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第59話 夏至祭4


「軍団長殿。僕と手合わせ願えませんか? 昔のように遠慮なく、お互いに手加減抜きで!」


 ユリウスの声が会場に響くと、一瞬だけ静寂が訪れて――すぐに興奮が爆発した。


「銀刃のユリウスと、我らが軍団長の試合が見られるぞ!」


「軍団長様は魔法使いだろう。剣士のユリウスと勝負になるのか?」


「馬鹿、お前、アウレリウス様の強さを知らないのか! あの人は剣も扱えるし、魔法を交えた戦闘のエキスパートだよ!」


「アウレリウス様とユリウス様は、グラシアス家の双璧として将来を嘱望されていた」


 壮年の兵士がしみじみと言う。


「魔王竜のせいで、お二人は仲違いをしたと聞いていたが……またこうして、共に戦う姿を見られるとは。長生きはするものだよ」


 そのような声と歓声の中、アウレリウスが戸惑ったのは一瞬だけのことだった。

 すぐに壇上の椅子を立ち上がり、ふわりと飛び降りる。闘技会場に降り立ってユリウスと相対すれば、会場のボルテージはさらに上がった。

 壇上を去ったアウレリウスに代わり、ペトロニウスが審判役を務める。


「両者いざ尋常に、勝負――」


 ペトロニウスの言が終わらないままに、ユリウスが動いた。手にした木刀は、既にいつもの長さに持ち替えてある。

 体を深く傾けた彼は、地面すれすれからの一撃を放った。突進の勢いと相まり、通常であれば認識するのも困難な死角からの一撃。

 だが、アウレリウスはそれを難なく弾いてみせた。剣が衝突した箇所に透明な亀裂が入る。魔力で防壁を巡らせていたのだ。


「まったく、ユリウスよ。この馬鹿者が」


 いかにも呆れたように彼は言った。


「試合開始を待たず、全力で打ち込んでくるやつがあるか。ルール違反で退場など、つまらない結果だろう」


「そうならない自信があったからね。我が従兄殿であれば、このくらいは軽く流す。流せないはずがない。そうだろう?」


 対するユリウスは実に楽しそうに、ムーンストーンの瞳を大きく見開いていた。その灰色の瞳孔の向こうに、情熱の炎が踊っている。


「まだまだ、これからだ。いくよ、アウレリウス!」


「ああ、来い、ユリウス!」


 それからの戦いは凄まじいの一言だった。

 ユリウスは木刀をまるで本物の剣のように閃かせて、アウレリウスが作り出した氷の剣と何度も打ち合う。剣どうしが風圧と魔力に揺らめき、輪郭をぶれさせる。彼らが駆け抜けた会場に、一足遅れて突風が巻き起こる。

 ユリウスの鋭い突きはアウレリウスの魔力障壁に阻まれた。アウレリウスの放った電撃はユリウスの木刀に絡め取られ、地面へと威力を逃される。

 一進一退の攻防は互角に見えて、ごくわずかなバランスの崩れが一撃必殺のチャンスになるとの予感をひしひしと与えていた。


「……ユリウス、本当に本気ね」


 ヴィーが言った。ロビンもうなずく。


「アウレリウス様は魔法使いだから、近接戦だけならユリウスに分があるはずなんだけどね。互角だ。これで距離を取ったら、まず間違いなくアウレリウス様が有利になると思う。ユリウスもそれが分かっているから、喰らいついている」


「アウレリウス様は、剣を振るうのと同時にいくつも魔法を使っている。足止めの土、撹乱の陽炎、牽制の氷つぶて。よく、あんなにできると思う」


「ははあ……」


 ヴィーとロビンの解説に、ユーリはぽかんとうなずくのみである。

 と。

 魔法で作られたぬかるみに、ユリウスが足を取られた。泥に木刀が跳ねる。時間のロスは僅かだったが、致命的だった。

 一呼吸の余裕を得たアウレリウスの前進を取り巻くように、巨大な氷の槍が何本も出現する。とても避けられない数だ。


「終わりだよ、ユリウス」


 静かに言われた言葉に、槍が雨のように降り注ぎ――

 ユリウスはニヤリと不敵に笑った。

 泥に塗れた木刀を握り直して、魔力を込める。土の魔力に反応した泥は、巨大な盾へと形を変える。

 ユリウスは土の盾で槍を受け流し、弾き飛ばして相手に迫った。

 魔力の相性上、氷や水は土と相性が悪い。土、大地は水の流れを遮って氷をその身に取り込んでしまうとされているからだ。


 アウレリウスの氷の槍は、ユリウスの泥の盾よりも出力は上だったが、この相性によって相殺されてしまった。

 そして、土の反属性は木。樹木に宿る魔力である。樹木、植物たちは土から栄養を吸い上げて枯らし尽くすとされている。

 アウレリウスは素早く木の魔力を操り、ユリウスの泥の盾に叩きつけた。盾が割れる。樹木の緑を思わせる魔力がほとばしり、中空に消えていく。


「――――」


 二人の男の影が交差する。

 ユリウスの手には木刀の破片。鋭利な刃物となって、アウレリウスの喉元に突きつけられている。後たったの一押しで、喉笛を切り裂いて鮮血が噴き出る様がまざまざと想像できる。

 アウレリウスの指には凍った炎の魔力。主の意思に応じて業火となり相手を焼き尽くすのが、目に見えるようだった。


 しんと静まり返った会場の中、我に返ったペトロニウスが声を張り上げた。


「――引き分け! 引き分けである! 両者の勝負はつかなかった。よって引き分けと裁定する!」


 ドッと会場を揺るがすような歓声が上がった。

 従兄弟たちは互いに鋭い目を見交わして……ふと、表情が和らぐ。それから二人は抱擁し合った。

 その姿にかつてのわだかまりはなく、親愛と信頼の情が感じられる。

 歓声と拍手がさらに高くなる。

 その声は、闘技会場にずいぶん長いこと響いていた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 河原で殴り合ったあとで握手するやつ〜〜!! 熱いですね!!!!
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