第44話 フォレストスネーク
フォレストスネークは人間たちを敵と認定したようだ。チロチロと舌をちらつかせて鎌首をもたげる。
琥珀色に赤い縞の入った長大な体がうねって、草木をなぎ倒した。
ロバたちが怯えた鳴き声を上げる。
「さて、蛇か。苦手が来てしまったね」
さして困った様子でもなく、ユリウスが言った。
「蛇は個体によって心臓の位置が少しずつ違うからねえ。しっかり一撃で仕留めるには厄介だよ」
「そのための『解析』スキルだろう。あの程度の相手にぼやいてどうする」
やはり冷静な態度を崩さず、アウレリウスも蛇を見る。
「まあ、そうなんだけど。お嬢さんの前だから、かっこよく決めたいじゃないか。アウレリウスには分からないだろうね、こういう気持ち」
ウィンクして見せるユリウスに、アウレリウスは苦り切った顔になった。
「ああ、分からんな。いいからさっさと終わらせてこい」
「はいはい。でも、『固定』のサポートがあると嬉しいな」
「……いいだろう」
「やったね!」
言いながらユリウスは一歩を踏み出した。あまりに自然で殺気のない足取りだった。
大蛇は警戒の姿勢のまま戸惑い、次に攻撃に転じる。
蛇の攻撃は素早い突進だった。ユリウスめがけて頭を突き出すと同時に、口を大きく開ける。むき出しになった上下の牙の間は不自然なほどに広く、人間一人くらいなら簡単に丸呑みにできるだろう。それが目にも留まらぬ速さで繰り出される。
ユーリが思わず悲鳴を上げかけて、ロビンが肩を押さえる。
だが、ユリウスは牙を剣で軽く受け止めた。いつの間に抜刀していたのだろう、ユーリにはまったく見えなかった。
牙を弾かれた大蛇は、反動を利用してユリウスに噛みつく。
けれど蛇の攻撃は空振りに終わった。ユリウスは地を蹴って大蛇の頭上に跳び、逆手に剣を持ち替えた。
陽光に白刃が閃く。大蛇が硬直する。
ほんの一瞬、首の数十センチほど後ろが淡く白く輝き――
ザシュッ!
ユリウスの剣が大蛇の体を貫いた。ちょうど光が灯った位置、首の後ろの場所だった。
首の後ろを貫かれた蛇は、硬直したままの姿勢で地面に倒れた。力なく開かれた口からは、舌がだらりと垂れ下がっている。
「はい、終わり」
大蛇の体から剣を引き抜いたユリウスが、血を飛ばしてから鞘に戻した。彼自身は返り血一つ浴びていない。
涼やかな表情が際立って、銀の髪がさらりと揺れた。
「固定は要らなかったな」
アウレリウスはわずかに笑っている。
「いやいや! この種類の蛇は、体表がぬめるんだ。この大きさで正確に心臓を貫くとなると、魔法で固定してもらうのが確実なんだよ。さすが、アウレリウス。腕が衰えていないようで、安心したよ!」
ユリウスは無邪気に従兄と肩を組もうとして、邪険にあしらわれている。
彼は一瞬しょんぼりとして、すぐ気を取り直してユーリを見た。
「ユーリ、解説するとね。蛇の心臓は首の少し後ろにあるが、種族や個体で少しずつ位置が違うんだ。それで僕の『解析』スキルで位置を特定して、さらに剣が滑らないようにアウレリウスの魔法を使ってもらった」
「固定の魔法は氷と風の属性を組み合わせたものだ。氷で土台を作り、圧縮した風圧で固定する。そう難しいものではない」
「と、彼は言うけれど、僕の解析に合わせてきちんとやってくれるなんて、なかなかできることじゃない。うん、僕たち従兄弟の久々の連携だ。昔と変わらず、息ぴったりで嬉しいよ」
彼らは互いの父親の件で、八年ものあいだ断絶状態にあった。仲直りができてよかったと、ユーリは改めて思う。
と、ロビンがひょいと蛇の前に行って、小刀を取り出した。
「ユリウスー。全部のウロコを剥ぐ時間はないけど、ここの顎下のだけもらっておこうぜ。あとは魔石」
「そうだね。頼む」
「フォレストスネークの顎下のウロコは、かなりの高級品でしたね」
ユーリが素材図鑑を思い出しながら言うと、アウレリウスがうなずいた。
「ああ、特に防具に向いている素材だ。鍛冶ギルドが喜ぶだろう」
小刀を蛇の顎に入れていたロビンが、声を上げた。
「うわ、すごい、こいつ属性持ちだぜ! しかも二属性。強が土で、弱が火。こりゃAランク相当だ」
「へぇ。それは、一撃必殺狙いで正解だったね。下手に長引くと苦戦したかも」
ユリウスが目を丸くしている。しかしそれは強敵を仕留めた安堵というよりも、珍しい素材が手に入った意外さという雰囲気だった。
「もう少し、ウロコを剥ぎたいなあ」
「だめだめ、ロビン。欲張りは命取りのもとさ」
「ちぇ。……はい、ユーリさん」
ロビンは顎下のウロコを剥ぎ終わると、ユーリに差し出した。手のひらほどもある透き通ったウロコである。薄っすらと虹色に輝く琥珀色に真紅の縞模様が入っていた。フォレストスネークと同じ色合いであるが、禍々しい蛇本体と違ってウロコは驚くほど美しい。
ユーリはウロコの美しさに一瞬だけ見とれて、すぐに我に返った。
「えっ? 私?」
「そうだぜ。今回の採集隊のリーダー、主催者はユーリさんだからな。一番いい素材はリーダーのもの。魔石とあわせて、後で分配を頼むよ」
「わ、分かったわ。でも分配のやり方が分からないの。教えてね」
「それは僕が教えるよ。心配しないで」
ユリウスが笑っている。
さらにロビンは蛇の心臓の近くを切り裂いて、琥珀と赤色の魔石を取り出していた。ユリウスが心臓を貫いた傷があるため、作業が素早く済んでいた。