第58話 夏至祭3
ユーリたちがドリファ軍団の駐屯地に行くと、既に武闘大会は始まっていた。
司令部の前の敷地に会場が作られており、かなりの人数の人々が集まって盛り上がっている。
アウレリウスは会場正面に壇を作って椅子に腰掛けている。審判役をしているようだ。
ユーリが受付で木札を見せると、すぐに席に案内してもらえた。アウレリウスのすぐ近くの最前列である。
ユーリはアウレリウスに会釈をして着席した。
ちょうど次の試合が始まる所で、組み合わせは兵士と冒険者。
兵士は『グラディウス』という中型剣の木剣を、冒険者は木製の短槍を持って戦い始めた。彼らの技量はほぼ互角に見えたが、兵士は粘り強く相手の隙を待って戦い、胴に一撃を打ち込んだ。
「そこまで!」
アウレリウスのよく通る声が響く。
胴を打たれた冒険者は顔を歪めて悔しそうに、勝利した兵士は嬉しそうに両手を振り上げる。大きな歓声が上がって勝者を祝福した。
「次の試合は……」
案内役の兵士が次のカードを読み上げようとしたとき。
「飛び入り参加でよろしく!」
軽やかな声が響いて、ユリウスが会場に飛び込んできた。鮮やかにトンボを切っての登場だった。
「ユリウス・フェリクス・グラシアス! でも今は、冒険者のユリウス。銀刃のユリウスだ!」
彼が模擬剣を掲げると、会場がどっと沸いた。
おかげでアウレリウスの「また勝手なことを……」という小言は打ち消されてしまった。
「相手は誰でもいいよ! 僕と打ち合ってみたい者は、遠慮なく名乗りを上げるといい!」
ユリウスの言葉に会場は興奮と少しのためらいに包まれた。彼の強さはこのカムロドゥヌムの町でもよく知られている。
めったにない挑戦の機会である反面、挑戦者の勝ち目は薄い。
そのような躊躇が一瞬だけ訪れた後。
「では、俺がお相手願おう」
会場に進み出たのはペトロニウスだった。彼は既に壮年の男性である。けれども兵士たちからの信頼は厚く、さらなる歓声が上がった。
「我らの首席百人隊長! ぜひ、勝利を!」
「なんの! 冒険者の意地を見せろ、ユリウス!」
双方を応援する声が大きくなる。
ユリウスは客席のユーリに視線を向けてにっこりと微笑んだ。
ユーリとしてはどちらを応援するか困るところだが、割り切ってどちらにも声援を送ることにした。
「ユリウス! ペトロニウスさん! どちらも頑張って!」
ロビンとヴィーもヤジを飛ばす。
「ユリウスー。おっさんに怪我させるなよ!」
「手加減、忘れないで」
そんな声を聞いたペトロニウスは苦笑する。
「これは、舐められたものだ。老いたりといえどもこのペトロニウス、剣の腕は鈍っていないと証明してみせよう!」
彼の笑みが獰猛なものに変わる。ユーリが初めて見る表情だった。
「では、始め!」
アウレリウスの一声で両者は動く。
最初に打ち込んだのはペトロニウスだった。鋭く洗練された一撃がユリウスを襲う。
それを軽くいなしながら、ユリウスは余裕の態度を崩さない。
「懐かしいな、その剣筋。子供の頃はよく、あなたに打たれて痛い思いをしましたね、師匠」
「戦いのさなかに無駄口を叩くとは、性根は変わっていないようだ」
ペトロニウスの攻撃はよく練られていて、まるで剣技の手本のようだった。
対するユリウスの剣は変幻自在。ユーリの目には木剣がしなって蛇のようにすら見えた。
剛と柔、まるで反対の剣がぶつかり合う。模擬剣同士が打ち合う度に会場から歓声が上がる。試合というより正確無比な剣舞を見ているような錯覚に陥る者も多かった。
けれどやがて終わりがやって来る。
ペトロニウスが放った鋭い突きを、ユリウスは体を半回転させて回避した。そのままの勢いで剣を振るい――ペトロニウスの首筋にぴたりと当てて見せる。直前までは骨をへし折る勢いだったのに、完璧に剣を制御してみせたのだ。
「……そこまで!」
しんと静まり返った会場にアウレリウスの声が響いて、一瞬後。大歓声が上がった。
「あぁ、クソ! ペトロニウス様でさえ勝てないのかよ!」
「銀刃のユリウス、二つ名通りの剣筋だ! すげえ!」
そんな声が会場のあちこちで上がっている。
ユリウスは剣を引いて、かつての師に手を差し伸べた。
「さすがですね、師匠。あなたと打ち合ったのはずいぶん久しぶりだったのに、まるで昔のようでした」
「ふん、よく喋る口だ。……腕を上げられましたな。その強さであれば、確かに届くかもしれません――」
ペトロニウスは口調を変えて、ユリウスの手を取る。会場がまた沸いた。
ユリウスは会場の歓声に応えてもう片方の手を振る。特にユーリに向かって念入りに振った。
それから彼は言った。
「軍団長殿。僕と手合わせ願えませんか? 昔のように遠慮なく、お互いに手加減抜きで!」