第61話 夏至祭6
ユーリとアウレリウスは話し合う。
当面は冒険者ギルドの一角で、カレー食堂を開くこと。
同時にカレールーの開発をして、携帯食として完成させること。出先では魔物肉の下ごしらえができないので、より食べやすい仕留め方やさばき方、パッケージされたハーブとスパイスをまぶして食べることなどを考える。
その販売も、カレー食堂の一部として行う。
「子供たちが寝泊まりする場所も、冒険者ギルドの近くに確保できればと思っています。今はそれぞれ、格安宿の片隅や知り合いの家に泊まっている子が多いけど、問題がありそうなので」
「土地自体は確保できる。大都会のように密集しているわけではないからな。だが、住居の建築費はすぐに軍団から出すわけにはいかない。カレー事業はまだ始まったばかりだ。事業そのものの売上を第一に動いてほしい」
優しいだけではないアウレリウスの言葉に、ユーリは表情を引き締めた。
「はい。融資をお願いするにしても、回収の目処が立ってからしに来ます」
「そうしてくれ。食品という性質上、薄利になるだろうが。軍団兵の食事に組み込んで、納品業者をきみに指定してもいい。その程度の取り組みなら問題なく協力できる」
ユーリは少し困って首をかしげた。
「えぇ、それはどうでしょう。談合? 癒着?」
「きみの国ではそんな言い方をするのか。しかし入札制度を取るにしても、今は他に競合がいない。当面は構わないさ」
バランス栄養バーの携帯食も、とりあえずは冒険者ギルドで売ることにした。それほど複雑なレシピではないので、いずれ市井のパン屋などが真似するだろう。
ユーリはそれ以外にも、ブイヨンやコンソメのような即席スープの携帯化も構想している。麦粥に入れると味のバリエーションが広がる。乾燥野菜を入れれば栄養面の補助になる。
ユピテル帝国に特許の仕組みはない。ユーリとしてもカレーや携帯食は大いに普及してほしいので、販売や製作に特に制限をつけないつもりだった。
「スパイス類は商人たちの販路を拡大するが、いずれそれでは足りなくなるかもしれない」
と、アウレリウスが言う。
「ならばいっそ、気候が合うものはこの周辺で栽培するべきだな」
「農村で作るということですか?」
「そうだ。税制の優遇や買取価格の見直しをすれば、多くの農民が意欲を見せると見込んでいる」
ユーリはうなずいて続けた。
「それに加えて、カムロドゥヌムの周辺を開墾して、冒険者たちに農業の仕事を割り振るのはどうでしょうか。冒険者のほとんどは農村出身ですから、畑の仕事に慣れています」
「悪くない。ただし今年はもう夏至だ。今から開墾して種を撒くとなると、作物の制限は多かろう」
「畑はアウレリウス様の許可があれば作れるのですか?」
「この町の周辺であれば。ブリタニカ全土となると、さすがに属州総督との折衝が必要になるな。となると面倒事が増える。数年程度はカムロドゥヌムの周辺で行うのが妥当だろう」
そうして町の将来について、ユーリとアウレリウスは長い時間を話し合った。
夏至の空はもうすっかり暗くなっている。
「遅くなってしまった。楽しい時間だった」
アウレリウスが言って、長い議論がようやく終わった。
「こちらこそ。有意義なお話をありがとうございました」
ユーリも言って、軽く自分の身体を抱きしめた。
昼間のカレーお披露目会、夕方の武道大会、そしてアウレリウスとの長い討論。どれもが充実した一日だった。
「ユーリ」
帰りかけた彼女を、アウレリウスは呼び止めた。黒髪をふわりとなびかせて、ユーリが振り向く。
その黒の軌跡に無意識で目を奪われながら、彼は言った。
「今回は、ご苦労だった。カレーの発案から始まって、きみの手腕は見事だった。カムロドゥヌムの代表者として金銭で報いるが、それとは別に、私個人も礼がしたい」
「え?」
きょとんとするユーリに、アウレリウスは苦笑した。
「ユリウスとの仲を取り持ってくれただろう。あれと私は、昔は仲の良い従兄弟でね。二人でグラシアス家を強くして、いつか魔の森を平定しようと誓い合ったものだった。……子供の頃の話だが」
初めて聞くアウレリウスの昔話に、ユーリは聞き入る。
「ユリウスの能力を認めていたからこそ、出奔を許せなかった。我々は共に同じ目的に向かうはずなのに、なぜグラシアス家と私を捨てていったのかと、当時は恨んだ」
「……それはきっと、アウレリウス様を信頼していたからでしょう」
ユリウスの様子を思い浮かべながら、ユーリは言った。
彼は軽薄な態度をよく取るが、無責任とはまた違う。恐らく彼は自分の能力は剣士として特化したものと見切りをつけ、政治家・軍事指揮官として才能のあるアウレリウスに後を託した。言葉足らずは否めないものの……。