第60話 夏至祭5
夏至の長い日もようやく夕暮れになり、夜の帳が徐々に下りていく。
町の公共回廊では焚き火が灯されて、人々は思い思いに炎を囲んでいた。
ユーリは武闘試合の終了後、アウレリウスに呼び出されて話をしている。
場所はいつもの執務室。内容は主に、カレーと魔物肉の新事業について。
なお、ユリウスは「お硬い話は苦手だから」と遊びに出かけてしまった。シロもお祭りの賑やかさに惹かれてお出かけ中である。
「魔物肉のカレーは、市民たちに好評でした」
今日の盛況ぶりを思い浮かべながら、ユーリは言った。
「魔物の肉を気持ち悪がっていた市民たちも、何度かの試食と口コミですっかり慣れたようで。味もじゅうぶんに改善しましたから、評判よかったですよ」
「主となる食材の魔物肉が、コストが低いのがいい。腕の良くない冒険者の新しい収入にもなり、それでいて無駄なゴミを減らせる。スパイスを多く使うのは値段がかかるが、相殺できるだろう。残りの食材はありふれた野菜でいいのだから」
アウレリウスの言葉に、ユーリはうなずく。
「スパイスも安価なものを選びながら、味を調整していく予定です。でも、いっそ、ブリタニカやカムロドゥヌムの町周辺で栽培できるものはしてしまってもいいかもしれませんね」
「確かに。スパイスの多くは大陸本土からの輸入品だ。量は豊富で販路も固まっているが、カレーで大量に消費するとなれば、今のうちに入手経路を強化しておくのは必要だろう。商業ギルドや運送ギルドへテコ入れをすべきだな。それに――」
「それに、カレーはカムロドゥヌムだけじゃなく、ブリタニカ全体、いいえ、ユピテル帝国全土で食べられるようになるかもしれませんからね!」
アウレリウスの言を受けて、ユーリは誇らしそうに笑った。
アウレリウスも生真面目に同意した。
「あながち夢とは言えんな。ユピテル帝国は美食の国と言われているが、それはあくまで一部の貴族に限った話。貧しい平民たちはどこにでもいる。特にブリタニカ属州は北の地、その年の麦の出来によっては、寒さの中で餓死するものも少なくない。魔物肉のカレーは、彼らの助けとなるだろう」
「はい。それから、新しくカレー事業を始める以上、人手が必要になります。料理と小売ですから、そこまで難しい仕事ではありません。地方から出てきてまだ冒険者になれない子供たちや、冒険者の親を亡くして孤児になった子供たち。彼らに優先して仕事を割り振りたいと考えています」
「ふむ……」
アウレリウスが少し考えるように言葉を切ったので、ユーリは聞いてみた。
「今まであの子たちは、どんな境遇にあったのでしょうか」
「食い詰めた者は、自らの身を奴隷として売っている。親がおらず自由民の証明ができない子も、奴隷商人が捕まえて奴隷にしているな」
「なんですって……! そんなひどい話があるのですか!」
ユピテル帝国では奴隷制がある。様々な事情で奴隷になった人々は、自由を奪われて労働する道具として扱われている。
ユーリは思わず声を上げたが、アウレリウスは静かな口調で続けた。
「奴隷は確かに問題のある身分だが、それでも最低限の生きる保証はされる。食事を与えられ、衣服と寝床を与えられる。仕事や住処は選べず、主人となる人物の態度によって酷い目にあうが、それでも死ぬよりはマシだろう。ましてや子供が一人で生きるのは、難しいのだから」
「そんな……」
それがユピテル帝国の常識なのだと悟って、ユーリは拳を握りしめた。
「でも、私は」
だけどユーリは続けた。最初の日に感じた思い、それから何度も噛み締めている思いをもう一度思い出しながら。
「みんなの役に立ちたい。カムロドゥヌムの町の、ほんの一部の人たちだけでも助けたい。私、カレー事業を本格的に立ち上げます。子供たちを中心に雇って、大人になるまで生きていけるように面倒を見ます!」
アウレリウスは答えなかった。ただ、ごく僅かに微笑んでみせた。
その笑みに、ユーリはどきりとしてしまう。
「……あっ、そういえば。私が子供たちを引き取ってしまったら、奴隷商人の反発を受けるでしょうか?」
ユーリが思いついて言うと、アウレリウスは首を振った。
「さしたる問題にはならないだろう。子供の奴隷は成長を待たないと使い物にならず、値段は低く人気もない。私から話を通しておけば、それで構わないよ」
「ありがとうございます。私一人の力だと、及ばないことが多くて……」
眉尻を下げるユーリに、彼は柔らかい口調で言う。
「そのために私がいる。頼ってくれ」
アウレリウスは言いながら、自然とこぼれた言葉に少し驚いていた。
以前の彼であれば、ユーリに協力はしても『頼れ』とは言わなかっただろう。
「……はい!」
顔を上げたユーリは嬉しそうに笑って、さっそくカレー事業の細部を詰め始めた。





