第41話 魔の森へ1
「私を同行させろ」
聞き間違いかと思ったが、アウレリウスは二度言った。大事なことなので二度言ったのかもしれない。
「えーと」
ユリウスが銀髪を掻き上げながら言った。
「なぜあなたが? 戦力ならばじゅうぶんなんだけど」
「カムロドゥヌムを預かる者として、安定した食糧確保は喫緊の課題だ。『鑑定』スキル持ちの私が同行すれば、より正確に食べられる魔物を見極められるだろう」
「あ、あー。そりゃあそうだけれど。軍団長であるあなたが、わざわざ魔の森まで行かなくてもいいだろう」
ユリウスの横でユーリもウンウンと首を縦に振っている。
ユリウスはここで意地悪く笑った。
「それとも、何か。軍団長の仕事は暇なのかい?」
返ってきたのは吹雪のような冷たさである。
「冗談にしてもつまらん。採集の三日を不在にするため、どれほどの負担がかかると思っている」
「それじゃあ無理する必要はないですよ」
ユーリが言えば、アウレリウスは片手で顔を覆ってため息をついた。
「問題ないとは思うが……、そこのユリウスに何を吹き込まれても、決して相手にしないように」
「うん? 僕の話? ははは、いやだなあ、アウレリウス。僕の好みは年上女性専門だと知っているだろう。それは今も昔も変わっていないよ。こんなに可愛らしいお嬢さんのユーリに、手を出したりしないさ」
「えっ」
「うん?」
ドン引きのユーリと爽やか笑顔のユリウスが顔を見合わせる。アウレリウスの頭痛が増した。
「……やはり私も同行する。出発日は五日後だ」
「えー? 軍団長様、無理するなよー」
「うるさい、黙れ。お前のせいだ」
二人のやり取りにユーリはおろおろとすることしかできない。
こうして魔の森への出発は五日後の朝。日程は三泊四日と決まった。
五日後の朝。カムロドゥヌムの町の北門に、一行は集まっていた。
よく晴れた日で、爽やかな初夏の青空が広がっていた。
ユーリ、ユリウス、アウレリウス、それにユリウスの仲間の弓使いロビンである。
ロビンは小柄な少年ながらも目がとても良くて、『弓術』と『狙撃』のスキルを持つ優秀な狩人だった。
「よろしくね、ユーリさん、アウレリウス様!」
元気な口調で挨拶されて、ユーリも笑顔になった。
「あたしは、ゆっくりさせてもらうわぁ」
あくびまじりに言ったのは、ユリウスの仲間の女魔法使い。アウレリウスがいれば戦力は足りるということで、町で待機になった。
「ペトロニウス。後は頼んだ。仔細は指示通りに」
「は。お任せを」
アウレリウスはペトロニウスと他の百人隊長たちに指示を出している。アウレリウス自身の護衛として、腕利きの兵士が二人随伴していた。
「それでは、行きましょう」
ユーリが言えば、全員がうなずく。
ファルトや冒険者ギルドの面々の見送りを受けながら、一行は北へ向かって歩き始めた。
カムロドゥヌムの城壁を出ると、北に五キロメートルほどでウルピウス帝の防壁に着く。
初めて防壁を間近に見たユーリは、思わず驚きの声を上げた。
まず、壁がとても高い。六メートル以上はありそうだ。ビルの二階天井よりも高く見える。
その高い壁が、東の海岸から西の海岸まで、東西百二十キロメートルに渡って築かれている。
この防壁が完成して以来、カムロドゥヌムの安全性は飛躍的に高まったとの話である。
見れば細い階段が刻まれており、兵士たちは壁の上に登って見張りをしている。
今回は壁に取り付けられている門を開けた。木製の重い門で、幅は三メートル程度とそこまで広くはない。
門と見張り塔は一定間隔で作られているとのことである。
「ウルピウス帝の防壁は、守備に重きをおいたもの。抜かれる可能性のある門は最小限の大きさになっている」
と、アウレリウスが教えてくれた。
軍団長である彼だが、徒歩である。護衛の兵士や弓兵のロビンがロバを引いているだけで、誰も騎乗はしていない。
「魔の森は地面がでこぼこしていて、植物が茂っている。馬に乗るのは危ないんだよ」
ユリウスが言って、ロバの鼻面を撫でていた。ロバはまんざらでもない顔をしていた。
ウルピウスの防壁の向こうは、やはり五~七キロメートルが平原。その向こうに黒ぐろとした森が見えた。
「黄色マンドラゴラは森の縁によく生えているよ。森の奥に入る必要はないから、気を付けて」
ロビンが言った。彼が一番、魔の森に詳しいとのことだった。
二時間足らずを歩いて、一行は魔の森の入口に差し掛かる。
――そこは、明らかに異様な空間だった。
森と手前とで線が引いてあるわけではない。けれど確かに境界があって、此方と其方とを区別している。
「久しぶりに来たが、相変わらず気味の悪い魔力だよ」
ユリウスが言う。口調は軽いが眉はしかめられていた。
「魔力……? 私には何も感じられないけど」
「全く? 何も?」
ユーリが言うと、ユリウスが目を丸くした。ロビンも興味深そうに見ている。
「魔力感度が低い者であれば、そういうケースもあるだろう」
ユーリを軽く背後にかばう形で、アウレリウスが言った。
(私が異世界人なのと何か関係があるのかな……)
考えてみるが、まったく分からない。ぼんやりして置いていかれては大変だ。ユーリは気をしっかり持って、みんなについていった。
目端の利くロビンを中心に、兵士たちも黄色マンドラゴラを探している。
魔の森の植物はユーリの雑学にないものが多く、ついつい目移りしてしまった。
そうしてしばらく森の入口を探していると、ロビンが声を上げた。
「いたよ! 黄色マンドラゴラだ!」