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第39話 行き違う心


 アウレリウスの紫の瞳はわずかに赤味を帯びて、怒りと侮蔑の色に燃え上がっていた。

 その色を正面から受け止めて、ユリウスはさらりと笑ってみせた。


「違うね。責任は取るつもりでいる。あの魔王竜は普通の魔物とあらゆる点が違う。有効打を与えられるよう剣の腕を磨きながら、ユピテル帝国全土を放浪して似たような強大な魔物の話を集めた。弱点はないか、行動パターンはないかとね」


「……欺瞞だな。それはお前でなくともできること。グラシアス家の家長として新生ドリファ軍団を率いる。カムロドゥヌムの守りを固め、北の魔の森に睨みをきかし、民草を守る。それこそがお前の使命だったはずだ」


 ところがユリウスは笑声を上げた。ムーンストーンの瞳が皮肉の色に揺れる。


「あっははは、まさか。僕はそういうの、向いていないよ。それは、それこそがアウレリウスの仕事だろう。軍団の運営と編成、属州総督と距離を保って独立性の確保をした上で、魔物討伐と人間相手の治安維持。そういった武力によらない戦い、政治上の闘争は僕にはとてもできない。適材適所だよ」


 そうしてニヤリと笑う。


「僕が得意とするのは、単独行動だ。気心のしれた仲間を集めて魔王竜に忍び寄り、寝首をかく。軍団を指揮しての討伐など、父上や叔父上の二の舞いさ。ああいう強大な化け物は、烏合の衆をぶつけても意味がない。一人ひとりが人間の最高峰と言える戦士や魔法使いを集めて、初めて討伐が成り立つ」


「……私はそうは思わない」


 アウレリウスが低い声で言った。


「魔王竜はあれだけの行動範囲を持ち、神出鬼没である以上、組織だった監視が必要だ。前回の魔王竜の出現時には、多数の魔物が取り巻きのように現れていた。少数精鋭では露払いで消耗しかねない。確実に追い込み、確実に仕留めるには軍団の数の力が絶対に必要だ」


 従兄弟たちの話は平行線をたどっている。

 互いに互いの矜持をぶつけて、一歩も譲らない。

 横で聞いているユーリは、だんだん気まずくなってきた。

 だいたい、今日は黄色マンドラゴラの件でカレーから始まる一連のプロジェクトを説明しようと思って来たのだ。それなのに突然、こんな話になってしまった。

 そこでユーリは、思いきって言ってみた。


「あのう、よろしいでしょうか」


 二人の男の、殺気立った目が向けられる。ユーリは内心で冷や汗をかきながら続けた。


「魔王竜のお話は、私には難しくて理解ができません。ただごく単純に思ったのは、役割分担をしてはいかがでしょうか?」


「役割分担?」


 胡乱げな目でアウレリウスが言う。


「ユリウスさんは腕の良い冒険者なんですよね」


「うん。今となっては当代一だと自負しているよ。もちろん、僕の仲間たちもだ」


 うなずいて銀髪がさらりと揺れる。自信にみなぎる態度である。

 ユーリはさらに続けた。


「それならば、ユリウスさんたちは魔王竜の切り札として、それ以外の部分をアウレリウスさんとドリファ軍団が担ってはいかがでしょう。見張りですとか、魔王竜以外の魔物の掃討ですとか、有利な戦場への誘導、それに周辺の人々の避難などです」


「む……」


 アウレリウスは渋い顔で黙った。


「というか、お二人ともそのくらいのことは考えますよね。どうして言わないんですか。『協力し合おう』の一言を」


「…………」


「…………」


 二人は黙った。しばらく沈黙が続いて、やっと口を開けたのはユリウスだった。

 彼は強く手を握りしめて、ムーンストーンの瞳に炎を灯すようにして言った。


「僕は八年前、魔王竜の左目に剣を突き刺して、目玉という無防備な場所ですら硬く刃が通りにくいのに肝を冷やした。これじゃあウロコに覆われている体には、どんな攻撃も入らないわけだ。だからなんとか攻撃の手段を探して、他の竜の体をいくつも調べ、関節部であればウロコの強度がやや甘いと知った。さらには属性魔法と剣の組み合わせや、剣の材質そのものもたくさん集めて研究した。それで、一定の成果が出たからカムロドゥヌムに戻ってきたんだよ」


 またしばらくの間をあけて、今度はアウレリウスが話し始めた。

 無念さと怒りを押し殺した氷点下の口調だった。


「父と伯父を一度に亡くして、次のグラシアス家の長はユリウスのはずだった。だがユリウスは、何の説明もなくさっさと家を出て行方知れず。結果、私がすべての責任を負うしかなかった。ドリファ軍団の力を削ぎたい属州総督とやり合い、カムロドゥヌムの治安と安全を守った。魔王竜によってボロボロになった軍団の士気は低く、新しく就任した軍団長は若造の私。内乱を抑えて新軍団長を認めさせるのに必死だった。本来ならばこれはユリウスの役割で、私は彼を支えて力を尽くすのが正しい姿なのにと思えば、怒りも積もったさ」


 そうしてまた、長い沈黙が執務室を包む。

 ユーリは思う。

 ユリウスが全てを投げ出す形で出奔したのは、無責任だった。けれどそのまま残れば、彼が不得意な政治分野での闘争に巻き込まれて、今回成果として持ち帰った対魔王竜の武器やノウハウは得られなかっただろう。

 アウレリウスはユリウスの尻拭いをした形になる。けれど彼はもともと、政治手法や軍団の統治などに才能があった。ブリタニカ属州総督と交渉の末に十分な人員を勝ち取って、今では兵士たちからも慕われている。

 結果だけ見れば、いい方に転がっているのだ。

 ユーリは言った。


「もう一度言いますね。得意な分野で役割分担をして、協力をしてはいかがでしょう。お二人の間には難しい問題が横たわっているのは、分かりました。けれど魔王竜を倒してお父上の復讐をしたい、それから……」


 言うべきかちょっと迷ってから、ユーリは続けた。


「よりよい町を作って、人々に幸せに暮らしてほしい。そんな思いは、同じなのではないでしょうか」


 ユリウスがはっとしたように目を上げる。けれど口元は引き結ばれたまま。

 アウレリウスも無言のままに、沈黙を守っていた。


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