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第54話 携帯食を作ろう


「……連れて行くか」


 ユリウスがぽつりと言った。一番反対していた彼の意見に、ユーリは驚く。


「例えばアウレリウスの鑑定スキルまで騙せるのか、試してみたい。こいつはあらゆる意味で規格外だ。……まるで魔王竜のように」


 その言葉に全員が息を呑んだ。


「魔王竜の手がかりになるのであれば、僕は何だって利用するよ。あの町の秩序が一時的に崩れたとしても、構わないと思っている」


(……そんなことにはならないわ)


 ユーリは思う。何も根拠のない話なので、言葉には出せないけれど。


(上手く言えないのだけど。この子は私を前から知っていたみたい。魔物の脅威も敵意もない世界にいた頃から)


 小犬はユーリの足元に来て彼女を見上げている。

 白くてふわふわの綿毛のような毛に、遺物の赤い首輪。ユーリにも確かに見覚えがあるのだ。


 それは、日本で人気のあったキャラクター。特に若い女の子に人気の小犬にそっくりだったから――。







 カムロドゥヌムの町に戻ったユーリは、本来の目的であるカレーの完成を推し進めた。

 ファルトに頼んでおいた黄色マンドラゴラは、上手に乾燥されてスパイスになっている。

 袋で運んできた唐辛子も、煙が立たないように慎重に扱って乾燥させた。今は改めて袋詰にして保管してある。

 黄色マンドラゴラと唐辛子、それにシナモンは、ユーリ自身が毒見を数日続けて、なんともなかったので食用に踏み切った。ユーリが自分で食べると言うと周囲が反対すると思ったので、こっそりとやった。後でバレて、ナナが泣いてしまったので、悪いことをしたと思っている。


 黄色マンドラゴラをターメリックとして加えたカレーは、やはり香り高く、一段階クオリティの良いものが仕上がった。

 懐かしい日本のカレーと遜色ないものになり、ユーリも思わず「うん!」と拳を握った。満足できる出来上がりである。


 カレー作りと並行して、ユーリは携帯食の改善にも取り組んだ。魔の森で食べた麦粥をもう一度食べたいとは思わなかったからだ。

 しばらく考えて、思いついたのは『兵糧丸』である。

 日本の古い時代の忍者が携帯食として使っていたと言われている食べ物だ。再現レシピがテレビで放映されていたのを、ユーリは覚えていた。


「携帯食を作るわ」


 と、ユーリが言うと、ナナは不思議そうに首をかしげた。


「硬いパンとか、干し肉とかですか? そういうものじゃないと、持って歩けませんよね」


「持って歩くのを前提に、もっと栄養があっておいしさもそれなりにあるものを作るのよ。手伝ってね」


「はい!」


 ファルトも一緒に兵糧丸作りを始めた。

 本来の兵糧丸は、米やうるち米をベースに生薬や漢方になる植物、特に高カロリーなものを組み込んで作る。

 ユピテル帝国の食材とかなりかけ離れた材料なので、ユーリは代替品を探した。幸い、ハーブ類は手元に揃っている。


「炭水化物、穀物のベースは麦として……。それ以外は、豆を使いましょう」


 ユピテルでは豆の種類が豊富だ。レンズ豆やそら豆が多く、ひよこ豆や大豆もある。今回はタンパク質が豊富な大豆を使うことにする。

 まず、大豆は煮て軽く潰す。

 小麦粉と合わせて練って、ハチミツ、オリーブオイル、生姜と数種類のハーブを加えてさらに混ぜた。

 すっかり混ざったら、幅二、三センチ程度の棒状に伸ばしてオーブンで焼く。日持ちをさせたいので、しっかりめに焼いた。

 冒険者ギルドの厨房には簡易的なパン焼き窯があり、オーブンとして使えるのだ。

 焼き上がったのは、堅焼きクッキーのようなもの。


「兵糧『丸』ではないけれど、食べやすい形だと思う」


 日本の某バランス栄養バーくらいの大きさに切って、出来上がり。


「おいしい!」


 ファルトが食べて喜んでいる。いくつも食べようとするので、ナナがぺしっと手をはたいて止めていた。


「おいしいです。案外お腹にたまりますね」


 ナナはゆっくりもぐもぐと食べている。ユーリは微笑んだ。


「口の中の水分が持っていかれちゃうから、水と一緒に食べないとね」


「それでも、カチカチのパンよりずっと食べやすいですよ。この形なら、歩きながらでも食べられちゃう」


「スパイスを変えて味付けに変化を出せば、飽きないで食べられると思うのよ」


「いいですね、それ! 豆も他の種類なら味が変わりますから」


「そうそう、オリーブオイルの代わりにバターでもいいし。工夫のしがいがあるわね」


「カレーの出来上がりもバッチリなのに、こんなのまで作るなんて。ユーリ姐さんは本当にすごいよ」


 ファルトは本当に嬉しそうだ。そんな彼の頭を、ユーリは撫でてやった。


「最初にファルトが『魔物肉を売ってみんなで食べよう』と言い出してくれたからよ。最初に思いつくのはとても難しいの。だから一番すごいのは、ファルト」


「えへへ……。俺さ、魔物肉でお金を稼いだら、故郷に仕送りしたいんだ。俺の村は貧しくて、いつでも暮らしに困っているから。お金でも食べ物でも送ってやって、父ちゃんや母ちゃんに楽をさせてあげたい」


「うん。きっとできるわ」


 カレー事業はカムロドゥヌムの町の食糧改革として、アウレリウスと話を詰めながら進めている。一般に売り出す他、軍団兵の食事に組み込む計画もあった。

 食材や売る場所の確保なども進んでおり、働き手はファルトのような少年も多く雇う。力仕事ではなく、危険もないから少年や少女でもできる仕事になる。

 カムロドゥヌムは冒険者が多いため、冒険者である親を亡くしてしまった子供も少なくない。ある程度は冒険者ギルドで面倒を見ているが、浮浪児になったり犯罪に手を染める前に、彼らをすくい上げる有効な方法として仕事の割当が期待されていた。


 折しも季節は六月後半。夏至を間近に控えた季節だった。


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