第62話 夏至祭7
「今となって、そうだったと実感しているよ」
アウレリウスは少し目を伏せる。長い金の睫毛が紫の瞳に濃い影を落とした。
「せめて当時、話し合うべきだったが。八年前の私は十九歳、ユリウスは十六歳。お互いに冷静ではいられず、結局喧嘩別れしたかもしれぬな」
「では、今、上手くいったということで。私の国の言い方で『結果オーライ』という言葉があります」
言葉の意味を説明すれば、彼は可笑しそうに笑った。
「ふざけた言い方ではあるが、そのくらいの軽妙さが良いのかもしれん。ああ、やはりユーリには世話になった。ぜひ礼をさせてくれ」
アウレリウスは立ち上がり、棚の引き出しを開けて包みを取り出した。布を開いてみると、いつぞやのフォレストスネークのウロコである。
「これを使って、魔道具を作って差し上げよう。これは土の属性をベースに火が少々入っている。防具に使えばバランスの良い守りになる。魔道具としても幅広いものが作れるだろう」
手渡されたウロコに、ユーリはたいそうびっくりした。
「えっ! これ、例のお高い素材ですよね。とてももらえません」
「私がもらってほしいんだ。ユーリへの感謝の証に」
穏やかな彼の言葉に、ユーリは手のひらのウロコを見た。半ば透き通った琥珀色に、真紅の縞が入っている。美しい素材だった。
触っていると、ほんのりと温かい。恐らく火属性のなせるわざだろう。
ユーリは手のひらにウロコを乗せたり、両手で挟んだりしてみる。
すると一つのアイディアが浮かんだ。ユーリは琥珀色のウロコを眺めながら、アイディアを話す。
「保温プレートは、できますか?」
「保温プレート?」
アウレリウスが首をかしげる。
「はい。スイッチを入れたら熱を発するプレートです。料理やお茶を上に置いておけば、いつでも温かいものが楽しめます」
「ほう……」
アウレリウスは好奇心を刺激されて、ユーリからフォレストスネークのウロコを受け取った。ウロコの表面を指で撫でて目を細めている。
その様子は何とも楽しそうで、ユーリはそっと微笑んだ。
「確かに、そういった挙動はこの素材の特性によく合う。火属性で発熱させ、土属性で保温をすればいいのだから」
「できそうですか?」
「無論だ。……しかしきみは、どうしてそんなものを?」
「あぁ、それは」
ユーリは少し照れたように笑った。
「カレーは一段落つきましたけれど、新しい携帯スープやお料理をいくつか作りたいと思っているんです。それで、試作品が出来上がったらぜひ、アウレリウス様にも試食を。……でも、冒険者ギルドとドリファ軍団の駐屯地は少し離れていますから。持ってくる間に冷めてしまいます。アウレリウス様には、温かいものを食べてほしくて」
「…………」
アウレリウスは答えず、体を硬直させた。手に持ったフォレストスネークのウロコが妙に熱い。
ユーリの心遣いがゆっくりと心に染み渡る。素直に喜ぶべきと頭では分かっているのに、どうしていいか分からない。
「あの、アウレリウス様?」
ユーリの声がすぐ耳元で聞こえて、アウレリウスはぎょっとした。見れば心配そうな目をしたユーリが執務机の彼をのぞき込んでいる。
「なんだ。どうした」
「どうしたはこっちのセリフですよ。急に固まってしまったから、心配になって」
「大丈夫だ」
「そうですか、よかった」
アウレリウスの目の端で漆黒の髪がさらりと揺れる。
彼は思わずそれに指を伸ばしかけて。
耐えるように、手の中のウロコを握りしめた。
そんな彼の様子に気づかずに、ユーリは明るく笑う。
「さて、お祭り、まだやってるかしら。シロや冒険者ギルドのみんなと合流して、最後まで遊んでこようと思います。アウレリウス様も来ますか?」
アウレリウスは首を横に振った。
「いや、やめておこう。私が行けば、周囲に余計な気を遣わせてしまうからな。きみたちだけで楽しんでくるといい」
「……そうですね、そうします。今度、ユリウスたちと一緒に出かけましょう。気分転換になりますから」
「ああ」
執務室を出たユーリに、軍団兵を護衛につけてやる。
そうして戻った部屋の中。琥珀と真紅のウロコを手に取って一人、彼は複雑に笑った。
彼女の功績に報いたかったのに、彼自身が報われてしまった。
思えば八年前、グラシアス家当主とドリファ軍団長を継いで以来、成功こそが当たり前で、誰にもねぎらってもらったことはなかった。ただ一人でがむしゃらに駆け抜けて、顧みる余裕などなかった。それでいいと思っていた。
それなのに、こんな小さなことで。こんなにも心が温まるなんて。
今まで自分が進んできた道を認めてもらう。そして、これからの道筋を共に照らす。明るい灯火を掲げているのは、ユーリだ。
アウレリウスは琥珀のウロコを握る。ユーリからの依頼品を、自分の持てる技術を全て注ぎ込んだ最高の一品に仕上げようと決意して。
夏至の短い夜は祭りの華やかな空気に包まれて、東の空が白むまで続けられる。
随所に焚かれた焚き火の明るさ、人々の楽しげな様子。縁を結んだ男女が寄り添い、影が一つになる。
それら祭りの気配を遠くさざなみのように聞きながら。アウレリウスは一人、育ち始めた想いを胸に抱いていた――。
これにて第二章完結となります。お読みくださりありがとうございました。
アラサーが恋愛ポンコツすぎる。
次回は登場人物紹介を挟みまして、第三章に入ります。
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