表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/114

第57話 夏至祭2


 ロビンとヴィーもカレーを一杯ずつ食べた後、もう一度ユーリの方にやって来た。

 ロビンがユーリの様子を見て言う。


「忙しそうだね。手伝おうか」


「ううん、大丈夫。それよりロビン、携帯食の試作を作ったのよ。カレーのお客さんが落ち着いたら確かめてくれない?」


「わお、マジで作ってくれたんだ。嬉しいよ!」


 それからしばらくは忙しい時間が続いた。ファルトとナナ、ティララ、コッタなど冒険者ギルドの主だった職員たちがカレーコーナーを手伝ってくれている。

 長い列を作るお客さんに次々とカレーを出す。

 少し多く作りすぎてしまったかも……という心配は、完全に杞憂だった。むしろ大鍋の底が早くもつきかけて、職員たちが焦っている。


「そっちの小鍋はなに?」


 そのへんをぶらぶらしていたヴィーが戻ってきて言った。ユーリが振り向く。


「例の唐辛子を入れたカレーよ。少しの量なら味がピリッと辛くなって、おいしいから」


「ふぅん、あのくしゃみの木の……。食べてみる」


 というわけで、ヴィーは二杯目のカレーを食べ始めた。スペルド小麦が気に入ったようで、そちらを選んでいる。


「……っ!」


 と、ヴィーはスプーンを口に入れたまま胸をさすり始めた。ユーリが慌てて水を持っていく。


「ごめん、注意が足りなかったわ。辛いのは刺激になるから、ゆっくりお水と一緒に食べて」


 ヴィーは涙を浮かべた目でうなずいた。今度はスプーンに少量乗せて、少しずつ水を飲みながら食べている。

 ロビンも一口もらって目を白黒させていた。


「ビリビリしてヒリヒリする。……でも、おいしい。クセになる」


 彼女はちまちまと食べ続けて、しっかりと二杯目を完食した。


「お腹いっぱい……。この味が魔の森で食べられるようになると思うと、狩りに出るのが楽しみになる」


「カレーを携帯食にするのは、もうちょっとだけ待ってね。今、ルウとして固める工夫をしているから」


 ユーリが言った。今のカレーは各種のスパイスをその場で合わせて作っている。

 練ったスパイスをカレールウの形にできれば、携帯食にできるだろう。


「分かった。待つ。でも急いでほしい」


 ヴィーが真面目な顔でそんなことを言うので、ユーリは微笑んだ。







 お客の波が引いたのは、お昼をずいぶん回ってからだった。

 実を言うとお昼すぎには大鍋のカレーは底をつき、小鍋の唐辛子入りのカレーしか残っていない有り様だった。

 辛さに慣れている日本人のユーリが思うより、ユピテル帝国の人々は唐辛子の辛味に敏感だった。そのためごく少量ずつ味見をしてもらう形で配布をしたのである。もちろん、水のコップを一緒に渡して。


「ひー、辛い!」


「げほげほっ、辛いのが喉に入った」


「ああでも、なんかクセになるー!」


 人々は楽しそうに新しい味を味わっていた。

 そんなことがあって後、ようやく落ち着いたので、ユーリはロビンたちに携帯食――栄養バーの試作品を見せた。

 一つかじってみたロビンがにっこり笑う。


「いいね! 味はおいしいし、小麦と豆と油、それにハチミツだろ。腹持ちもよさそうだ。歩きながらでも、狩りの獲物を待っているときでも、気軽に食べられるのがいい」


「ドライフルーツを刻んで入れたり、スパイスを変えたりして味を変えようと思ってるの」


「おぉ、いいじゃん。これで試作品なの?」


「そうね。もっと別の冒険者たちにも試してもらって、改善点なんかがあったら拾い上げて。そうやって作っていく予定よ」


「試作でいいから売って欲しいなあ。どこで買える?」


「当面は冒険者ギルドね。いずれ一般のお店でも買えるようにしたい」


 そのようなことを話していると、ユリウスが近づいてきた。

 彼はユーリを眩しいものを見るような目つきで見ている。


「ユーリ、カレーをありがとう。あなたの行動がこの町の名産品を作って、冒険者もそうでない人も喜んで食べている。僕、ちょっと感動してしまったよ。武力とか権力とか、そんなものがなくても人の心を変えていけるんだと」


「大げさね。でも、これで少しでも食糧問題が改善すればいいと思ってるわ」


 ユーリは柔らかく微笑んだ。

 そんな彼女から視線を離さず、ユリウスは続けた。


「僕はこれから、ドリファ軍団の武闘大会に出ようと思うんだ。あなたにもぜひ見てもらいたいな」


「え。ユリウス、出るの」


 意外そうに言ったのはヴィーである。


「ユリウスが出たら、誰も相手にならないのに。いつもはそう言って、出ないのに。それでいいの……?」


「相手にならないなんて、そんなことはないよ。それに、ユーリに僕のかっこいいところを存分に見てほしいし」


 ユリウスはニコニコと笑っている。

 ユーリは困って周囲を見た。


「行きたいのは山々だけど、まだ片付けがあるから」


 ティララが答える。


「手の空いている人でやっておくから、構わないわよ。というか、ユーリならアウレリウス様から誘いが来るんじゃない? ……あ、ほら、言ってるそばから」


 冒険者ギルドの入口にペトロニウスの姿が見える。彼はユーリたちに気づくと、相変わらずの大きな歩幅で近づいてきた。


「ユーリ殿、午後からドリファ軍団で武闘大会をやるのです。いい席を確保しておきました。ぜひ、ご観覧を」


 そう言って渡されたのは何枚かの木札だ。どうやら席番号らしい数字が書いてある。


「それでは、確かに渡しましたぞ」


 ペトロニウスは要件を済ますと、さっさと帰ってしまった。

 ユーリがユリウスを見上げると、彼はいつもの無邪気な笑みのままでいる。


「それじゃあ、お言葉に甘えて行ってこようかな。ロビンとヴィーと一緒に」


「ワン!」


 ユーリが言うと、シロも嬉しそうに尻尾を振った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【アラサー女子の異世界就職記 ~雑学スキルで挑むお仕事改革!~】書籍第1巻、2025年7月11日発売!

書籍版は全体的に手直しして読みやすくなっています。さらに書き下ろしの短編付きです!


アラサー女子の異世界就職記

Amazonで購入
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ