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第38話 金の彼と銀の彼


 二回目のカレー試食会が解散になった。ユーリは片付けをしながら、これからの段取りを考える。

 彼女が作った倉庫システムは、稼働してまだ一ヶ月ほど。けれど職員みんなの意識が変わったこともあり、問題なく動いていた。

 冒険者が狩ってきた魔物の相関図は、まだまだ試行錯誤中だ。しっかり軌道に乗るにはまだいくつかの問題が残っている。

 倉庫に限って言えば、ユーリの手で調整は必要だが、採集のために何日か抜ける程度であれば構わないだろう。


 次にユーリはアウレリウスへの報告の必要性を思う。

 カレー作りは片手間の趣味の域をとっくに超えている。

 今まで捨てるだけだった魔物肉の有効利用と食物確保、カレーを始めとした魔物肉料理の料理人の雇用創出など、それなりに大きな動きといえるだろう。

 採集に出かける前に、それも早めにアウレリウスに相談しなければならない。そして方向性の確認と、彼の意見で修正点などがあれば教えてもらおう。


「ユーリ。アウレリウスへの相談は、いつやるつもりかな?」


 水場で皿を洗っていると、ユリウスが話しかけてきた。


「採集の出発が早ければ三日後だから、明日にでも軍団の駐屯地へ行こうと思っているわ」


 ユーリが答えれば、彼は考え込むような顔になった。


「そうか……。それじゃあ、僕も一緒に行っていいかな?」


「え? ユリウスが?」


 ユーリは内心で首をかしげる。一介の冒険者である彼は、軍団長でありカムロドゥヌムの責任者であるアウレリウスに接点がないと思ったのだが。


「個人的な事情でね。僕とアウレリウスは知り合いなんだ。この町に戻ってきた以上、挨拶くらいはしようと思っていた。ちょうどいい機会だよ」


「どんな知り合いなの?」


「それは内緒。後でのお楽しみ」


 ユリウスは茶目っ気たっぷりに人差し指を立て、唇に当てた。ユーリは苦笑する。


「分かったわ。明日、午前中のうちにアポを取って、午後から行こうと思ってる」


「じゃあ、午後になったら冒険者ギルドに来るよ。一緒に行こう」


「うん」


 話がまとまった。ユリウスが洗い物を手伝ってくれて、そちらも終わる。

 昨日と同じように、ティララが夕食の時間を告げにきた。試食はほんの数口ぶんで、しかもパンやライスがないため、夕食が食べられないなどということはない。

 ユーリはユリウスと別れて、冒険者ギルドの宿舎へと向かった。







 翌日、ユリウスと待ち合わせたユーリは、連れ立ってドリファ軍団の駐屯地へ赴いた。

 いつもどおりペトロニウスが取り次ぎをしてくれたが、彼は驚いた様子でユリウスを見ている。が、何も言わずに執務室に通してくれた。


「……これはこれは」


 アウレリウスはユリウスの顔を見た途端、友好的とは言えない声音で言った。まるで氷のような冷たさである。なまじ整った美貌であるだけに、真冬の吹雪のような冷気を放っていた。


「グラシアス家の嫡子が、そのような風体で私の前にいらっしゃるとは。いったいどういう風の吹き回しか」


 その口調は慇懃(いんぎん)を超えて厭味と辛辣さに満ちていた。ユーリは彼のそんな姿を初めて見たので、びっくりしてしまう。アウレリウスは厳格であっても公正で、悪意や憎しみをむき出しにする人ではないはずなのに。

 対するユリウスは肩をすくめる。

 いつもの人懐っこさはなりをひそめて、ひどく皮肉な笑みを貼り付けていた。


「別に何も。数年に渡る放浪と帰参の報告をしに来たまでですよ、従兄(いとこ)殿」


 ユーリは内心の驚きを出さないように苦労した。アウレリウスとユリウスは従兄弟だったのか。

 そう言われれば、二人は面差しや体格が似ている。金髪と銀髪、紫と灰色、髪や瞳の色彩こそ違うものの、どこか共通する雰囲気があった。


「それに、グラシアス家の嫡子はすでにあなたでしょう。僕は流浪の冒険者を選んで、個人の力で《《アレ》》に復讐を誓った。従兄殿は家を継ぎ、ドリファ軍団の力で討伐を目指している。手段が違うだけで目的は一緒だ。あまり刺々しくしないでください。……ほら、ユーリが怯えている」


「いいえ、私は驚いただけで怯えてはいません。……あの、差し支えなければ、事情を聞いてもよろしいですか?」


 引き合いに出されて、ユーリは強い目で男たちを見た。気圧されていないと示す。


「…………」


 二人はしばらく黙った。やがて深いため息をついたアウレリウスが口を開く。


「そうだな。きみには言っておいてもいいだろう。軍団内では有名な話であるし、隠すのもおかしいからな」


 彼はそう言って立ち上がり、窓のほうを向く。そうして語り始めた――。








「……北の魔の森では、時折、想像を絶する強さを持つ魔物が現れる。その中の代表格は『魔王竜』。小山のような体格と気分が悪くなるほどの魔力濃度を持ち、破壊の炎を吐き散らす」


「魔王竜……」


 ユーリはアウレリウスから借りた魔物図鑑を思い出す。けれどその名前は出ていなかったはずだ。

 アウレリウスは続ける。その口調は淡々としていて、感情がうかがえない。


「最後に出現したのは八年前。我が父と伯父――ユリウスの父だ――を指揮官として討伐隊が編成され、結果、痛み分けに終わった。魔王竜はユリウスの剣を左目に受け、私の魔法で右の翼を損傷して、逃げ帰った。ユピテル軍の損害は、兵士の六割が死亡。さらに父と伯父の戦死」


「…………!」


 ユーリは息を呑む。アウレリウスとユリウスは、互いの父親とおじを一度に亡くしてしまったのか。兵士の六割の死亡率も相当なものだ。


「僕の剣とアウレリウスの魔法が運良く急所に入って……」


 ユリウスが言った。


「魔王竜は引いていった。あそこでさらに暴れられたら、僕たちの命もなかっただろう」


「ユリウスは私の父の兄の息子。当時、伯父は当主だった。つまりユリウスは我がグラシアス家の正式な嫡男になる」


 アウレリウスが言った。


「しかし魔王竜の戦いの後、こいつは冒険者に身を落とした。カムロドゥヌムとブリタニカを代々守るグラシアス家の責務を放棄したのだ」


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