだろう。

 ユーリはというと、一生懸命に歩いている。ユピテル帝国に来てから歩く機会が増えたが、元々彼女は特に体力派ではない。一日に三十キロ近くを歩く今回の旅程は、それなりに大変であった。


「ユーリ、疲れたらちゃんと言うんだよ。休憩を取るから」


 ユリウスが気遣うそぶりで言う。ユーリは笑顔で首を振ってみせた。


「大丈夫。水分もとってるし、足も痛くない。無理を言って海岸まで行くのだから、ちゃんと歩くわ」


 ユーリとしては自分が足手まといになるのが悔しいのだ。ユリウスたちだけであれば、六十キロメートルの道のりも一日で踏破してしまうだろう。


「そうかい? まあ、いよいよになったら僕が抱えてあげるよ。ユーリ一人なら軽いものさ。むしろ役得だね、今からやってみる?」


「結構です」


 さらりと答えるユーリに、ユリウスは苦笑している。

 そのやり取りを見ていたロビンは、ちょっと首をかしげた。


(ユリウスの奴、ユーリに妙に世話を焼きたがるなあ。あいつ、いつもなら甘えてみせるのが上手で、それで女を落とすくせに。まさか本当に本気で?)


「ワン! キャン!」


 ユーリの肩に手を伸ばしかけたユリウスを牽制するように、シロが吠えた。


「やれやれ。魔物まで味方につけて、ユーリはずるい。おいシロ、あんまりユーリにまとわりかないでくれよ。じゃないとまた体中調べてやるぞ」


 ユリウスがため息をついている。

 海岸への旅はこうして、何事もなく進んでいった。




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