第43話 魔の森へ3
ユーリは森には入らず、外側を歩くように観察を続けた。
森の植生は七割ほどがユーリの知らない魔法や魔物に由来するもの。残りの三割は地球にもあるものだった。
ハーブやスパイス類もよく生えている。良く分からない魔法由来の植物も含めて、とても豊かな植生であるようだ。
「あっ! あれは……」
少し向こうに見覚えのある樹木を見つけて、ユーリは思わず森に分け入った。ガサガサと足元で草が鳴る。
ところがユーリは樹木の元までたどり着けなかった。
後ろで見張っていたユリウスが、彼女をひょいと抱え上げたのである。
「お嬢さん、勝手な行動はしないと約束したよね」
「ご、ごめんなさい。探していた植物があったものだから、つい」
アウレリウスが問う。
「黄色マンドラゴラ以外にも目当てがあったのか?」
「ええ。あの大きな木、シナモンにそっくりなんです」
「シナモンというと、肉桂だったか。南方のスパイス」
「そうです。清涼感のある味で、カレーにも使います。市場で見かけなかったものですから」
「シナモンは南方の産物だ。首都あたりであれば売っているが、北方のこちらでは見ないな」
などと会話しながらも、ユーリはずるずると森の外側に引き出された。
「ちょっと見てきていいですか。アウレリウス様とユリウスがいれば、危険はないでしょう?」
ユーリは樹木を名残惜しそうに見ながら言うが、ユリウスは首を横に振った。
「だめだね。僕らは正面からの戦闘なら強いが、不意打ちに対する備えがあまりない。弓使いのロビンがいれば万全だが、今彼は向こうにいるし」
「ああ。その木の周辺は背の高い雑草が茂っている。むやみに踏み込むものではない」
「あああぁ……そうですかぁ……」
ユーリはがっくりと肩を落とした。もしもシナモンロールが豊富に手に入れば、カレーの他にも料理や菓子で使い道がたくさんあったのだが。
「黄色マンドラゴラを回収した後に、ゆっくり見てみようね」
ユリウスがなだめるように言って、ユーリも気を取り直した。
「さて。そろそろロビンと兵士たちが何かを見つける頃合いだ」
アウレリウスが言う。
そこで彼らは仲間と合流すべく、足を向けた。
ロビンが案内したのは、森から少し入った場所。木々が開けて小さな広場のようになった場所だった。
「すごい……! 黄色マンドラゴラがたくさん!」
ユーリは目を丸くする。雑草混じりの地面に、黄色マンドラゴラの白い花がたくさん並んでいる。ざっと見ても三十から四十はありそうだ。中にはぽつぽつと、ピンク色の花も混じっている。開きかけの蓮の花のような形をしている。
「あれは、キョウオウだわ」
「それは何かな?」
「ターメリックの近縁種で、より刺激と薬効成分が強い種類。ターメリックと同じように使えるの。ただ、花の季節はターメリックと違うはずなのに、こうして同じ場所で咲いているなんて……」
キョウオウは春ウコンとも呼ばれる。その名の通り、春にピンクの花を咲かせる。
対してターメリックは別名を秋ウコンという。秋に白い花を咲かせるのが特徴だ。
アウレリウスが言った。
「では、キョウオウは参考程度に少量を採っていこう」
「そうですね」
そうして黄色マンドラゴラ収穫祭が始まった。みんなそれぞれ耳栓を取り出して耳につける。アウレリウスとユリウスも、短時間で連続してマンドラゴラの叫び声を聞き続けると気分が悪くなるというので、耳栓をつけた。
荷運び用のロバたちも耳に詰め物をしてもらっていた。
ロビンだけが少し離れたところに立って、周囲を警戒している。
「いくよ、せーの!」
ユーリが口火を切った。先ほども一株抜いたので、もう勝手は分かっている。
抜くのと同時に発せられる、悲鳴のような音波はなるべく聞き流す。ジタバタ暴れる根っこは軽く地面に叩きつけて、ユリウスに根本を切ってもらう。
それから土を軽く払い落として、袋に入れれば一サイクル完了だ。
見れば、兵士たちも互いに協力しながら収穫作業をしている。アウレリウスは腕を組んで立っているだけで、特に何もしていないが……。
ユーリがアウレリウスを見ているのにユリウスが気づいて、頭の横で手を広げてみせた。『まったくしょうがないね、彼は』とでも言っているようだ。おどけた仕草が面白くて、ユーリはくすくすと笑った。
そうして十本以上のマンドラゴラを収穫する。兵士たちも同じくらいの量を袋に収めたようだ。
耳栓をしているとはいえ何度も魔力の叫び声を浴び続けて、少し疲れてしまった。
一度休憩したいと思い、ユリウスの方を見た。ユーリの視線に気づいた彼はニコニコとしている。
お互いに耳栓をしているので言葉が通じない。
ユーリは袋を地面に置いて口を縛り、自分自身も地面に座ってみせた。にこやかな表情のままで首をかしげるユリウスを手招きする。
どうやら察したらしいユリウスが近づいてきて、ユーリの横に腰をおろそうとした、そのとき。
――ヒュッ!!
風を切るようにして、一本の矢が飛来した。ロビンの矢だ。矢は正確にユーリの足先の地面に突き刺さる。
矢羽の赤い色を見て、ユリウスの表情が一気に緊張した。自分とユーリの耳栓をむしり取ってポケットにねじ込む。
「ロビン!」
「魔物だ! フォレストスネーク!」
アウレリウスも既に気づいていた。耳栓を投げ捨てて兵士たちに指示を出す。
「兵士はユーリを護衛! 私とユリウスが前に出る。ロビンは警戒と護衛のサポートを!」
「うん、わかった!」
「承知しました!」
事態が飲み込めないユーリを抱えるようにして、兵士が下がる。
やがてズズ……と森の奥から音がした。重たいものが這いずるような音。
森の奥の暗がりに二つの黄色い光が灯る。
縦長の瞳孔に無機質な殺気をちらつかせて、琥珀色の体躯がうねる。人間の胴体よりも太い大蛇がユーリたちを見ていた。