第57話 夏至祭2
ロビンとヴィーもカレーを一杯ずつ食べた後、もう一度ユーリの方にやって来た。
ロビンがユーリの様子を見て言う。
「忙しそうだね。手伝おうか」
「ううん、大丈夫。それよりロビン、携帯食の試作を作ったのよ。カレーのお客さんが落ち着いたら確かめてくれない?」
「わお、マジで作ってくれたんだ。嬉しいよ!」
それからしばらくは忙しい時間が続いた。ファルトとナナ、ティララ、コッタなど冒険者ギルドの主だった職員たちがカレーコーナーを手伝ってくれている。
長い列を作るお客さんに次々とカレーを出す。
少し多く作りすぎてしまったかも……という心配は、完全に杞憂だった。むしろ大鍋の底が早くもつきかけて、職員たちが焦っている。
「そっちの小鍋はなに?」
そのへんをぶらぶらしていたヴィーが戻ってきて言った。ユーリが振り向く。
「例の唐辛子を入れたカレーよ。少しの量なら味がピリッと辛くなって、おいしいから」
「ふぅん、あのくしゃみの木の……。食べてみる」
というわけで、ヴィーは二杯目のカレーを食べ始めた。スペルド小麦が気に入ったようで、そちらを選んでいる。
「……っ!」
と、ヴィーはスプーンを口に入れたまま胸をさすり始めた。ユーリが慌てて水を持っていく。
「ごめん、注意が足りなかったわ。辛いのは刺激になるから、ゆっくりお水と一緒に食べて」
ヴィーは涙を浮かべた目でうなずいた。今度はスプーンに少量乗せて、少しずつ水を飲みながら食べている。
ロビンも一口もらって目を白黒させていた。
「ビリビリしてヒリヒリする。……でも、おいしい。クセになる」
彼女はちまちまと食べ続けて、しっかりと二杯目を完食した。
「お腹いっぱい……。この味が魔の森で食べられるようになると思うと、狩りに出るのが楽しみになる」
「カレーを携帯食にするのは、もうちょっとだけ待ってね。今、ルウとして固める工夫をしているから」
ユーリが言った。今のカレーは各種のスパイスをその場で合わせて作っている。
練ったスパイスをカレールウの形にできれば、携帯食にできるだろう。
「分かった。待つ。でも急いでほしい」
ヴィーが真面目な顔でそんなことを言うので、ユーリは微笑んだ。
お客の波が引いたのは、お昼をずいぶん回ってからだった。
実を言うとお昼すぎには大鍋のカレーは底をつき、小鍋の唐辛子入りのカレーしか残っていない有り様だった。
辛さに慣れている日本人のユーリが思うより、ユピテル帝国の人々は唐辛子の辛味に敏感だった。そのためごく少量ずつ味見をしてもらう形で配布をしたのである。もちろん、水のコップを一緒に渡して。
「ひー、辛い!」
「げほげほっ、辛いのが喉に入った」
「ああでも、なんかクセになるー!」
人々は楽しそうに新しい味を味わっていた。
そんなことがあって後、ようやく落ち着いたので、ユーリはロビンたちに携帯食――栄養バーの試作品を見せた。
一つかじってみたロビンがにっこり笑う。
「いいね! 味はおいしいし、小麦と豆と油、それにハチミツだろ。腹持ちもよさそうだ。歩きながらでも、狩りの獲物を待っているときでも、気軽に食べられるのがいい」
「ドライフルーツを刻んで入れたり、スパイスを変えたりして味を変えようと思ってるの」
「おぉ、いいじゃん。これで試作品なの?」
「そうね。もっと別の冒険者たちにも試してもらって、改善点なんかがあったら拾い上げて。そうやって作っていく予定よ」
「試作でいいから売って欲しいなあ。どこで買える?」
「当面は冒険者ギルドね。いずれ一般のお店でも買えるようにしたい」
そのようなことを話していると、ユリウスが近づいてきた。
彼はユーリを眩しいものを見るような目つきで見ている。
「ユーリ、カレーをありがとう。あなたの行動がこの町の名産品を作って、冒険者もそうでない人も喜んで食べている。僕、ちょっと感動してしまったよ。武力とか権力とか、そんなものがなくても人の心を変えていけるんだと」
「大げさね。でも、これで少しでも食糧問題が改善すればいいと思ってるわ」
ユーリは柔らかく微笑んだ。
そんな彼女から視線を離さず、ユリウスは続けた。
「僕はこれから、ドリファ軍団の武闘大会に出ようと思うんだ。あなたにもぜひ見てもらいたいな」
「え。ユリウス、出るの」
意外そうに言ったのはヴィーである。
「ユリウスが出たら、誰も相手にならないのに。いつもはそう言って、出ないのに。それでいいの……?」
「相手にならないなんて、そんなことはないよ。それに、ユーリに僕のかっこいいところを存分に見てほしいし」
ユリウスはニコニコと笑っている。
ユーリは困って周囲を見た。
「行きたいのは山々だけど、まだ片付けがあるから」
ティララが答える。
「手の空いている人でやっておくから、構わないわよ。というか、ユーリならアウレリウス様から誘いが来るんじゃない? ……あ、ほら、言ってるそばから」
冒険者ギルドの入口にペトロニウスの姿が見える。彼はユーリたちに気づくと、相変わらずの大きな歩幅で近づいてきた。
「ユーリ殿、午後からドリファ軍団で武闘大会をやるのです。いい席を確保しておきました。ぜひ、ご観覧を」
そう言って渡されたのは何枚かの木札だ。どうやら席番号らしい数字が書いてある。
「それでは、確かに渡しましたぞ」
ペトロニウスは要件を済ますと、さっさと帰ってしまった。
ユーリがユリウスを見上げると、彼はいつもの無邪気な笑みのままでいる。
「それじゃあ、お言葉に甘えて行ってこようかな。ロビンとヴィーと一緒に」
「ワン!」
ユーリが言うと、シロも嬉しそうに尻尾を振った。